6 『キャッチボールってたのしいね。返してもらえるってうれしいね』
付箋に万年筆のお礼を書いて、コンビニのクッキーに貼ってプレゼントしたら、画伯はめちゃくちゃ喜んでくれた。
そのお返しに戻ってきた絵手紙は、少年と少女が野球をしてる絵だったんだけど、バットが万年筆で、ボールがクッキーだった。
でも文章にはキャッチボールという文字が書かれている。
「バットを持っている時点でキャッチボールじゃない気がするけど。……狙った?」
「あ、そっか! キャッチしてないもんね! しまったー!」
ちづる画伯は大げさに頭を抱えていた。どうやら素で間違ったらしい。
その次の作品がこれ。
『失敗することってあるよね。だって、ちづるだもの』
テヘペロ顔の女の子が描いてある。
「画伯ともあろう御方が、ついに盗作ですか? そろそろネタが切れてきたんじゃないですか?」
少しずつ鋭さを増してきた僕の感想に、ちづる画伯はリスみたいにほっぺを膨らませた。
僕は思わずつっつきたくなった。
「パクリじゃないですー。オマージュですー。だって好きなんだもん、みつをさん」
画伯が好きだと言っていたみつを氏について、僕は家に帰ってから調べてみた。
僕が知っている言葉以上にたくさんの名言があって驚いた。
前にちづる画伯からもらった絵手紙の言葉が、僕の脳裏に浮かぶ。
『知りたい世界のトビラがひらく』
僕はちづる画伯と出会って、たくさんの扉が開いた気がする。
僕は気に入った短めのみつを氏の言葉を選ぶと、万年筆のキャップを開け、付箋に書き写した。
僕の引き出しの中は、あちこちで見つけて買ってきたブロック付箋が勢力を拡大しつつあった。
絵手紙と付箋のキャッチボールは、往復を続けていた。
・・・・・・・
気がつくと僕たちは高校三年生になっていた。
受験生である。
気がつくと僕は、前ほど女子が苦手じゃなくなっていた。
ちづるのおかげで、女子と話すことに以前ほど緊張しなくなっていた。
今ではクラスの女子とも、普通に話せるようになった。
ちづるのことも、照れずにちづると呼べるようになっていた。
でも残念ながら、僕たちは付き合ってはいなかった。
一回、勇気を振り絞って連絡先を交換しようって言ってみたけれど、スマホを持ってないからと断られてしまった。
本当に持ってなかっただけなのかもしれないけれど、僕は心に深い傷を負ってしまい、立ち直るのにけっこう時間がかかってしまった。
たぶん……もし告白して断られたら、きっと次は即死すると思う。
さすがに即死はしたくなかった。
命が惜しい僕は、ちづるとはずっとこのまま、友人のままでいようと決めた。
そうすれば、ずっとこのままでいられると信じていた。
「進路ってもう決めてたりするの?」
ちょっとさみしそうにちづるは僕に尋ねた。
「まあね、無難に工学部かなって思ってる」
将来の仕事とか、明確な目標はないけれど、理系クラスだし、生物よりは物理の方が得意だし、そんな具合で決めた進路だった。
「県外? 県内?」
「受かったら県内がいいけど、厳しそうだからたぶん県外になるんじゃないかなあ。ちづるは?」
「まだ決めてない」
「そっかあ」
その話をしたときのちづるが、とてもさみしそうだったのは、僕が県外に行ってしまうことが嫌だったのかなと、遅れて思い当たった。
うぬぼれているだけかもしれない。
確かめるような勇気もなかった。
違うよ、と言われたら。
たぶんショックで僕は、確実に受験に失敗する自信があった。
部活も引退してしまい、僕とちづるは一緒に帰ることもなくなってしまった。
当然、手紙のやり取りも止まった。
学校でも、ちづるを見かけることはなかった。
ちづるが僕に会いに来てくれることはなかったし、僕もしなかった。
僕たちは所詮……部活のある週一回だけ、一緒に帰るだけの関係だった。
理系と文系、クラスも離れている。
僕はその状況を普通に受け入れていた。受け入れようとしていた。
ちづるのことは考えないようにしていた。
今はそのことをすごく、後悔している。




