1 『きれいなものだけを吐き出して生きれたらいいね』
1話の文字数 1000~2000字です。
全10話で完結します。
本日から毎朝6~7時台に投稿します。
緑の植物が目に鮮やかで、眩しい。そんなイラストが描かれていた。
淡いライトグリーンや、深緑が塗り重ねられ、その植物の合間から少女が小さな顔をのぞかせている。
右上部には『きれいなものだけを吐き出して生きれたらいいね ちづる』と文字が書かれている。
それが、君が僕にくれた最初の絵手紙だった。
「なんかこういうの、ポストカードのコーナーとかで見たことある。お地蔵さんのやつとか……こう、癒やし系な感じの。あとなんだっけ……にんげんだもの、的なやつ」
僕はがんばって、精いっぱい気の利いた感想を絞り出す。
「趣味でたまに書くのです。絵手紙っていうのだ」
ちょっと得意げに君は笑った。
「絵手紙って聞くと、なんかおばあちゃんの趣味っぽいイメージ……」
「ちょっと! 失礼です!」
君はげんこつを振り上げて、僕を叩こうとする。
でも本当には怒っていない。君がそんなことで人を叩くような女子ではないことは知っている。
もしかしたら君の方から、僕に一歩距離を詰めてくれようとしてるのかも。
そんなことに思い至り、僕は勇気を振り絞って少しふざけてみた。
「ごめん、撤回する! いえ、撤回いたします! さすが美術部! さすが画伯! 百円だします! これで買わせてください! さーせん、百円で勘弁してください! マジ今日これしか持ってないんす!」
僕は不良に絡まれた軟弱者の体で、ふざけてみた。
君は少しむくれて、そっぽを向く。大丈夫だろうか、少しやりすぎてしまっただろうか。
「別に売りつけようとなんかしてませんー。カツアゲみたいに言わないでくださいー。
気に入ったんならあげます。どうぞ?」
別に気に入ったわけではなかった。僕は芸術にはとことん疎い。
けれど、女子とほとんど縁のない僕は、この先の人生で女子から手紙をもらった経験を語れる日に備えて、ありがたくそれを頂戴することにした。これでカウント1、だ。
「ところで画伯? つかぬことをおうかがいしますが、このメッセージはどんな意味が?」
別にさして興味もなかったけれど、僕が女子と自然なトークを続ける自信はゼロだ。
少しでも話題になるものがあれば喜んで利用する。ただそれだけだった。
それだけのために、絵手紙に書かれた文字を話題にしただけだった。
それでも君は、僕がそう尋ねたことがとても嬉しいようだった。
「よろしい、教えてしんぜよう。
人は二酸化炭素を吐いて環境を汚すであろう? それとおんなじでSNSとかで人を傷つけるような文字を、まるで呼吸をするように吐き出すではないか。
……私はそれが好きじゃないのです。
植物みたいに、きれいな空気を出すように、きれいで優しい言葉を選んで発していきたいのです。そういう宣言なのであります」
最初こそ、わざとらしく威厳を出すような口調で話し始めた画伯は、恥ずかしくなってきたのか、途中で話し方をを元に戻した。
「ふーん。それで樹や葉っぱが描いてあるわけか。つまり光合成をするってわけだ」
君が僕の回答に満足したように笑みを深めたので、僕は内心でホッとした。よし、まずまずの返しができたようだ。
「そうなんです。それと……人が手書きした手紙ってなんかあったかいんです。画面にベタベタ貼り付けられていく文字やスタンプじゃなくて、その人の肉筆を見ると安心するんです。
ただのフォントの羅列は、なりすましとか、匿名とか、正体が見えなくて私はすごく不安になって……怖くなるのです。
でも手書きの文字だと筆跡で、ああこの人の字だなってわかるのです。ほっとするし、あったかくなるんです。だから私、手紙ってすごく好きなんです」
「んーっと、手書き文字には温度があるってこと?」
僕は探り探り質問を返してみた。
「そうですね……、文字そのものの温度っていうより、人が大事に大事に、相手を思って書き記した文字や言葉には、その人が温めた分だけの温度が宿るのです。そんな気がするのです」
君は僕の手の中にある絵手紙を、とても愛おしそうな瞳で見つめていた。
この手紙は、僕に渡すように書いたものなのだろうか。それともとりあえず書いて、渡す相手がいないから、たまたま僕のところに来ただけなのだろうか。
「じゃあこの宣言は何℃くらい?」
「そうですね……。36.6℃ってところでしょうか」
「その根拠は?」
「私の平均体温です」
「なるほど」
僕は努めて平静を保ちながら、目の前の女子の体温を感じて、不謹慎にもなんかちょっとドキドキしていた。
それから君は、僕にたくさんの絵手紙をくれるようになった。
僕の『女の子から手紙をもらったカウンター』はどんどん増えていった。




