冒険者、永岑剣子は異世界転生しない
パタ パタ
上履きでリノリウムの廊下を叩く音が、校舎に満ちる人の気配へと吸い込まれていく。
スマホで時刻を確認する。
15時40分。
6限目の授業が終わってすぐに教室を出たから、美術準備室へ向かってもまだメンバーは揃っていないだろう。
「んー、ジュースでも買ってから行こうかな」
誰にともなくそう呟いて、1階の渡り廊下へ向かおうとすると、それを呼び止めるように手に持っていたスマホが震えた。
『from:景山朔子 to:永岑剣子; 山岸誓子; 夏木甘夏; ハワードメイ; 安瀬りか
件名:リマインド
当日リマインドです。今日です。
10分経過する毎に人質を1人ずつ殺しますが、皆さん大丈夫ですか?』
大丈夫じゃない。
心の中でツッコミを入れる私の口元は、傍から見てちょっと気味の悪いくらいにやけていたと思う。
……冒険に出るためには準備が必要だ。
私たちが携えていくのは、剣でも魔法の杖でもない。
紙と鉛筆とサイコロと、それからお菓子とジュース。
ポケットにスマホを放り込むと、私、永岑剣子は冒険の準備のために、小走りで渡り廊下の自動販売機へ向かった。
これから始まる、世界を救う冒険への期待に胸を膨らませながら。