彼女は愛せないんだが
「もう一度言う。…君を愛することは、一切ない」
黒髪紫瞳の女性に、睨み付けるように宣言する。
分かってもらえるだろうか、と息をつく。───僕にとって彼女は最悪の相手なのだから。
そもそも話は数年前に遡る。コルウェル嬢は学園で僕に一目惚れしたらしく、公爵家という権力を使ってそれはそれは追い回された。学園で授業クラスの振り分け、食堂での席配置に口を出されたと思ったら、パーティーで近づかれ、街に息抜きにでれば必ず彼女が待っている。
それでどうやって好きになれるというのか。僕は追い詰められるだけだった。
コルウェル嬢に付きまとわれているお陰で全く女性関係が進まなかった中、図書室で出会った穏やかな気質の女性と僕は恋に落ちる。
彼女は、コルウェル嬢にすれ違いざまに嫌味を言われたり、少しの粗相でたしなめられたりと低俗な嫌がらせを繰り返し受けていた。勿論僕はすぐさま手を打ち、徐々に減っていきはしたのだが。
権力を振りかざすコルウェル嬢に、正直引き離される想定もした。しかし、いやがらせ以上のことはされなかった。それだけは意外だった。
結局は学園の彼女と結婚し、瓜二つの娘を授かり──その代わりに、愛する女性を喪った。
その衝撃をなんといったらいいだろう。産褥に臥し、そのまま帰らぬ人となった彼女を前に涙が溢れて止まらなかった。
二人で女神のように優しくなれという願いをこめて名前をつけた、マリアだけが心の拠り所だった。
それからは喪に服すといって育児に奔走し、マリアと共に3年を駆け抜けた。
初めてのはいはいに、初めての歩行。「おっおっ」とまるでお父様、と呼び掛けようとしているかのような姿に感涙したのを昨日のことのように思い出せる。実に大切な時間だった。
しかし3年もたつと親戚筋からせっつかれ始める。嫡男に跡継ぎ息子がいないのだから、気持ちは分かる。ただ、僕はマリアと新たな妻が仲良くできるかだけ懸念していた。それくらい、僕にとってマリアは全てだった。したがって、必ずマリアを伴って新たな妻を探し始めることにした。
すぐに候補は3人あがった。侯爵令嬢と子爵令嬢、伯爵令嬢。
大金持ちのお年を召された侯爵令嬢は、子どもと触れ合った機会が少ないらしく、マリアが彼女の傍をうろちょろしていると淑女の仮面が驚くほど歪んだ。あり得なかった。
豊満な体つきの子爵令嬢は、マリアと仲良くしゃべっていた。しかしその脇に控える子爵がマリアをなめるように見ていた。論外だった。
様々な男性を支えてきた伯爵令嬢は、子どもなどどうでも良いようで、家庭の話より職場での話を聞いてきた。他を当たってくれと思った。
どう考えてもどの候補もマリアが幸せになれるとは思えなかった。そんな時、コルウェル嬢が婚姻を申し込んできた。
学園で追いかけ回され、愛する女性に対して嫌がらせをされ、そしてこんな詰んでいる状況にきてまた登場してきたコルウェル嬢に対して、僕が良い感情など持つはずもないのは当たり前のことだと思う。
顔合わせとして招かれた茶会で、一番最初に「君を愛することは、一切ない」と伝えたのだが、反応はなかった。記憶にあるコルウェル嬢よりもどこかぼおっとしているように思える。そこで、重ねて言う。
「もう一度言う。…君を愛することは、一切ない」
なかなか返答をしないコルウェル嬢に、苛立って息を吐く。間違いなくされてきた所業は忘れないし、愛せない。マリアにはちゃんと愛情のある家庭で育ってもらいたいのだ、公爵令嬢だから赴いただけで断る気は満々だった。
コルウェル嬢は紅茶をひとくち飲んで気持ちを落ち着けてから、ようやく口を開く。
「私を愛さないことなど承知しております。この話、無かったことにさせていただけませんか」
「…は?」
自分から手を挙げといてなんだそれは、と目を見開き、口をポカンとあけてしまった。
先ほどまでぼーっとしていたのが嘘のようにコルウェル嬢の目が煌めく。
「ただし、」
「ただし…?」
驚きのあまり、おうむ返しになってしまう僕に、コルウェル嬢は微笑みを返す。
「貴方に会わなくて良いのでマリアちゃんに会わせてくださいな!」
「………………………は!?!?!?」
紳士の仮面もはがれ、素の表情で驚いてしまうと、駄目押しとばかりに笑みを深められた。
断る気満々なため、マリアは家においてきている。
こんな女なんかに、と思う反面、今までの候補ではあり得なかった提案に少しぐらつく。
──結局、どうせ断るのだからと、一週間後に会えるようにした。
コルウェル家の朝は早い。公爵は朝身体を動かしてから出勤するのが常であるし、美容に良いからと夫人もそれに倣っている。
そして今日はそこに、もう一人人影があった。その人影は朝の体操に付き合うこと無く、目を輝かせている。
「ねぇ、3歳の子って何がうれしいかしら」
長女、ソフィアである。公爵も夫人も、娘が誰を想っているのか──時には影を使ってまで食堂で隣の位置に座ろうとするのを知ったときには若干とっても盛大に引きつつも──知っていたので、目を見合わせる。
昨日のお茶会の後、一週間後にまた予定を取り付けたからうかれているのかと思っていたが………なんだか、アルバートよりも子どもに会うのが楽しみな様子だ。
目で会話し、少し探ってみることにした。
「そうねぇ、ソフィーが3歳の頃ならお人形さんが好きだったけれど。アルバート様に聞いてみては?」
「あとは絵本とかいいのではないか。ほら、あの花が沢山でてくるものをよく読んでいただろう」
「お人形さん!ならマリアのように、すてきな桃色のウサギさんにしましょう!!絵本は好みが分かれるわね、要検討だわ」
アルバートの名がでたのにも関わらずこれである。今までは「ア」と言いかけただけで「アルバート様のこと!?」とくいぎみで聞かれたものだが。
今までのことがある分、彼とはあまりうまく行かないのではと懸念していたが、どうやら彼の娘と気があったらしい、と緩やかな気配が流れる。しかしそこに爆弾がおとされた。
「あーあ、初めて会うのはさすがに緊張するわね」
「初めて!?!?!?」
それなのにあんなに恍惚とした表情を浮かべていたのか。たしかに昨日アルバートが来た際に幼子の姿は見かけなかったような。すぐ庭園に行き、庭園から直帰していたことに加え、マリアと名付けられた娘を連れて歩くのが日常茶飯事だったので会っているのだと思い込んでいた。
二人揃って衝撃を受けている間に、娘はというと、鼻歌を歌ってのんきに屋敷へと戻っていったのだった。
顔がにやにやする。一週間後、私はマリアの幼少期に会える。スチルでもみたことない過去の姿。桃色の髪と青い瞳、まさに主人公な美少女は間違いなく小さくても美少女だ。
先ほど両親から良い情報も仕入れたし、侍女に言付けて商人を家によぶことにした。
待つこと数時間。ありったけのお人形と絵本をもって現れた商人を労ってから、ゆったりと品物を見繕う。
どれも可愛くてしかたない。結局子持ちのメイドや侍女にも来てもらい、意見を聞きに聞いてやはり桃色のウサギと、今はやっているという星空を描いた絵本を購入した。
アルバートのこととなるとどこまでものめり込むソフィアを知る使用人たちからは、生温かい目で見られた。──相手にされないから娘から懐柔しようとしていると思っているようだった。まあ、いいのだけれど。
それからは毎日、やっぱり他のもあげたら…いや最初から重すぎる……と悩む日が続き、ようやく迎えた出会いの日当日。私は、盛大なミスに気づく。
──マリアには手土産を二つも用意しておいて、アルバートには何も無いことに。