背に腹はかえられぬ
クラス全員で円陣を組むと、クラス委員長の篠田君が掛け声を掛けた。
「絶対、最優秀賞取るぞ!」
「オォ~!!」
3年2組全員で何かと円陣を組むのは、最早ウチのクラスの慣例となっている。
今は、1ヶ月後にある合唱大会に向けて、皆で気合いを入れたところだ。
「じゃぁ、私ん家行こうか」
「うん」
同じクラスで、幼なじみの成宮 茜ちゃんは、合唱の伴奏をする事になっている。
「ただピアノの練習するだけじゃ楽しくないから真理、歌ってくれない?」
と茜ちゃんにお願いされ、合唱大会までのほぼ毎日、茜ちゃん宅に通うことになった。
茜ちゃんは、小さい頃からずっとピアノを習っていて、合唱の伴奏とかには必ず弾くくらいピアノが上手かった。
最初は茜ちゃんの伴奏で私が歌っていたけど、「いつもピアノ弾いてばかりで歌えないから、たまには私も歌いたい」と言い出したので時々交替して、私もピアノを弾くことになった。
でも、私はピアノを習ったこともないし、楽譜も読めないので、茜ちゃんに教えてもらいながら何度も弾くうちに、合唱大会前には、なんとか間違えずに最後まで弾けるようになっていた。
―――合唱大会 当日早朝
携帯の着信音で起こされ、着音から茜ちゃんだと分かった。
「...もしもし、茜ちゃん?どーしたの?」
布団に入ったまま、寝ぼけ眼で携帯に出ると
「朝早くにゴメン...私、風邪ひいちゃったみたいで...」
電話口から茜ちゃんの辛そうな声が聞こえてきて、ガバリと体を起こした。
「え、風邪?大丈夫?」
「熱高いから、インフルかも…」
ケホケホと咳き込む声が聞こえる。
「無理しないで!先生には伝えておくから」
「...有難う。で、お願いがあるんだけど...今日って合唱大会でしょ?」
「あっ!」寝起きとは言え、大切な日をすっかり忘れていた。
「私の代わりに...伴奏お願いできる?」
「えっ...ば、伴奏?!」
「そう、合唱の伴奏」
「無理無理無理!伴奏なんて、絶対無理!!」
とんでもないことを言いだした茜ちゃんに、ブンブンと見えないのに首を大きく横に振る。
「1ヶ月、私と練習して最後まで弾けるようになったでしょ」
「いや、でも...人前で聴かせれるレベルじゃないよ~」
「大丈夫。私のお墨付きだよ」
それでも渋る私に、
「真理の他に伴奏頼める人は、いないの。一ヶ月間頑張ってきたクラス皆のためにも、お願い!」
―――結局、茜ちゃんに押し切られる形で、私が伴奏を引き受ける事になってしまった。
クラスの皆に、何て説明しようか悩んだけど、
「真理って、ピアノ弾けるの?
茜と練習して最後まで弾けるようになった?
なら、良いんじゃない?
代打なんだから、間違えたって構わないから気楽に弾いてくれればいいからね!」
と、何故だか誰からも非難の声が上がることなく、すんなりクラスの皆が納得してくれて、私が伴奏をすることになった。
そして、もうすぐ私たちの出番がやってくる。
2組がコールされ、クラスの皆は壇上に上がり、私はピアノの前へ。
深呼吸を一つして、指揮者の方を見る。
いくらなんでもぶっつけ本番で伴奏は出来ないので、音楽室を特別に借りて、クラスの皆で何度か合わせた。その時は、皆についていくのが精一杯でテンパってたのに、今は自分でも驚くくらい、落ち着いてる。
多分、茜ちゃんからのメッセージが効いてるんだと思う。
「ゴチャゴチャ考えないで、皆と一緒に楽しんでおいで!」
うん。今、私たち楽しんで合唱出来てる。
皆、今までで一番声が出てる。
茜ちゃんのように上手には弾けなかったけど、なんとか最後の一音まで間違える事なく弾き終え、私たちの合唱は終わった。
ホッとしつつ、壇上からゾロゾロと降りて来るクラスの皆を見ていたら、最後に降りて来た人物と目が合った。
私が驚きのあまり固まっていたら、目の前まで来たその人物にポンポンと頭を叩かれ、
「お疲れ様。ちゃんと楽しめた?」
と、笑顔で言われた。
―――さて、合唱大会の結果だけど
皆の頑張りのお陰で見事、最優秀賞を取ることが出来た。
私たちのクラスは、審査員全員一致の高評価を頂いたらしい。
...それにしても、教室に戻った後、クラス全員から土下座されたのには、驚いた。
理由を聞いたら...怒る気には、なれなかった。
というか、私が皆に謝るべきだったんじゃないかな(苦笑)
ーーー合唱大会の練習が始まる、1か月と1日前。
放課後、3年2組の1名を除いた、クラス全員で秘密裏に集まっていた。
「で、“飯島真理”は、どうする?」
「噂には聞いてたけど、想像以上だったな」
「最優秀賞の為には、多少の犠牲も仕方ないよ」
「でも...気を悪くしないかな」
「私、隣にいると、どうしても笑っちゃいそうになるんだよね~」
各々喋って話がまとまらず、助けを求めるようにクラス委員長の篠田が
「なー、成宮。お前はどう思う?」
「う~ん。真理には悪いけど...やっぱり外した方がいいよね」
皆の視線が一気に茜に集まる。
「私の伴奏の練習と称して歌の練習、且つ、真理に伴奏も練習させる作戦がいいと思う。
で、歌が大丈夫そうだったら、そのままで...無理だったら...
その時は、私が何とかする!」
茜の力強い言葉に「オォ~!!」と歓声が上がる中、委員長が立ち上がり全員で円陣を組んだ。
「飯島真理には悪いが、最優秀賞のためだ!
あいつの音痴が1ヶ月で直るとは思えないが...取り敢えず、成宮に任せようと思う。
飯島には、終わった後で謝罪するということで...
絶対に、勝つぞ!!」
「ウォーーー!!」
1名を除いたクラス全員で「最優秀賞=食券一週間無料券」を目指す事を誓い、拳を突き上げた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。