流れるもの
挿絵があります苦手な方はお気を。
数少ない(予定) 主人公の心理描写があります。男主人公女主人公にしている理由も分かると思います。
霧曇 蓮華は汚れる事や考え込む事や深く悩む事や戦う事が嫌いな狩人だった。
狩人を選んだのは外の世界に触れたかったからだ、と本人は思っている。
でも本当は少し違う。
彼は人にとっての幸せを理解はしているが感じた事が無い、それは脳機能的な問題でだ。
だから彼は物事に対して基本無頓着でヤル気があまり見受けられない長続きしない、幸せなんて感じないのに努力なんて出来ない。
虚無、だが、こだわりが無いわけではない。
逆と言ってもいい。
幸せを感じることが出来ない彼はストレスを解消する術を持ち得ていない。
だから、ストレスを感じるような事を極端に嫌う。
汚れる事も、考え込む事も、深く悩む事も、戦う事も、人ごみの中を歩く事も、五人以上で食事をとる事も、嫌いで嫌いで嫌いだ。
でもそんな彼は狩人だった。
狩りの間は、汚れようが、獲物をどう追い込むのかを考えようが、生き物を殺そうが、気にならなかった。
土に埋まっていた石を拾い投げる。
槍を構え投げる。
矢を放ち射とめる。
刃を通し仕留める。
引き金を絞り吹き飛ばす。
それらの行為には心地よさも何も無い。
何も無い。
でも、外の世界なら何かがあるのかもしれない。
言い訳だ。
今までの行動を肯定するための言い訳だ。
死ぬ前に少しくらいは幸せに触れてみたかったそれだけだ。
そんなつもりで言ったんだ。
本当にそうなるとは思わなかった。
でも、死んで生まれ変わったからこそ本当に叶うのかもしれない。
父親に『一度死んで生まれ変わって来い』とナイフで刺されたことがあったが正しかったのかもしれない。
そうでもしないと、変わる事も出来ないんだ。
性格は環境に適応し変化する。
免疫機能だから当たり前だ。
俺も環境に合わせて変化は出来る。
偽りだけど変化は出来る。
でもそれがストレスだった。
南国原産の爬虫類を極寒の地で育てるようなものだから、エネルギーを大きく消耗するのは当たり前だ。
器用だから、水槽の中で自分を温めて過ごすことはできるさ。
でもそんなものは長続きしない。
過剰な自慰行為でしか慰めることが出来ない。
いつかはそれにも飽きてしまう。
人のを観ても別の生き物の交尾にしか見えない。
根本的に変わることが出来ない俺は絶滅するしかない惨めな種なのだろう。
適応できなければ死ぬだけだ。
死んだら何も無い。
何も無い。
死んだら何も無い、そのはずだったけど。
俺は生まれ変われた。
奇跡だ。
奇跡が起きた。
今までとは違った行動をとったら世界が変わった。
デジャヴュからの脱却。
だからと言って、大きく外れるようなことはしない。
怖いから。
嫌いだから。
したくないから。
それが俺の当たり前だから。
法に護ってもらうには自分が法を守らなければならない。
だから、人は殺さないし盗みもしない。
当たり前の事だ。
貶める事も奪う事もしない。
当然の事だ。
緊急事態でなければ例え相手が死んでいようともそんな事はしない。
犬も猫も殺さない。
お腹が減っても人を食べない。
ひもじくても人を殺さない。
本当に。
当たり前の事だから。
本当に?
当たり前の事だから。
本当に。
当たり前の事なのか?
本当にそうか?
今の俺は本当にそうか?
そうだとも。
当たり前じゃないか。
当たり前が正しいとは限らないが、そうしたいからそうするんだ。
それで本当に幸せか?
幸せなのか?
幸せを感じているのか?
幸せか?
せっかく授かった奇跡を活かさずに試さずにそんな事が言えるのか?
相手に失礼だとは思わないのか?
せっかく生んでくれたのに、想いを汲んでくれたのにそんな事でいいのか?
俺という存在は一つなんだ。
同じような環境、境遇、性格の奴は腐るほどいても俺は一つの個なんだ。
人間は滅んだぞ。
俺は独りだ。
独りだ。
孤独だ。
一人だ。
俺は世界にただ一人の Clown=Lord の怪物だ。
俺は人間だ。
最後の人間だ。
だから、人間の文化と法を護り守り抜かなければならない。
それは俺のしたい事か?
それは俺の幸せか?
幸せって何だ?
幸せ?
何だ?
分からない。
判らない。
解らない。
わからなくなってしまった。
感じた事が無いものに縋って生きて来たんだ。
そうか。
そうなのか。
そうなのか?
わからない。
俺はいったい何者なんだ。
気にしちゃいけない事だと、気にしないふりをしていた。
気にしても仕方のない事だと、気にしないでいた。
寝ない事を。
食べなくても死なない事を。
それだけじゃない。
もっとある。
もっとある?
何でこんな事を考えているんだ?
わからない。
何もわからない。
それでいいか。
わからなくてもいいか。
そんなものだろう。
『 もう一度教えてあげるよ 』
え?
『 これが君だよ。これが今の君だよ。いや、君はそもそも私のものだから今も昔も変わりなく、最初から、最初と同じく、これが君だよ 』
・創造生命体 屍霊形種――【 Clown=Lord の怪物 】 個体名:霧曇 蓮華
・ステータス―――――― 屍霊形:0歳 体長:136㎝ 体重:38㎏ 性別:♀ 種族強度【 Lv.6 】 クラス【 無職 】 霊力【 930 】魔力【 1520 】肉体強度【 583 】出力/筋力【 634 】
・スキル―――――――― 【 人を呪えど穴一つ 】【 菌と死体はお友達 】【 魂ノ捕食者 】【 狩人ノ才 】【 ロンサム 】【 地点Fヲ超ユル者 】
脳に直接声が響いてきたと思ったら文字まで浮かんできた。
俺じゃなくて私だったのか、ここ最近の謎の違和感はそれだったのかな?
でも、そんな事はどうでもいいや。
心に沁みわたってくる。
心地が良い。
なんてこんなにも心地が良いんだ。
気持ちがいい。
なんてこんなにも気持ちが良いんだ。
砂糖がジャリジャリと音を立てる程入れられた甘い甘い蜂蜜で全身を包まれるような快感で頭がおかしくなってしまいそう。
下腹部から熱い何かが全身の至る処まで流れ込んでくるような、敏感になっていくそんな感覚が気持ちが良い。
ずっとこのままでいたい。
ああ、Clown=Lord 様。
Clown=Lord 様が教えてくれた。
私が何者なのかを教えてくださった。
いや、御与え下さったのだ。
そう、それが凄く嬉しい。
ああ、Clown=Lord 様。
私は人間なんかじゃない、屍霊形種 Clown=Lord 様の怪物。
そうだ。
それでいいんだ。
この感動が嘘なはずがない。
私わもっともっと Clown=Lord 様とお話がしたい。
そしてお褒めいただきたい。
ずっとずっとこの快感に浸っていたい。
今までこんな気持ちになった事なんてなかった。
今までずっと。
なんでこんなに思い出しているのだろう? なんでこんなに考え込んでいるのだろう?
何故だろう?
これはいったい何だろう?
そもそも本当に生まれ変わったの?
私は私だ。
私は、霧曇 蓮華だ。
元から私だ。
でも、この記憶はいったい何だったのだろう?
本当に記憶なのかな?
本当に思い出なのかな?
もしかしたら、悪夢なのかもしれない。
素材になった人間達の、怨念なのかもしれない。
思念なのかもしれない。
執念なのかもしれない。
分からない
判らない。
解らない。
わからない。
「しっかりしろ!!!」
誰だろう?
Clown=Lord 様じゃない。
でも聞いたことがある。
いつだろう?
最近だ。
いったい何処でだろう?
「大丈夫でござるか!? 主!!!」
この声は聞いたことがある。当たり前だ。この声は、相棒であり愛馬である「白彦だ」そう、白彦の声だ。
「心配したでござるよ主… 」泣きそうな声の白彦が顔を覗き込んできた。犬なら顔を舐めてくる距離だ。
「此処はいったい何処?」身体が動かない。他人の身体のようだ。ふわふわとしているのに重苦しい。
「無理をするな」後ろ姿でも分かる程ヘンテコな帽子をかぶった少女が背中越しに話しかけてきた。よく見えないが何かと戦っているようだ。
「そうでござるよ」あと此処はウォルターボの東門前でござる、と。教えてくれた。(それにしても顔が近い)白彦の長い鬣が視界の殆どを白く染めている。(首もあまり動かせない)
「戦っていたんだっけ?」そうでござるよ、と白彦が頷いて返した。少し思い出してきた。だが、誰と戦っていたのか、誰と戦っているのかよりも(白彦が光っている?)その事が気になった。
よく見れば辺りに私達を包み込むような光の膜が出来ている。(何らかの防御なのかもしれない)その証拠にこちらには攻撃が飛んできていない。
だから、疑問は別の方向へと飛んで行った。
「私って女だっけ?」私はいったい何を質問しているのだろうか。(しかも唐突過ぎる… )
「???」白彦は質問の意味を理解していないのか困惑している。私自身も質問の意味が分かっていないので無理もない。それなのに「拙者の背に何の問題もなく乗れているのでござるからそうでござろう」首を傾げてはいるが答えてくれた。「さすがだね、白彦」何でも答えてくれる。
「相当強く頭を打ったもたいだなぁ」一人称がめちゃくちゃだぞ、と。心配したような声が飛んできた。この声が誰なのか思い出した。
「スイニーンのお嬢ちゃんだ」ここ最近で出会ったエルフ族の少女だ。
「いや流石に、アナタの方がお嬢ちゃんだよ」(確かにその通りだ) 0歳児の私が誰かをお嬢ちゃんなどと呼べるわけがない。なのに、(何でお嬢ちゃんなんて言ったのだろう?)人間たちのせいかもしれない、そのせいで記憶がおかしのだと思う事にした。
「すみません」人間たちのせいだとしても、私の落ち度だから謝るべきだ。
「別に気にするような事でもないから謝んなくていいよ」音からでもかなり激しい戦いだと分かる。そんな中で会話ができるのは彼女の実力が高いからではない、むしろその逆である。
少し動くようになった首で頭を持ち上げ見たその戦闘の光景には驚愕の一言しか出てこなかった。その戦いを見て彼女は戦いに参加できずに、私のお守を任せられているのだと知った。「この身体でなければなぁ」と、彼女の洩らしたその言葉にはウォーカーに、戦いに身を置く仕事を目指している者として、戦いに参加できない事への悔しさからにじみ出ているように思えた。この場にとどまっているのは白彦がこの光を出していて安全であり、そして下手に離れて被害を拡大させないためかもしれない。(あの怪物は私を狙っていた… そんな気がする)だから余計に動けないのだろう。
あの怪物は強い。
なのにそんな怪物と戦っている者達が居るのだ。
「なにこれ」素直に驚いた。強さもそうだが、そのいでたちに驚いた。
異様ないでたちをした三人の男が一体の醜悪な怪物を相手に戦っている。
「ホッホッホッ、これはこれはなかなかに厄介な技を覚えていますね」魔導士とはかくあるべき、そんな笑い方と格好をした老人が慣れた手つきでどうやっているのか分からないが魔導書から魔法陣を引き出し発動させ、飛んできた体液を弾いた。飛び散ったその液体は地面に着くと、煙を立てながら地面を溶かす。
「アシッド系か! 兄者!これは思った以上に厄介だぞ!!!」そう声を荒らげたのは熊のような見た目をした狸の獣人だ。何故熊ではなく狸という印象を受けたのかというと、その獣人には太くモコモコとした尻尾があり顔には狸独特の模様があるからだ。なので直感的に狸だと思った。素になった人間たちの記憶などが影響しているのかもしれない。いや、逆にそれが無ければ熊にしか見えなかっただろう。
そして、兄者と呼ばれた者が狸の獣人に答える。
「そうだな弟よ!」その男もまた獣人だ。筋骨隆々な人型の肉体に不釣り合いなほど愛らしいピンク色の毛並みの兎頭が付いている。なのに、何故か違和感が小さい。それは彼がそういう種族として長年生きている事で身に付いた風格を漂わせているからかもしれない。
狸と兎は獣人なので兎頭であったり熊のような狸の見た目をしていることに違和感はないのだが、服装が異様だ。いや、あえて言おう変態的だ。そう、変態的だ。
「何で上裸なの???」戦いの場に居るのにもかかわらずその二人の獣人は上裸だった。
「筋肉が膨張してはじけ飛んでたよ。鎧とかを身に着けていないのは、着ると力が落ちるからだろうなぁ」そういうクラスなんだろうけど目のやり場に困る、そう言いながらスイニーンさんが答えてくれた。(鎧を着ると力が落ちる? 動きが鈍るって事かな?)彼女の言い方か察するに違うだろうがよくわからない。
「クラス… 」レベルやらクラスやらスキルやら、生まれたばかりの私にはわからない事が多い。「 …クラスでそんなに変わるのか?」
「変わるでござる」「変わるよ」常識のようだ。
「クラスがあることでスキルが正常に作用するのでござるよ」「クラスがあることでスキルに方向性が出来るしクラス技の習得もできるようになる」どういうことなのだろうか?
「スキルって技の事じゃないの?」わざわざ振り向かれて、こいつは何を言っているのだろうという顔をされた。
「スキルっていうのはそいつの持っている能力、常に持っている名のある力の事だよ」「スキルはただの力でござる。だからこそその使い道を示すクラスが無ければ無用の長物、扱いきれずに暴走することもあるのでござるよ」(なるほど、)「そして【 技 】っていうのはその名の通り【 技 】だよ」「習得過程や種類、熟練度などで【 技 】【 秘技 】【 必殺技 】【 神業 】など、色々呼び名が変わるでござるよ」(なるほどなるほど、)「アイツの攻撃を耐えたのだからアナタもそれなりのスキルを持っていてそれなりのクラスに就いているんでしょう? 何でこんな事も知らないのよ」「主は本当にぬけているでござるな」( ・・・・・ )「なるほどねぇ、聖獣の主っていうクラスなの?」「違うでござるよ」(なるほどなるほどなるほど、えっと… )「無職ってどういうクラスなんですか?」。
「 」
「 」
「うっ… 」こういう反応をされることは分かっていた…
「 はぁ?」
「 ぬぬぬ」
「すみません… 」言葉が胸に刺さる…
「ありえない」
「もうやめてくださぁい!!! 私のライフはもうゼロですぅ!!!!!」なぜこんなツッコミをしたのかはわからないが、叫ばずにはいられなかった。
「いやそう言う事じゃないよ、その歳で無職って事がありえないだけだから」
「グハッァァァァッ!!!!!!」
「主安心するのでござるよ」無職でなにを安心しろというのだろうか「主は生まれてまもないでござるよ。忘れていたでござる」
「あ、そうだった」忘れていた。何で焦ってしまったのだろう、人間たちの思念によるものだろうか。いや、怨念だろう。
「その見た目で産まれたて… なるほどなぁ」驚いた様子は見受けられなかった。納得してくれたようだ。聖獣である白彦が生まれてまもないと言ったのが大きい、聖獣は嘘を付くのがあまり得意ではないから。(べつに無職でも大丈夫だけど… 精神的にね!)おそらくは人間たちの思念… 怨念がそうさせているのだろうが、無職という響きには刺さるものがある。
「まぁ、そういうわけで、産生まれたてなのです」これは言い訳ではない、事実だ。(心が成熟していればそれは大人)人間の思念がそう囁いてくるが、何故かこの言葉は曖昧な表現の気がして耳を傾けない事にした。
「アナタ小さいし、そういう種族なんだね」(そういうことなのだろうか?)違う気もするが、その方が夢があって良いのでそう思う事にした。
「私もそうだしな」私の耳で何とか拾える程度の小声だったが、彼女は確かにそう言った。(エルフもその見た目で産まれてくるのだろうか? それともスイニーンさんが特別なのだろうか?)とにかく、(私も大きくなれるのかもしれない)そしたら正しい姿勢で白彦に乗ることが出来るので、お尻が痛い思いをする事は無くなるだろう。
(あの時は痛かった。記憶が曖昧で何処でなのかは思い出せないけど、あの時は痛かった)
「だとしたらぁ」そう前置きをするとスイニーンさんは神妙な面持ちで話し始めた。スイニーンさんはあまりにもコロコロと表情が変わるので少ししか会っていないのにその都度驚かされている。ただ、今回はこれまでとは違いその表情の変化を良い意味で捉える事が出来なかった。「クラス無しで、しかも産まれたてでその実力かぁ」彼女の瞳は光を宿しておらずあの醜悪な怪物よりも恐ろしい者に見える。(あの醜悪な怪物よりも彼女の方が弱いはずなのに… )
「おい」動かないはずの身体が思わず身震いを起こした。「誰に殺気を向けているのでござるか?」白彦だ。一瞬誰の声か分からなかったが、今先ほどの声も白彦の声だ。
静寂が場を支配する。
醜悪な怪物との戦いも止まっているのではないのかと思う程の静寂だ。
(私はスイニーンさんに何かをしてしまったのだろうか???) 怖い。
スイニーンさんも白彦も怖い。何故二人共動じる事無く睨みあえるのだろう。怖い。
これに似た恐怖を以前何処かで感じた事がある気がする。気のせいかもしれないが、人間たちの思念かもしれないが確かに感じた事がある。気がする。
そんな事を思っている間に、静寂は唐突に終わりを迎えた。
「知恵有る者と共にする事は無いか… しかも聖獣だし」スイニーンさんは、そんな事を言うと視線を醜悪な怪物との戦いに移した。視線を移す前に「すまなかったなぁ」気のせいだった人違いだった、と。頭を下げて謝ったことでその場話丸く収まった。白彦も「わかってくれたのならいいでござるよ」と笑顔を見せた。先程までの殺気は何だったのだろうか?
(よくわからない)スイニーンさんの発言といい、殺気のやり取りといい、訳が分からない。
でも、そもそもは( 私の無知が招いた静寂か )だから「学ぼう」そう固く決心した。
「気を抜くと危ないでござるよ」白彦がいつも通りの優しい声でさとしてくれた。今は激戦の真っ最中で、その真っただ中に私達は居る。忘れていたわけではないが気が散ってしまっていた。
「ウォーカーを目指すなら見て参考にするべきだよなぁ」「さようでござるな」(何なんだこの二人は… ) 二人のせいで気が散ったのに、とは言えない。でも二人の意見はもっともだ。もっともなのだが…
「キツイ」寝ている体勢では流石に辛い、すぐに疲れてしまう。(仰向けの状態で頭だけ上げるのがこんなに辛いとは思いもしなかった)
「拙者は防衛は苦手でござる故、口がかせなくて申し訳ないでござる」馬である白彦には手が無いので手の代わりに口という事だろうが、口で咥えられるのはごめんだ。
「安静にしているべきだよ」ごもっともな意見だ。「意識があっても身体が動かせないならなおのことねぇ」その通りだ。私が倒されたそのままの姿で置かれているのはこのためだろう。この激戦の中を医師と共に安静な状態で運ぶのは困難だと思われる。
ん?
「そもそも回復できるの???」屍霊形種が治療魔法を掛けられたらヤバい気がする。
「ミル族じゃなくても一応念のためにねぇ」そう言う事ではないのだが、私はカルマ値が悪に振り切った負の属性の者ですとは言えない。まして、あんないかにも負の存在ですと言わんばかりの醜悪な怪物と戦っている最中でそんな事を言えるはずがない。
(絶対私が連れて来たって思われちゃうよ… )あの醜悪な怪物が私のことを『友達』とか呼んでいたのを思い出して目眩がした。
この戦いが終わるまでに何とかしなければいけない。
『 アハハハハ 』
*
「ホッホッホッ、新手かと思ったら白彦様でしたか。おかげでこ奴が怯んで良い一撃が入れれました」感謝感謝、と。魔法使いとはかくあるべき、そんな格好をした魔法使いの老人がタクトと呼ばれる短い指揮棒の様なものを使い古びた本、魔導書から魔法陣を引き出し魔法を発動させる。それは薄黄色い光の矢であった。
「無駄だぜ御老公」熊のような見た目をした狸の獣人の言う通り、魔法使いの老人のが放った光の矢は標的に当たるもダメージを与える事は出来なかった。
「おやおや、硬くなっておりますな」標的である死霊種の怪物は攻撃を与えるごとにその硬さを増していた。
「弟よ、ロズウェル卿とお呼びしろと言っているだろう」ピンク色の毛並みをした兎頭の大男が実の弟である熊のような見た目をした狸の獣人に注意を飛ばす。
「ホッホッホッ、呼び名など何でも構いませんよマカロフ殿」魔法使いの老人、ロズウェル卿は弟を叱る兄を優しい言葉でなだめた。
「ロズウェル卿がそう言うなら俺はそれで構いませんがあまり弟を甘やかせないでください。コイツは直ぐ調子に乗るので」軽くため息をつくと兎頭のマカロフ兄は屍霊種の怪物に生命エネルギーを込めた連弾を叩き込む。熊のような狸顔の弟もそれに続く。
「やっぱ無駄だぜ兄者!」拳がいてぇよ、そんな事を言いながらも光速で拳を叩き込んでゆく。
「諦めるな弟よ」弟よりも数段速く拳を叩きこむ兄の拳は血で滲んでいた。「この硬さ、Lv.86以上って感じだな。レベルに倍近い差があるな」チッ、と舌打ちをすると彼は撃つ手を引いた。諦めたわけではない「ドデカい一撃行くぞ!!!」彼のその掛声に「おうよ!!!」弟が大きな声でこたえる。ロズウェル卿は「ホッホッホッ、ならば私も、添える程度ですが…」と、魔導書から高度な防御魔法と肉体強化魔法を発動させる。
「添えるどころかロケットブーストじゃないですか御老公!」ありがたい、男らしい笑顔を浮かべつつ弟が兄の右隣に素早く駆け寄る。
怪物を正面に兄が右に弟が左に立ち、兄が左手に弟が右手に力を込める。ロズウェル卿はその間防御に徹しつつ怪物が少女たちのもとへと行こうとするのを阻止していた。(白彦様は無理でもその加護下に居るあの美しい少女を喰らい力を得ようという魂胆でしょうがそうはいきませんよ。もしそうなれば、被害はウォルターボだけではすまなくなりますからね)安らかに眠りなさい、ロズウェル卿は魔法とは関係ないが魂に安らぎを与えると言い伝えられる言葉を怪物へと贈る。
その直後、怪物に驚愕級の一撃が、マカロフ兄弟が日に二度しか撃てない【 必殺技 】が放たれた。
『『 4B Attack 』』息の合った固有技名の詠唱と同時に兄は時計回りの捻りを加えた左拳を弟は反時計回りの捻りを加えた右拳を怪物目掛けて突き出した。突き出した拳から強力な回転のかかった生命エネルギーの波動が放たれ、左右反対の回転が怪物の腹を引き裂き抉るように穿つ。兄弟の腕の出血から相当の負荷のかかる技なのかが窺い知れ勇ましさを感じる。が、「 Brother Bravo Burst Burner!!! 」弟がガッツポーズと共に4Bの意味を叫んだせいで格好良さが台無しになってしまう。
「それ叫んだらダサくなるだろうが… 」傷付いた左腕を垂らし右手で頭を掻きながらため息を漏らすその姿は哀愁を漂わさている。それだけ弟に手を焼かされているという事だろう。
「べつにいいじゃん。そんな事よりもスゲーよコイツもう治りだしてるぜ」今は兄弟喧嘩をしている時ではない。
「応援が来るまで何としてでも耐えなければなりません」「はい」「わかってますよ御老公」怪物をこの場に引き付けておくために偶然にもこの街にお越しくださっていた白彦様にわざわざ残って頂いているのだ、と。三人は気合を入れ直し怪物を見やる。
「よし!行くか!!!」
いよいよこれからが正念場だ。
だがしかし、事態は予期せぬ方向へと突然動き出す。
流れとは突然に変わるもだ。
「うわわわわわわわわわわわわわっ!!!!!!」
可愛らしい少女の叫び声と共に巨大で煌びやかな塊が怪物に直撃する。
「何だぁっ!?」「うおっ!?」「これはこれは… 何とも… 」衝撃波と眩しさで三人は思わず目を閉じてしまう。無理もない「何だ… この巨大なダイヤモンドの塊は… 」三人の目の前には怪物を押し潰す程の巨大で煌びやかなダイヤモンドの塊が落ちて来たのだ。驚かない方が変だ。
「ホッホッホッ… 」ロズウェル卿でさえも苦笑いをしているのだ。
「おほっ、ふふぇ… 」マカロフ弟にいたっては頭が回っていない。
「 …すみません」巨大で煌びやかなダイヤモンドの塊の上にしがみつくように乗っかっている少女が申し訳なさそうに口を開いた。
「白彦様が加護を御与えになっている少女か?これはいったい???」マカロフ兄は訳が分からないといった様子で美しい少女に話しかけた。
「すみません、私にも何が何だか」美しい少女が一番混乱しているようで今にも泣きだしそうだ。
「と、取敢えず、落ち着いてください」マカロフ兄はまるで自分に言い聞かせるように美しい少女に言い聞かせる。「今降ろしますので何が起こっているのか何があったのか整理してみましょう… 取敢えずは… 」怪物に動く気配が無いので白彦様の加護下に居る人物に失礼が無いようにする事にした。((( 何がどうなっているんだ )))この時男三人は同じ事を思った。いや、三人だけではない。全員だ。
「あ、主!!!!!!」「急に飛んで行ってどうしたぁ!? 大丈夫なのかぁ!!!!!!」「白彦ーーー!!! 助けてーーーーー!!!!!! 訳が分からないよーーーーー!!!!!!」何故か怪物との戦闘中よりも場は混乱してしまっていた。
『 アハハハハハハハハハ!!!!!! 』
事の始まりはほんの数分前、マカロフ兄弟が必殺技を放つ少し前の事。「あ、私のクラス思い付いた」霧曇 蓮華のそんな発言から始まった。
お読みいただきありがとうございます。
次話もよろしくお願いいたします。




