地点F内伝 ~ニトロハート①~
旅の途中なので箸休め的短編です。
ネタばれに近いのですが、魔物の視点や考え方ではないので比較的読みやすいかと思います。
SF回です。
私の国は戦争をしている。
とても大きな戦争をしている。
敵が誰なのかも分からないまま戦争をしている。
死ぬのが怖いから戦争をしている。
疑問に思ったことはなかった。
昨日までは。
*
雪の積もった鉄屑の山を踏みしめる足音が私に近づいてきた。その音の方向に顔だけを向けた。ガスマスクのレンズが曇っているのと雪のせいであまり見えない。暫くするとその音の正体が、見える位置までやって来た。
「なあ、聞いたかニトロハートの噂」
全身武装した身体つきの良い男が挨拶も無しに話しかけて来た。私と同じガスマスクを付けているため顔を確認することはできないが、ガスマスク越しの聞き取りづらい声から誰かは分かった。
「ジャック、仕事中だよ。誰かに聞かれているかもしれない」ジャックから視線を外し、私は再び作業に戻った。
「ああ、そうだな。修理の邪魔してすまんな」振り返っていないから見れないが、たぶん両手を合わせて謝罪の意を示しているだろう。思ったことをすぐ口に出してしまう少し間の抜けた人だが、気の小さい人でもある。良い人だ。
「気にしなくてもいいですよ」左手を軽く上げて返した。
「でも、その反応だと知っているみたいだな。当たり前か。皆が酒と塩漬け肉食べようってさ」私は親指を立てて答えた。
足音が遠ざかっていく。
「財布にお金入ってないから一旦家に帰らないとな」その後は、喋る事無く仕事を終えた。
仕事中の独り言はしないタイプだ、誰に聞かれているか分からないから。
修理完了の報告文と改善点をまとめたデータを上司に転送して帰路についた。
地下第三層の北側集合団地のJ35棟4階4098号室が私の家だ。
「ぐわぁあ!疲れたーーー!!!」大声とまではいかないが声を出してベッドに飛び込んだ。ワンルームなので玄関を開けたらすぐに寝室兼リビングダイニングだ。小さい部屋だがトイレと風呂は別になっている。まあ、当たり前だ、節水の為にこのJ35棟は全室スチームシャワーになっている。暖房に使っている温水管の水を再利用していて無駄がない。そういったところが部屋を選んだ理由だ。
「あーーー。家が一番だな」防音で静かだし安心できる空間だ。戦争中とはとても思えない。
「アンドロイド様々だな。まあ、そうも言ってられなくなったが」昨日とんでもない噂を聞いたから。
「金を取りに来ただけだったな」その噂については皆と話そう。
地下第二階層の南側地区に在る飲み屋街、その入り組んだ路地の先に在る塩漬け肉と発泡酒の店【 ゲンゲン 】
私と仲間達の集いの場だ。
「ニーナ、おせーぞ!」店に入って仲間達を探していたら、むこうから声をかけてきた。探す手間が省けた。
「おお!お待たせー。待たせてごめんね」
「まったく、おせーよ!スゲー待ったぞ!」待っていたと言いつつすでに酔っている。
「レン、酔い過ぎだろ。まだ、一杯目だぞ」私に悪絡みしてきたレンをジャックが呆れ気味になだめている。良い人だ。
(一杯目という事は、一応は待っていたんだね)
「レンはニーナのことが好きだからねー」カレンさんが茶化してきた。
「やめてくださいよ、カレンさん」カレンさんの弟分であるレンだけならいいけど私を巻き込んで茶化すのはやめてほしい。まあ、レンより私の方が年下だからこれ以上は何も言えないけど。
「ハハハハハッ、挨拶代わりの冗談だよ」大人の女性の魅力的な笑顔だ。レンが惚れるのも頷ける。
「ココに座りなよー」椅子を引いて私に座る様に促したのは、私の大親友マリーだ。
「ありがとー」私はマリーのマネをしながら隣に座った。
「んふー」マリーの笑顔は私の癒しだ。私よりもお姉さんなはずなのに小動物の様な可愛さだ。
マリー、カレンさん、ジャック、レン、年齢も性別もバラバラのこの4人が私の仲間だ。何の仲間かというと。
「では!第35回【 噂頭巾 】運営陣オフ会を始めまーす!!カンパーイ!!!」いつものようにカレンさんが音頭をとった。
「月一でしてる飲み会を一々カウントするんですか?面倒ですよ、それに今回で32回目です」ジャックがもっともなことを言い出した。
「知ってるよ!冗談だよ冗談だん。真面目だなー、おきまりって大事だろ」美人ってずるいなと思った。
「思ったことを言うのと、ツッコミは似ているようで違うぞ」お笑いの話になると酔っていても急に冷静になるレンが不思議で仕方ない。
「取敢えずー、乾杯しましょうよー」発泡酒の入った安っぽい鉄製のジョッキを持つマリーの手が小動物の様にプルプルと小刻みに震えていた。
(カワイイ)口には出さなかった。
「プッ、ハハハハハッ!! よし!改めて、カンパーイ!!!」
「「「「 カンパーイ!!!! 」」」」5つのジョッキが様々な塩漬け肉の乗った円卓の上でぶつかり合った。
暫しの歓談と近況報告会を楽しんだ。
本題を切り出したのはカレンさんだ。
「しかし、今回のアノ噂の裏をどうやってとろうか… 」カレンさんの声のトーンは一つ下がっている。真面目なカレンさんも素敵だ。
音頭でカレンさんが言っていた通りこの飲み会は、私達が管理運営している噂好きによる噂好きの為の噂収集サイト【 噂頭巾 】の運営陣オフ会だ。情報流出防止のために重要なことは会って話すことにしている。
「エネルギー資源としてニトロハートを使うって、倫理的にありえないだろ」エネルギー資源の問題はいつの世も深刻だ、だからといってニトロハートを使うのは馬鹿げている。
「私も思いましたー」機械音声のため、声に感情の色は無いが顔にはたしかな怒りの色が見える。
「ハハハッ、ありえない真実こそが噂の醍醐味だよ」だからなんとしてもこの噂が真実であるという裏を取りたい、と不敵な笑みを浮かべている。
「フフフッ、ホラ吹きサイトにはなりたくないですからね」イメージはカレンさんと同じ不敵な笑みだ。
「不謹慎だよー、ニーナちゃんー」メッ、とほっぺを突かれた。
(え…)軽いショックを受けた。
「まだ裏噂の段階だけど、表に出るまでそう時間は無いよな」ジャックが私の代わりに話を切り返してくれた。
「いや、そうでもないだろぉ」レンは再びへべれけ十歩手前になっている。
「実はー、結構前からあったそうなんですよー」
「ただ、誰も裏を取れなかったし、信じたくなかったから広まらなかったわけだ」そう言うと、カレンさんはジョッキに残っていた発泡酒を飲み干した。
「へー、そうなんですか」
「国の上層部が例のごとく情報を握り潰しているらしい、これも裏噂だがにゃ …噛んだ」カレンさんも酔いが回ってきたようだ。
「フフフ」
「これの裏が取れたら【 クラッカージョン 】以来の大ネタだぜ!」噛んだカレンさんを見てテンションが上がったのか、へべれけ寸前だからなのか、目が血走っている。
「懐かしいくおぞましい噂だな」5歳しか違わないのに、しみじみと頷いている姿が随分と老けて見える。髭のせいなのか、ジャックの顔が老け顔だからなのか、追求するのはよそう。
(ん?)そういえば―――「クラッカーって玩具のスーパークラッカーボールのクラッカーだったよね? あの、紐の両端にゴムボールが付いてて紐の中央に摘まみがある、振り子みたいにぶつけて遊ぶヤツ」
「そうだよー。昔からあるよねー」
「何が面白いのか分からないどな」
「そうですけど、そう言う事じゃなくてですね。私が聞きたいのは何でクラッカージョンなんですかってことですよ」
「何でウェッ、知らないんだよぅ」レンの語尾が聞き取れなくなってきた。
「だって、あの時は私未成年だったから」先々月末ようやく18歳になり成人したのだ。先々月末まで私だけジュースだったのを覚えていないのだろうか。
暫しの沈黙が流れた。
「「 あ 」」カレンさんとジャックは忘れていたようだ。レンはとうとう酔いつぶれてしまった。
マリーはニコニコしている。天使の笑顔だ。
「レンとマリーのお姉さんみたいな感じだから… いやー、ハハハ… 」誤魔化し方まで老けている。
「そういやそうだったな、ニーナは未成年ってことであの時の裏取りではメインメンバーに入れてなかったな」美人だと苦笑いまで絵になるようだ。
「別にいいですよ、忘れていたようですけど誕生日会もしていただけたので」拗ねてみた。
ごめんごめん、とカレンさんに頭を撫でられた。擽ったいし嬉しかった。
「えへへ」
「でも、クラッカージョンの噂はあまりいいもんじゃないからな」ジャックがばつの悪い質問をされ回答に困ったオジサンの様な顔をしている。
「大きなネタではあったけど、調べている時も気分が悪かったからな」こんな顔のカレンさんは初めて見た。これはこれで心を動かされる表情だ。
「今も目の網のせいで見れないし、IDの関係で検索できなくて気になって。言いたくないんでしたら大丈夫ですよ」噂頭巾では噂の信憑性を出すために噂の裏取りを行う。故に小説より怪奇で口ずさみたくなるような現実に遭遇することも少なくない。
「いや、大丈夫だ。あくまで噂だからな」
「私達が裏を取った噂だけどね」噂の中には勿論事件モノもある。ただ、事実である証拠が出たその時は軍の警備部門に情報を渡すので噂ではなくなる場合がほとんどだ。だからといって安心できるものではない。
「クラッカージョンってシリアルキラーなんですよね」殺人事件の裏噂として流れ、その残酷さから内容は語れないと裏取りから外されてしまったのだ。
だから不思議でもあったし気になっていた。
「私達の方針では誰かがお亡くなりになっている場合はサイトに上げずに軍に報告していることにしているからな」
「かと言って裏の取れていないような弱い噂は流さない」
「つまりー、裏は取れたけどー。信憑性が微妙だったんだよねー」
「でも流すべき噂だと思ったんだ。だから、ニーナにも教えるね」
カレンさんが左手首を捻り、皮膚の下から飛び出て来たプラグを私に渡してきた。
私は耳の裏のカバーを外し受け取ったプラグを差し込んだ。差し込むその手は震えたけど、緊張からではない。
『ようこそ音声通信情報管理機能【 ラウンド 】へ』女性とも男性とも取れない声が脳に直接響き渡った。
(うおおおお!!! これが、ラウンドさんの生声か!!)機械音声に生声とは変な表現である気がしたが、胸の高鳴りとラウンドの音声がその靄々を吹き飛ばした。
『IDを確認中です』
『IDの確認が完了しました。カレン=リーコ・H 36667895 様いつもご利用ありがとうございます』カレンさんの本名を久しぶりに聞いた気がする。横目で確認したカレンさんの頬は少し赤みを帯びていた。酔いともとれるが、私は照れと受け取った。
『本機能をご利用の際には以下の事をお気を付けください
・前政府の管理していた旧式のオープンサービス機能です。一部に不適切な表現や過激な文言がある可能性があります。
・音声情報の為、現在ご使用中の機器の性能によりノイズが入るなど、正確なデータを読み込み出力する事ができない場合がございます』
「少し長いからとばすね」
『利用規約への同意を確認しました』
『それでは、お楽しみください』
皆には煩わしく思えただろうこの時間も私にとっては心躍る時間だった。初体験の高揚だ。
「ワクワクしますね!」
「ハハハッ、可愛いやつだなー」また頭を撫でられた。嫌いじゃないので撫でられ続けた、これがレンと一緒に子ども扱いされている理由だろうか。
「でもいいんですか? アノ噂の事話し合う時間無くなっちゃいますよ」急に悪い気がしてきた。
「いいのいいの、どうせレンが酔い潰れてるから話しにならないし」
「だな、先に呑ませて回復させてから合流しようと思ってたんだがな。珍しく飲むのを我慢して、今酔いつぶれてやがる。まだ、三杯目だぞ」俺とレンで先に来た意味がなかったよ、と肩をすくめている姿が本当におじさんみたいだ。
「そう言いつつー、レン君に上着をかけてあげるところが紳士ですねー」本当だ、いつの間にかレンの肩にジャックの上着がかぶさっていた。やはりジャックは良い人だ。
「う、うるさいな!」
「照れるなよー」そこにすかさずカレンさんのちょっかいが入った。
ジャックは酔っているわけでもないのにレンと同じく円卓に突っ伏してしまった。気が小さいというか、ガラスのハートだ。見た目とのギャップが凄い。
「ハハハッ、じゃあ二人が起きる前にクラッカージョンについて教えてあげるよ」
「お願いします」
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