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灯台下暗し

「唯、気を集中させるんだ。対象の性質を強くイメージして、自分の気と同調させて」

「は、はい!」

 俺がアドバイスをして、唯が気功を使う。何度目のやり取りか数えるのはもうやめた。

 かれこれ一時間同じ練習をしているが、唯のにらみ合っているライターの火は何ら変わらない様子で燃え続けている。

「はぁ、すみません。またダメでした……」

「いや、謝ることじゃないさ」

 演習室内の隅っこで俺と唯は気功の特訓を行っていた。せっかくのパートナー制を存分に使って放課後の演習室を貸し出してもらったというわけだ。全く気功の使えないという唯が気功を使えるようにするため、一番簡単な訓練を選んだのだが。結果として気功の反応は感知できなかった。

 わかっていたとはいえ改めて残酷な事実を突きつけられた唯は、心なしか表情が沈んでいるように見える。

「少し休憩するか。あまり根を詰めても仕方ないし。何か飲み物でも買ってくるよ」

「ありがとうございます、蓮也さん」

 意気消沈する中笑顔を見せる唯は手に持つライターをじっと見つめていた。すっかり板についた名前呼びも今日はなんだか沈み気味だ。

 俺は演習室を出て、手ごろな自販機を見つけたところで手が止まる。しまった、具体的に何が飲みたいかを聞いておくべきだった。

 自分の分なら迷いなく炭酸のきつい清涼飲料水を選んだだろうが女の子が何を好んで飲むかなんて今日日考えたこともない。ついでに言うならば自慢ではないが俺はこういうセンスがないことを自覚している。

 ぐわあああ、と自販機の前で頭を悩ませているとふと昨日のことが脳裏に浮かんだ。まだ記憶に新しい。昨日唯は喫茶店でコーヒーを飲んでいたじゃないか。

 思うが早いか俺の指は自販機のボタンをプッシュ。安直な考えだが本人が昨日飲んでいたのだからハズレはないだろう。豆から挽いた昨日のブレンドコーヒーとワンコインの缶コーヒーを一緒にするのも失礼だろうが。

 悩んでいた時間はどのくらいかわからないが、あまり待たせても悪いので足早に演習室に戻る。気功を使うというのは精神力を使う、小一時間勝手もわからないまま気功を使っていた(実際には使っていないが)唯は相応に疲れていることだろう。

 そんなことを思い戻ってきた演習室の前。入ろうと思ったとき俺は振り返った。

「なんでこんなところにいるんだ、お前」

 俺がそう問いかけた先には巨体があった。高さは一メートルと九十センチ強、幅は唯の倍はあるだろう、相当に広い。

「それはこっちのセリフだっての蓮也。つか、話しかける前に気付くとかお前後ろにも目ぇついてんのか怖えな」

 素っ頓狂な顔を見せるそいつは見間違うことはない俺のクラスメイトである伊達宗介だ。クラスというのは1stやら2ndやらのことではなく、普通科目における組分けのことだ。ここは気功育成機関であると同時に学園でもある。一般的な授業も当然行われているというわけで。

「んなわけあるか、気功に気付いたに決まってんだろが」

 おおそうか、と本気でうなずく宗介。この能天気さはむしろ見習いたいレベルだ。どうでもいいことだがこいつはこの巨体に反して相当なビビり、つまるところチキンというやつだったりする。

「んで? 一年の教師ってわけじゃねえよな今日は。なーにしてんだ」

 興味津々といった顔でずずいと迫ってくる。

 う、鬱陶しい。巨体にやられると余計に。さっさと言いくるめて演習室に戻りたいところだが。

「用もないのに人気のない演習室。手には二人分の飲み物。ははーん、そういうことか」

 ははーんとか言うな気持ち悪い。というか、それ以上考えるな、感じろ……じゃなくて、とっととどっか行ってくれ。

「お前こそこんなところで何してんだっての。自主トレなんて縁のないお前がここに来るなんてありえんだろ」

「おっとぉ、話はぐらかそうったってそうはいかねえ。ズバリ、後輩の女の子でも連れ込んで手取り足取りだなんて――――ぐふぇ!?」

 これ以上は本気で生産性がないので一撃見舞ってやることにした。両手が塞がっていたので渾身のハイキック(土足)を。

「ひ、ひでえよおい。ちょっとからかっただけだろうが」

「暇なのかお前は」

 涙目になった宗介に冷たい視線を与えつつ、ようやくこいつに暇つぶしのおもちゃにされていることに気付いた俺だった。

「いや悪かったって。今日お前が演習室でやってたことは誰にも言わないし、俺はお前の友達のままだから、それで勘弁」

「早く帰れよお前……」

 俺が呆れながら言うと、宗介は飛ぶように去っていった。あいつ本当に何がしたかったんだ。

 とまあ、邪険に追い払ってしまったわけだが。毎回本気か茶番かまあ、そんな仲だ。序列は高くもないが実は俺にとっての対気功士戦の切り札だったりもする。癪だから本人には言わないが。

 一気に奪われたやる気を何とか振り絞り、気を取り直して演習室に戻ると俺は首をかしげる羽目になった。

 先ほどまでいたはずの唯が見当たらない。演習室の端には荷物だけが残っている。

「おーい、唯?」

 声をかけてみるが反応はない。宗介に構っていたせいで遅くなってしまったが、戯れていたのは演習室の扉の前なので外へ出た、ということはないだろう。

 どこに行ったんだ。探そうと思い周囲の気功に意識を向けたが、すぐに無駄であることに気付く。忘れてはいけない、そもそも気功が使えないからここに来ているのだった。

 最近では周りにいる人は無意識に気功で感知していたため、それが出来ないのは少し違和感があった。

 人探しとはこうも手間のかかるものだったかと、気功のある生活に慣れすぎた弊害を発見しつつも辺りを見渡すと意外にも唯は簡単に見つかった。

 演習室の二階、ギャラリー部分で黒髪が揺れているのが見えたのだ。ちょうど演習室内の電子機器を操作できるコンソールが置いてある場所のようだが。

 何をしているのか。近くまで来てみると。

「…………むぅ」

 何やら真剣なまなざしで電子画面と向き合っていた。

 二、三度触れようとして手を止めている。勝手に弄ってもいいのか葛藤でもしているのだろうか。どうやら俺にはまだ気づいていないようなのでしばらく様子を見てみることにする。

 そーっと電子パネルに触れてビクッとして手を放す、その繰り返し。どうやらこのままでは進みそうにはないようだ。使ってみたい……のだろうか?

「良かったら使い方教えようか?」

「わわっ」

 あまりに驚いたのか天敵を見た猫のように飛びずさって俺の方を向いた。なんだか悪戯を見つかった子供みたいな目をしているのは気のせいだろうか。

「す、すみません蓮也さん。あのどうしても気になってしまったというか、調べずにはいられなかったというか」

「んなこと気にする必要ないって。ほら」

 すっと差し出した缶コーヒー。それを見た唯は実に曖昧な笑みを一瞬だけ浮かべ、ありがとうございますと言って受け取った。この反応……選択肢を間違えた予感がする。

「……もしかして他のが良かったか?」

「い、いえ! そんなことないです。好きですコーヒー」

 そう答えるとプルタブを引き上げて飲み始めた。

 やはりワンコインの缶コーヒーではダメだったのかもしれない。今度どこかおいしい珈琲屋でも見つけておこうか。

「それでだ、唯。この演習室にある端末は利用者が自由に使えるようになってるから遠慮する必要はないぞ」

 コーヒーを口にしていた唯は俺と端末を順に見ると少しその瞳が輝いたような気がした。

「そうだったんですか。私はてっきり職員用だとか管理者用なんだと思ってました」

 もちろん生徒が見ることのできる情報は限られている。と言っても重要な情報には末端のこんな端末からではアクセスできないため大して規制の意味もないのだが。

「とりあえず使ってみるか。操作認証のIDとパスは初期設定で配られてるだろうからそれを使ってログインしてみな」

 画面の表示に従って唯がタッチパネルに触れる。どうでもいいが感圧式らしい。

 ログインできたのかずらりと項目が並ぶ。

 唯は興味深そうにそれらを眺めると徐々に最初の奥手さも消え、夢中になって端末を操作していた。

「ここの端末だと模擬戦のデータだとか各種申請の類が出来るな。ほかにも全端末共通で自身の学生情報の確認なんかも出来たりする」

 機密保持の為、厳しい情報規制が行われているこの学園では携帯端末というものが思う以上に学生と縁遠い。その代わりにはならないが情報端末として学園の数か所にこのような端末が配置されている。

「そうなんですか」

 よほど夢中なのか生返事気味の唯の返答に俺はしばしその様子を見守ることになる。

 時間にして二、三分。一通りできることを確認し終えたのか唯がようやく顔を上げる。

「何か面白いものでも見つけたか?」

 好奇心旺盛な唯を見て、俺は保護者にでもなったような気分で声をかけてみた。

「そうですね、でも演習室の端末で面白いものはなさそうですね」

 いたずらっぽく微笑んだ唯は俺のちょっとした言葉の綾にも対応してくれる。今日も今日とて律儀な性格だ

「利用者がそんなに多くないからな。それが使われる機会も少ないってことだな」

 蓄積させることで初めて役に立つデータ群は使われなければ増えることはない。役に立たないから利用者が減る、と悪循環だったりもする。

 唯も興味を失ったようで端末を離れる。意外と飽きっぽいところもあるのか、なんて俺は考えていた。いや、次に興味の沸くものを探し始めたのかもしれない。

「それじゃそろそろ特訓に戻るとするか。もう一回基本的なことから確認していくぞ」

「はい、お願いします」

 演習室は終日貸し切り状態のままその日を終えた。




「ねぇ、おかしいと思わない?」

 薄暗いがいつもの学園の敷地、帰路についていた俺は突然声をかけられた。

「何がだ」

「反気功団体のことに決まってるでしょ」

 正確には突然だったのは声だけで、当然のように俺は彼女の存在に気付いていた。

 夏至に向かって確実に日は伸びており、同じ時間でも昨日よりも視界がはっきりしている。だというのにその人影は気のせいではなく判別しずらかった。

 しかしながら脳の補完機能とは恐ろしいもので、見えていないはずのその姿を俺の眼は捉えていた。

「石動、学園内で陽炎は必要ないだろう」

「どうかな、誰に見られてるかわかんないのに」

 フッとかかっていた靄が晴れ、石造りの台座に腰掛ける石動綾香の姿が鮮明になる。

「警戒心薄いんじゃないの? 非常事態だっていうのに」

 短い髪を後ろに掻きあげながらやや毒づくような口調で言う。

 景観を意識して作られた台座は俺の頭ほどの高さがある、何が言いたいかというと。

 ボーイッシュな見た目の石動だが、当然学園指定の制服を身に着けている。つまるところスカートを履いているのだ。俺の目線の高さで。

 努めて意識しないようにしながら俺は彼女の意見を肯定する。

「今の状況を正しく理解している奴なんてほとんどいないんだから仕方ないだろう。お前はその貴重な一人ってことだ」

「だったらもっとみんなに伝えればいいでしょ、何で何か起こるまで待ってるかな」

「そんなつもりはない」

 石動は訝しげな眼を向けてくる。俺はばつが悪くなり顔を逸らす。しかしそれを追いかけるようにして台座から飛び降りた石動に目の前に立たれ俺は根負けした。

「まだ何が起こるかもわからないのに事実をそのまま伝えても不安を煽るだけだ。最低限の警戒はするように警備隊とも連携しているし、今がベストな状況だと思うが?」

「そうやってまたはぐらかして。ほんとはそんなこと思ってないんでしょ、だって出来るもんね? 今すぐこの問題解決することだって」

 ブラフかはったりかかまをかけているのか、意味深な表情でのぞき込んでくる。だが残念ながらそれは失敗だ。俺はそれに対する明確な答えを持っている。それにしてもずいぶんと疑われたものだ。

「何を聞いたかは知らないが、そんなことできるならとっくにやっている。面倒ごとは少ないに越したことはないからな」

「“無いに”とは言わないんだね。ま、そこまで言うならいいけど、出し惜しみは下っ端のすることだからね、あんたは違うでしょ」

 本気で思っているのか否か、石動はずいぶんと俺のことを評価しているようだ。なんにせよこのまま引き下がってくれるのはありがたい。

「にしても今日はやけに機嫌が悪いな、そういう日なのか?」

「死にたいなら介錯するけど? 今ここで」

 生憎とまだ生きていたい。

「冗談は置いといて、何が気に入らないんだ」

「本気って言ったらくたばってくれる? ……コホン、何が気に入らないかっていえばそうね。今回の件上手く行き過ぎていると思わない?」

一瞬だけ緩んだ緊張は本題によって再び飲み込まれた。

「反気功団体の狡猾さを今更嘆いてどうする。お前も身をもって知っているだろ、俺たちは同じ第一期生なんだから」

 短期間で、悟らせずに一定以上の規模を確保した。それもこれだけ学園に近い位置に拠点を置きながら。並大抵の難易度ではないことは火を見るよりも明らか。昔からそうだ、反気功団体は気功士に対応するために常軌を逸するほどの狡猾さを見せてきた。

 それを懸念したのだと思ったのだが。

「そっちじゃなくて学園の方。これだけの規模の拠点一朝一夕には完成しないでしょ。それだけの間予兆らしい予兆もなかったのに何で急に進展したのかな」

「自分を過小評価しているんじゃないのか、俺は素直にお前の諜報の腕だと思ってるんだが」

 石動は口が軽いところがあるのが玉に瑕だが、実に優秀な学園生だ。

 しかし、その俺の返答は予期していたのかすぐに答えが返される。

「いなかったの、誰も。拠点の周りにいてもいいはずの見張りの類の一切が。まるでわざと見つけてくださいって言っているみたいな、そんな感じ」

 真剣な表情で拠点を見つけた日のことを話す石動。かく言う俺も聞きながら頭を回していた。

 誰もいなかったから自分は見つからなかったとそう言っているのか。

 拠点が見つかってもよくなった? 状況が変わったから?

 しかしそれはおかしい。

「……確かに気になる話だな。何で今になってそんなことをする必要がある」

 学園と交戦する気ならそのまま拠点を明かさずに奇襲した方が何倍も成功率は高い。仮に敵対の意思はなく学園と事を構える気がないのだとしたら駐在している必要がない。

 ここで自ら拠点を明かすような真似をする合理的な理由が見えない。

「連中がこんな初歩的なミスするとは思えない、裏があると思って当然じゃない?」

 石動の意見はもっともだ。やはり一番有事に近い位置にいる彼女の勘は侮れない。

「このことはもう報告したのか?」

 学園長にというのは言わなくてもわかるだろう。

「言ってない。あんたに言った方が早いでしょ。それでどう思うの、こんなにうまい話ってあると思う?」

 問いかけに咄嗟にこの言葉が頭に浮かんだ。


 “――――嵌められている――――”


 誰が誰に。

 どうやって。

 いつ、どこで。

 そしてなぜ。

 そんな役者は一人として揃っていないが今の状況にしっくり来てしまった。

「あのさ、思っている以上にまずいんじゃない? 何だか嫌な流れ。感覚でしかわかんないけど、三年前のあの時みたいなさ――――」

「ありえない」

 控えめに話していた石動の言葉を俺は強引に遮って止めた。

 俺の剣幕を読み取ったか、石動の顔が申し訳なさそうに変わる。

「……なんにせよさ、気が付いたら取り返しのつかないことになってましたなんてことにならないようにしなきゃでしょ。だから単刀直入に聞くんだけど」

 石動は俺に向き直ってじっと目を見据えた。

「今回の黒幕は誰?」

 黒幕。石動はそう聞いた。反気功団体ではなく今回懸念すべきは誰なのかを。

 しかし俺は。

「さっきも言ったが、知ってたら苦労はしないっての。頭の固い先輩と作戦考えて、こき使ってくる先輩に借り作ってまで対策考えてんだぞ? そんな面倒なこと誰がやるっていうんだ、マゾか?」

「そうだね、少なくともあたしはあんたしか知らないわ」

 おどけた様子で言ったのが気に入らなかったのか嫌味を吐く石動。しかし、これ以上は追求してこないようだ。

 ひと段落といったところで俺はふと聞いておきたいことを思い出す。

「なあ、石動」

「ん?」

「俺がお前に指示出すって言ったら従ってくれるか?」

 そう突拍子もないことを言うと、石動はきょとんとした様子で。

「急に何さ。当たり前でしょそんなの」

「ならいい」

 肯定した。

 変な奴、と言いたいのが視線で伝わってくる。しかし、俺は満足なので気付かないふりをする。

「あ、そうだ」

 今度は、石動が何かを思い出したらしい。

「聞いたよ、あの子。唯ちゃんだっけ? 相当気にかけてるみたいだけどどういうつもりなのかな」

 もしかしたら、くらいには思っていたがどうやらここ数日の俺の行動も筒抜けだったらしい。こいつはつくづく俺の弱みを握ってくる。

「ずいぶん耳が早いな、誰から聞いた」

「直接会って話したの。あ、言っとくけど偶然だからね? 愛梨沙のところで出くわしただけ」

 まさか本人と直接会っていたとは、つくづく侮れない。愛梨沙というと第五位のことか、ゴスロリの。

 唯が初対面を相手に身辺情報をそう易々と話すとは思っていないが相手はこの石動。後輩女子に特攻を持つ――つまりモテる――こいつを相手にどうなるかは容易には想像できない。

「気にかけてるだなんてそんな大したことじゃない。ただ、少し訳あって話したらほっとけなかっただけだ。ほら、俺も一応教師役の先輩なわけだしさ」

「へぇ、それはまたずいぶんと贔屓なご指導で。あたしが聞きたいのはあんたが廃止された制度なんか引っ張り出してまで何をしようとしているかなんだけど?」

 ぴくっと俺は一瞬だけ眉をひそめてポーカーフェイスを崩したらしい。人の悪い顔をした石動の表情で読み取れる。

 こいつは危険だ。直感も経験もそう告げている。

「……別にお前には関係ないだろ」

 この程度では逃がしてくれないことはわかっていたが精一杯の抵抗だった。

「松風なんて言われたらあたしたちなら誰でも気付く。そりゃあんたに比べればあたしは先輩と関わりは少なかったけど関係ないなんて言わないでよ」

 わずかに悲しげな眼をした石動に俺は気付かないわけではなかった。けれど俺はただ黙っていた。この話をするには心の余裕が足りないと直感したから。

「悪かったから、この話はやめにしよう。ここで俺とお前が言い合って収まる話じゃない。それに門限も過ぎてる」

「そうだね……あたしも一人で盛り上がってたかも冷静じゃなかった」

 俺の提案に石動は意外にもあっさりと乗ってきた。俺のことを気遣ったか、本当に生産性がないと理解したかは俺にはわからない。

「今日はもう帰るから何かあったら絶対言ってよね、些細なことでもいいから。あたしはあんたに期待してるんだから。それと」

 女子寮に向かって歩き始めた石動は立ち止まって振り返ると最後に。

「門限なんてないくせに」

 俺も冷静ではなかったということを看破していった。


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