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契約者達

 春。

 穏やかな日差しと早咲きの桜の散るころ。

 春といえばそれは出会いの季節。どこもかしこも入学式のシーズンで新入生たちは気もそぞろになっているだろう。

 そんな例に漏れず、気功育成機関第一気功学園は入学式を迎えていた。


 気功育成機関。


 それは三年ほど前に突如として人々に発現した異能力、通称『気功』を持つものを保護、研究するために発足した育成機関である。気功を発現する者のおよそ七割強がティーンエージャーであったことからこの機関は学園という体制が主体になっている。

 その学生、『気功士』たちに一般的な教育を受けさせつつ、という方針らしい。


 そして今日はその一つ、第一気功学園の入学式。今年も新たな気功士がここに集められている。皆、真新しい制服を纏い、これからの学園生活に期待を膨らませている……と言いたいところだが奇しくも全員がそうとは言えない様子だった。

 

 ここにいる生徒の中に自らの意思でここに来たものは一人としていない。

 全員が気功士としての兆候が見られたために、半ば強制的に連れて来られた者だった。

 かくいう俺も学園の生徒の一人、今日は入学式に出席しているが新入生ではない。この入学式は新入生と特殊な役割の者のみが出席し、俺はその後者だ。特殊な役割といっても要は運営側、新入生を迎える役割というわけだ。

 司会の生徒が淡々と式を進めていく中、入学式はこの学園のトップ、学園長の話となった。偉い人のありがたいお話など新入生にとっては退屈以外の何物でもないのだろう。学園長が壇上に上がると、気怠そうに椅子にもたれかかる生徒が増えた気がする。


「―君たちは気功という稀有な才能を認められてここにいる。知ってのとおりここは君たちを研究する機関だ、まずは機関の仕組みについて理解してもらいたい。―」

 

 学園長の挨拶が広い講堂の静寂に唯一響く。気功育成機関という特異な制度の説明を除けばごく普通の学園長の挨拶だ。それゆえかちらほらと船を漕いでいる新入生も見られる。入学式から寝るとはなかなかいい度胸をしている。もっとも、話を聞かずに後で苦労するのは彼ら自身だが。


「―この学園は性質上、君たちの思う勉強するための学校という場所とは異なったシステムが多くある。それらについての詳細はこれから学んでいくといい、ただ一つ、私から忠告したいことがある」

 

 学園長はそこで大きく間をあけ、講堂一帯を見渡した。その眼は鋭く、見る者すべてに畏怖を与えるような、逃げ出すことを許さないような緊張感と逼迫感を与えてくる。その気迫にか、虚空を見つめていた生徒も襟を正して学園長へと注目する。


「君たちは一歩間違えればいつでも死ぬ、それだけは決して忘れてはいけない」

 

 その言葉に会場がどよめいた。

 何をいっているんだと。

 こんなにも簡単に死ぬかもしれないと突きつけられてそれを言葉通りに受け取った者はそう多くはなかったようだ。

 しかし、学園のトップの真剣な眼差し。どちらかと言えばこの状況で冗談を言う方がありえないだろうと何人が思ったか。

 戸惑う新入生を学園長は黙って見ていた。


「静粛に願います」

 

 司会からの指示が飛び、講堂内は再び静かになる。

 しかし、当然といえば当然の反応。

 ここにいるほぼ全員はほんの数か月前まではごく普通の、それも意思に反して連れて来られたような一般人だったのだ。急にそんなこと言われても……という彼らのどよめきは正しいだろう。


「それだけ、気功という力は不安定で未知なのだ。君たちにとって望まぬものだったとしても受け入れてもらわなければならない――」

 

 再び口を開いた学園長の言葉を聞き流す生徒はもういなかった。

 話し始めよりも大きな緊張感をもって学園長の話は続いていく。この話は俺も一年前の今日聞いた覚えがある。今となっては懐かしい話だが。

 間もなくして学園長の話が終わり、新入生たちの緊張が緩む。壇上から降りていくその姿が妙に満足げに見えたのはきっと気のせいじゃない。学園長は新入生を脅して気を引き締めさせる役と、そう決まっているのだ。成功して満足らしい。

 そして今度は役員紹介、司会の生徒が次々と学園の重役を紹介していく。学園長、統括理事会会長、生徒会長、警備隊隊長。ある程度なじみのある役職が紹介されていく。


 「次にわが学園のトップ、クラス1stを紹介します」

 

 その声に応じ俺の左側に座っていた六人と生徒会長、警備隊隊長がその場に立つ。学園のトップという言葉に新入生の注目が集まる。見る限りその反応は二つに分かれた。一方は歓喜する者、強者の存在に胸を躍らせているという印象が見える。そしてもう一方が困惑。……引いている、の方が正しいだろうか。おそらく新入生は彼女を見てそんな顔を浮かべているのだろう。

 俺は壇上に近い側から五番目の人物へ目をやった。壇上から数えて五番目、学園の第五位ということになる。そこには、薄いピンク色のゴスロリドレスを纏った女子生徒の姿があった。

 

 さて、この学園のドレスコードは原則として学園指定の制服を着用するようにとなっている。しかし例外としてクラス1stは常時動きやすいように自由な服装が認められていたりもする。だから、学園内を私服で歩こうがゴスロリドレスで歩こうが最低限のマナーさえわきまえていれば咎められることはない。

 

 まあそれでも、まさか思わないだろう。入学式という式典の中、学園の代表のうちの一人という立場であるにも関わらず、制服の生徒であふれる中ゴスロリドレスを着てくる生徒がいるだなんて。

 在校生にとってはもはや見慣れた光景、新入生の困惑を読み取ってか苦笑いしている者もいる。だが、いや、やはりというべきか新入生は絶句したようだった。そんな中で当の本人はというと周りの反応などどこ吹く風な様子、いつも通りのマイペースで悠々と立っていた。


「彼らがわが学園のクラス1stであり、序列上位者です。新入生の皆さんは彼らを目標に学園生活に努めていってください」

 

 一通り紹介を終えた司会の言葉とともにクラス1stが一礼をし、着席する。さすがは司会、淡々としている、慣れたものだと感心した。

 そして司会は式の進行をしつつ、ちらっと俺の方を一瞥した。どうやら次に呼ぶぞと伝えたいらしい、ようやく出番が来るようだ。


「では最後にクラス2ndの首席を紹介します」


 声に応じて俺はその場に立ち上がった。同時に講堂にいるすべての人が俺の方を見る。特に何をするわけでもないのだが、こうも大勢の人間に一度に視線を向けられると何だか緊張してしまう。平静を保つためにざっと全体を見渡してみる。

 いつもはだだっ広いと感じる講堂は人が多いせいかそれほど広く感じなかった。その中に学園関係者一同と新入生が並んでいる。今年の新入生は127名、学園としては過去最大人数だそうだ。真面目に話を聞いているやつ、退屈そうにしているやつ、期待に目を輝かせているやつ、皆面持ちはさまざまだったのだが、ふと一人の新入生とばっちり目が合ってしまった。

 全員が俺に注目しているのだから俺が見た人と目が合うのは当然だが、当然なのだがなぜかその女子生徒だけほかの生徒とは違い『偶然目が合った』という印象を与えてきた、本当になぜなのだろう。

 しかし、その疑問はすぐに解決した。よくよくその女子生徒を見てみると非常に見覚えがある。この子は確か――、そう、そうだ、今から2か月ほど前に誘拐されそうだった子だ。名前は松風唯だったか。その子が熱心に俺のことを見ていた。もっとも、目が合うとそらされてしまったが。

 ともかく、見覚えのある人がいたから目に留まったとそういうことだったらしい。


「彼がクラス2ndの首席、序列第10位の天津蓮也さんです。皆さんの直属の先輩であり、序列高位の実力派です。これから多くの場面でかかわることになります」


 司会の紹介に俺は一礼する。他人に自分のことを紹介されるというのはもう慣れたものだ。しかし、序列高位などと言われるとむずがゆい気がしてしまう。そんなに新入生に対するハードルを上げないでくれ、頼むから。平静でいたつもりだったが、割と心臓はバクバクだった。

 紹介が終わり俺は再び席に座る。ほとんど何もしていないはずだが座っているというだけで妙に安心感が得られるのは大勢の目にさらされた後だからに違いない。

 俺の席に置いてあるプラスチックのプレートには『クラス2nd首席』と書かれていた。そう、俺は今日ここにクラス2ndの代表として出席しているのだ。名前を呼ばれたら起立して、司会の紹介に応じて一礼する。たったそのためだけに俺は招集されている。できることならこのおよそ1時間ほどにわたる時間を返してほしいと切に思う。

 怨念が伝わったのか、ほどなくして入学式は終わり、新入生が退場していく。先ほどの女子生徒、松風唯も退場していくなか、やはり俺の方を見ていたのは気のせいだっただろうか。

 何はともあれ退屈な時間は終わり、新入生は学園の生徒として正式に迎えられた。これから学園生活をともにする後輩たち、その姿を俺は見送った。これから何度も関わることだろう。

 気功育成機関第一気功学園、気功という力を発現してしまった若者たちが気功について学び研究をされる特異な学園。ここに連れてこられた中には無論、不本意だった者もいるだろう。しかし、気功所持者、『気功士』になってしまった以上、この運命からは逃れることはできない。

 ここにいる者は全員、一人の例外もなくこの学園との契約者たちなのだ。

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