出会った気功士は
「ターゲット、旧二番街を通過しました。現在旧三番街に侵入、メインストリートを南下しています」
無線から仲間の声が聞こえている。それは敵の姿をGPSによって追跡している報告だ。
それを聞いて俺はそばに待機していた仲間へと目線で指示を出し立ち上がる。
俺と仲間が現在いる場所は旧三番街のメインストリート沿いの雑居ビル。俺は敵がここまで逃げてくることを読んでいた。敵、というのも相手は誘拐犯。少し表現が大げさかもしれないが、誘拐されたのが俺の学園の生徒となればそう呼ばれるのもうなずける。俺の学園『気功育成機関第一気功学園』そこから生徒を誘拐するというのは機密情報を盗んだことと同じだ。学園からは発砲許可も下りている。
俺は雑居ビルの三階から外へつながる非常口へと足を運んだ。遠くからは微かに車のエンジン音が聞こえている。例の敵のバンの音だろう。なにせほかに車は走っていない。それどころか人一人見られない。ここは旧市街、すでに廃墟となった町であるからだ。
車のエンジン音が徐々に大きくなる。先ほど指示を出した仲間は滞りなく配置につきスコープを覗いている。俺はというと非常口の扉を開け、外階段の上で仁王立ちしている。
車で走っていてはぎりぎり気づくかどうかの位置、俺は気にせず敵のバンを待つ。
エンジン音はすでにだいぶ大きくなり、そしてついに俺の目は黒塗りのバンをとらえた。一直線に伸びるこの旧市街のメインストリートを一台のバンが猛スピードで走ってくる。一体何キロ出ているのだろうか、目視してからは早かった。
俺は頃合いを見計らって無線でスコープを覗いている仲間へと指示を出した。
指示はただ一言。
「撃て」
刹那、音もなく発射された弾丸は黒塗りのバンのタイヤを捉え、紙を引き裂くよりも簡単に貫いた。バーストしたタイヤは著しくバンのハンドルを奪い減速させる。さらには穿たれた右前輪は火花を散らし、俺のいるビルの前でスピンし、停車した。
何が起こったか、きっと敵は混乱しているだろう。それは無理もない、完全な死角から高性能サプレッサーをつけたほぼ無音の狙撃。気付けという方が無茶だ。
黒いバンは狙ったように、いや、狙い通りに俺の正面で完全に停止し、一瞬、場を沈黙が支配した。
まだ何が起こった理解できていないようなので、状況を知らせてやろうと思う。
俺は、
気功士としての力を解放し、
雑居ビルの三階からそのままバンへと突撃した。
ドゴォォ!
という鈍い音が静寂の旧市街地に鳴り響く。その車同士の追突事故のような轟音は俺がバンを蹴り飛ばした音だ。
防弾であろう黒塗りのバンは大きく揺さぶられ、助手席のドアが歪む。ようやく事態を飲み込んだのかバンを再発進することを諦め、中から四人の男が下りてきた。
黒ずくめの男たちはみな同じような格好をしていた。
手には黒光りしている大型の突撃銃が収められている。しかし、構えるその姿はどこかぎこちない。というより素人に使い方だけ教えて渡したようにしか見えない。
一見統率の取れていそうな様子は完全に見当違いで、考えてみればいくらでもボロが見つかる。顔は丸出しで記録済みだし、バンから降りてくれたおかげで全員狙撃手の射程内だ。
これまでの一連の行動もそうだが、彼らからはまるで練度が感じられない。動きには無駄が多く、判断も鈍い。
はっきり言って個人としても集団としても不出来もいいところだ。
付け焼き刃を磨いただけの学生を統率する俺から見てもこんな感想が湧いてくる。それがどれほどの意味なのか想像に難くない。
現に今も、至近距離にいる俺に撃つか、打つか決めあぐねているのがわかる。
そして、そんな隙を見逃すような性格はしていないつもりなので。
俺は、手近な二人を手刀で沈め、残りの二人を狙撃班の仲間が撃ち抜く。無力化するだけで十分だったので殺さないように言いつけてある。
呻き声を上げて地に伏した彼らに戦闘力はもうない。
バンが停止してからほんの数秒。それだけで俺と狙撃班は四人の誘拐犯を無力化した。
周囲には危険因子はもう見受けられない。それを確認すると俺は流れるような動きでバンの後方へと向かった。
バンの後ろは両開きのバックドアになっていた。外側からしか開けられないように改造されたそれに鍵はかかっていなかった。
破壊することも考えていた俺は少し安堵しつつ、扉を開け放つ。
そこには
目隠しをされ、手を乱雑に縛られている女子生徒の姿があった。見た所目立った外傷はない。
しかし、おびえているのか、トランクの端でわずかに震えていた。
その心が痛む姿に憤りの熱さがこみ上げてきたが、我に返り必要な処置をとる。
「人質の安全を確保した。至急、人をよこしてくれ。女子だからな。間違っても男連れてくんなよ」
無線に向かってそう言うと了解と淡々とした声が返ってくる。もともと待機していたらしく、救助班はまもなく来るだろう。通信を司っている仲間の優秀さに常々感心している。
そんな俺のやり取りが聞こえたのか、捕まっていた少女が顔を上げ、こちらを見ている。
俺はゆっくりと近寄って目隠しと手の拘束をといてやる。
「もう大丈夫だ。すぐ救助班も来る。安心していい」
そこまで言って初めてその少女の顔を見たとき、凍り付いた。
こちらを見上げたその少女はよく似ていた。
俺のよく知る人物に。
「あ、あの……?」
いつのまにか俺は固まっていたようで、その少女が不安げにこちらを見つめている。これ以上不安がらせるわけにはいかない。
「……いや、なんでもない。もう少しの辛抱だ、学園に戻るまでもう少し待ってくれ。」
咄嗟に言葉を濁した。その少女はきょとんとした様子でうなずき、おずおずと膝を抱えて座った。
俺は傍に立って狙撃班に撤退の指示を出し、救助班の到着を待った。その面持ちは自覚できる程度には心ここに在らずといった感じだった。
救助班は何分もしないうちに到着した。きちんと要求通り女性しかいない。そういうところは融通を利かせるものだと、俺は少し感心した。
そして少女が保護されたのを確認して、見送ろうと考えた時だった。
「あの!!」
「ん?」
先ほどと同じ声が先ほどとはずいぶん変わった様子で俺へと届いた。見てみると保護された少女が護送用の車から顔だけ覗かせてこちらを見ている。
何かあったのかと一瞬気を引き締めたがそうではなかった。
「お名前だけ、聞いてもいいですか? 学園の生徒ですよね?」
切り替えが早いと言うか割り切るのが上手いのか、先ほどまで誘拐されていたとは思い難い元気な声だった。
助けた相手に名前を聞かれる、時代劇のワンシーンでありそうな展開だ。実際にされてみるとなんだか自己紹介するのが妙に気恥ずかしいものなのだな。
「俺は」
そうだな、と考える。この子も学園の生徒ということはやはりこう名乗るべきなのだろう。
「序列第十位、天津 蓮也だ」
満足げにうなずいたその少女は、しかし最後に俺にこんなことをぶつけてきた。
「天津さん、ありがとうございました。私は松風 唯といいます。また、会う機会があったらお礼をさせてください」
そう言った松風 唯という少女は、救護班の護送車とともに去っていった。
今度はエンジンの音が徐々に遠ざかり、仲間ももれなく帰路についている。ここにはもう俺一人だけだ。
残された俺は考えていた。任務なんだからお礼なんていいのに、なんて。まあ、あの場面でこういう野暮なこともどうかと思ったので言わなかったが。
いや、それよりも―――
そんなことを思っているうちに、帰還の催促がかかり、俺は学園へと足を向けた。