第4発 嵐のまえ
「忍者童貞、遂行状況を報告したまえ」
隊長が事も無げに声をあげると、忍者童貞と呼ばれた黒ずくめの男が隊長の足元にひざまづく。
「はっ。申し上げまする。目標は予定通りの行動パターンを示しており、今宵はかねてより予定されていた『宴』が催される事となっておりまする。」
「うむ。御苦労。では、予定通り作戦決行は今宵に決定だ。忍者童貞、総員に伝達、各自配置につくよう指示をしておけ。加えて、決行場所となる『飲み処 羽月』のオヤジさんにも連絡を密にしておくように。」
忍者童貞は一礼すると一瞬のうちに姿を消した。探偵童貞もまた、配置につくためその場をあとにした。
残されたミヤリは未だに地面にひれ伏したまま動けず、涙をながし続けていた。
「悔しいか、虫けら童貞。友人と思っていた男に嘲笑われ、恋しい女性を奪われ、それに加えて麗しの乙女を幾人も欲しいままにするあの男が憎いか。」
「も"う"わ"がん"な"い"っ"ず」
ずびずびと鼻をすすり顔をぐしゃぐしゃにしたミヤリの目には深く暗い絶望が映るのみだった。
「悔しさよりも苦痛と絶望が勝ったか。それもよいだろう。虫けら童貞よ、それでも君にはこの顛末を最後まで見届ける責務がある。なぜなら君は、これから真の童貞連合員となるのだからな。」
隊長は泣き伏せるミヤリに手を差しのべ、絶望の先への一歩を踏み出すことを促した。
「ぅぅ…」
ミヤリは力弱くも立ち上がり、隊長に連れられふらふらと歩き出したのだった。
ーーーーーーー
「ウェーーーーィ!!今日は集まってくれてあざーーす!これから、ソフトテニスサークル『フォンデュ』第二回新歓コンパをはじめまーーーす!!!」
高らかに男の声が響く。男の回りには女子、女子、女子。
この場には、開催宣言を宣った男を合わせて3人しか男が居ない。
3人が3人とも、髪を染め耳にはピアスをしたいかにもという風貌の男達である。
対して女子は総勢7名。新入生が4名、上級生が3名であった。
非理亜大は国立屈指の「蛸足大学」としてしられ、キャンパスは県内に4つある。そのいずれもが互いに距離が離れており、そのためサークルもキャンパスごとに異なっていることが多い。しかしながら、一年生は、全員が1度、駅弁市にある「中央キャンパス」に集められ、一般教養の単位をとるために一年を過ごす。そして単位を取り終えると、学部毎に4つのキャンパスへと振り分けられていくのである。それが非理亜大学の一般的な進級スタイルであった。
それが、一体何を意味するか。
ひとつは、中央キャンパスにおける上級生人口の減少である。
二回生以降は学部毎に異なるキャンパスへと旅立ってゆくため、必然的に一年生は二年生の人口の4分の1となる。
そして、もうひとつは。
上級生男による「新人女子の食い逃げ」の横行である。
新入生女子が中央キャンパスにいる間に手をつけても、一年経てば四人に三人は他の遠いキャンパスへと去っていく。つまり、後腐れなくトンズラがこける、ということである。
そのため非理亜大学では、新人歓迎会の際に新入生を「お持ち帰り」する上級生の男どもが後を絶たぬのであった。
「ウェーーーーィ!!加奈ちゃんだっけ。飲んでるーーー?のまなきゃ損だよーん?ここは上級生のオゴリなんだから。なー?大和ぉ!」
「決まってんじゃんよー!新歓だぜ?歓迎される方が金なんか出すわけないっしょ!さあ飲んで飲んで♪飲んで♪飲んで飲んで♪飲んで♪」
「これが、久保坂大和をはじめとした『ヤり逃げ上級生』の常套手段だ。右も左もわからぬ新入生に無理矢理酒を浴びるほど食らわせ、泥酔したところを毒牙にかける。この世のゴミどもの仕業だ。」
声を殺して隊長がため息をつく。
「隊長…こんなところで見ていて、本当に大丈夫何ですか?」
ミヤリもまたひそひそと声をかける。
「大丈夫だとも。なぜならここは、我々と『羽月』の店員しか開けぬ、秘密の間なのだから。」
「…店の押入れの、どこが秘密の間なんです」
そう。ミヤリと隊長が今居るのは、久保坂大和らが『ソフトテニスサークル・フォンデュ』の通称『お持ち帰りコンパ』が開催されているその部屋の、押入れの中だったのである。
忍者童貞の手配により店のオヤジさんの許可を得て、新歓コンパが始まる前から押入れに潜入していた二人は、ふすまの隙間からこの酒池肉林の宴を覗き見していた。
「加奈ちゃんおっぱいおっきいねー!なにカップ?」
「おいやめろよ大和、新人にそんなこと聞くんじゃねーよ!セクハラだろー?確かに気になるけどよー」
「あ、え、えっと、あの…」
「まーじゃんじゃん飲みなってほら!」
「は、はい…」
なんという恥知らずな輩共だろうか。
さすがにミヤリもだんだんと憤りを感じはじめていた。
「…隊長。気分が悪くなってきました。もう見てられません」
「今暫く待つのだ。まだ発破の刻には早い。」
宴は益々盛況になり、上級生女子は早くも潰れはじめている。
「ちょっと大和ー、新人ばっか相手してないでこっちにも注ぎなさいよ!このスケベがー」
上級生女子と思われる1人が、久保坂に絡んだ。
「今、久保坂に酌を要求している女が、久保坂のセフレの1人、朝霞果梨だ。」
「…富沢さんと同時平行で、あんなキレイな人も…」
「そうだ。朝霞は彼女持ちの男にも全く抵抗なく身体を許すことで知られるタチの悪い女だ。」
「男も男なら女も女ですね…」
ミヤリはやりきれない思いになった。自分は女子とまともに話したことすらないというのに。この男共は、きっと何人もの女子とちちくりあい、あんなことやこんなこともしているのだろう。1人くらい分けろ。
「むっ…久保坂が動くぞ!」
隊長がミヤリに注視を促す。ミヤリが久保坂に目をやると、さきほどまで絡んでいた、加奈と呼ばれていた女子をおぶって部屋を出ようとしている。
「加奈ちゃん酔っちゃったみたいだからさー、介抱してくるわ」
その口もとはニヤニヤと笑っている。
「『介抱』~?『開放』の間違いじゃねーの?性欲の!へへへ…」
にたにたと男共が嗤う。女性陣は見ぬふりをして宴会を続けている。
「うむ。予定通りだ。」
隊長がおもむろに太った胸元からトランシーバーのようなものを取り出し交信をはじめた。
「『写真童貞』、『探偵童貞』、並びに『仕置童貞』に通達する。予定地T-03に目標が犠牲者を連れて向かった。直ちに作戦を開始せよ!!」
「さあ、虫けら童貞。我々も現場に行くぞ」
「えっ、何処へですか?その前にまず、どうやってこの押し入れから抜け出すんです」
押し入れは宴会が行われている部屋の中側にしか扉がない。まず移動しようにも、部屋を通らなければ外へは出られないではないか。
「案ずるな。この押し入れは秘密の間だと言っただろう。」
隊長がニヒルに微笑み、押入れの奥の木製の柱をつかんでドアノブを捻るように優しく回すと、なんと押入れの壁がドアのように開き、廊下へと連なっているではないか。
呆気にとられて呆然とするミヤリをよそに、隊長は廊下へと出た。
「何をしている、虫けら童貞。さあ、作戦を見学に行くぞ」
と、隊長が促した。