第1発 出逢い~非理亜大学童貞連合~
「セッティングは完了した。いよいよ作戦を実行に移す。」
「了解。標的が座標へ到達すると同時に実行への秒読みを開始する。」
茂みのなか、無線機をもった男達が交信を交わす。戦だ。戦争だ。男には負けられぬ闘いというものがある。彼らはまさに、決して失敗は許されぬ闘いの真っ只中にいた。
「目標、座標に到達!司令官、決行の合図を!」
「同士諸君。我々の心の平穏を保つため、今、作戦を実行に移す。スリー、ツー、ワン…点火!!!」
作 戦 決 行 !!!
押されるスイッチ!破裂音!前方に広がる大地で、1つの爆弾が炸裂する!!!
「きゃーっゴキブリーーー‼ユウジなんとかしてーーー!!!」
「ちょ、ま、は、腹が、腹がぐうおわおあああひゃあああああああ!!」
ぶりぶりぶりーーーッ!!!
「ぎゃあああーーーーーーッ!!!」
「…同士諸君、作戦は大成功だ。大変な戦果を期待してよいだろう。では、これにて作戦名『強力下剤並びにゴキブリ兵器使用によるバカップル掃討作戦』を完了する!」
…遥かなる大地。広がる山脈。ここは戦乱の世界。
これは、ある共通の悲しき運命を背負った男達の、熱くも儚い、戦いの日々の物語である。
「非理亜大学、かあ…僕も今日からここで、大学生なんだなあ!」
ここは、田舎県駅弁市にある中堅国立大、非理亜大学のキャンパス。この大学の理学部生物科に入学してきた新入生、三槍アキラ(20)は、一浪の末たどり着いたこの大学に、夢のキャンパスライフを、薔薇色の青春を期待し、胸を膨らませていた。
「趣味に学問に友人関係に、そして今まで縁のなかった、れ、恋愛に…うおおお!楽しみすぎる!楽しみすぎるゾーッ!」
キャンパスは新入生歓迎の毛色で満たされ、サークルの勧誘の立て看板や、ビラを配る上級生、楽器を演奏する音楽サークルなどで賑わっていた。
「サークルかあ…どれも楽しそうだなあ!いくつも入って、ステキなサークルライフにしよう!さて、どれに入ろうかな…」
「そこの君!そこの、メガネで小太りの君!!」
目有は後ろからの突然の失礼な呼びかけに立ち止まった。
「え…俺ですか。なんか用ですか」
「そうだ!君だ!まさしく君だ!君のような男にこそ、用があるのだ!」
なんだか冴えない見た目の、少し暗そうな男がそこには立っていた。服装も、理系や工学系に多そうなダサい赤チェックのヨレヨレシャツに、いかにも安物の色落ちしたジーパン、極めつけは薄汚れて所々破けたデロデロのリュックサック。いかにもイケてない男だ。
「君、新入生だろう?名前は?」
「えっ…み、ミヤリです。三槍アキラ。」
「そうか、ミヤリくん。では率直かつ単刀直入に聞くが、君は童貞か?」
「えっ…は?あの…は?」
三槍は耳を疑った。初対面でかつ新入生である自分に、上級生が急に「童貞か?」などという質問をしてくるとは、予想外も予想外。
「ああ、答えたくないなら答えなくても良い。君の目を見れば、返事を聞かなくても分かる。」
「は、はあ…」
「案ずるな。かくいう私も童貞でね」
何なんだ、この男は。
ミヤリの嗅覚が、全力でこの男に関わってはいけないと告げていた。
「君のような男を私は…いや、私達は待っていた」
「は…?」
「ミヤリくん!君を、我が"駅弁大学童貞連合"に招待する!」
「は…はあ!?ど、ドーテーレンゴー?」
「そうだ!ミヤリくん、君には才能がある!私の目に狂いがなければ、君は10年、いや…20年に一人の逸材だ!さあ、来るが良い‼」
「お断りします」
ミヤリは、一言吐き捨てると一目散にその場から全力で逃走した。本能が告げていた。ヤバい。こいつに着いていったら、ヤバい。と。
「…逃げられたか。ーーこちら、コードネーム"スカウト童貞"、ターゲットの確保に失敗した。次の作戦を実行されたし。以上。」
「ミヤリくん。無駄な抵抗だよ…。君は、生まれつき、"こちら側"の人間だ。人は、運命からは逃れられないのだよ。ふふふ…」
ミヤリは、随分と逃げた。
気付けばさっきとは全く違う景色の場所に出てきてしまっていた。
全力疾走したせいで、息が上がってしまっている。
はぁ、はぁ。少し、あのベンチで休もう。ミヤリはベンチに腰掛け、サークルの勧誘の様子を見ていた。
「どうもー!新入生の皆さん、駅大テニス部"イケイケ"でーす」
「新入生の皆さん!大学を楽しむ旅行サークル"パピコ"でーす!」
「軽音サークル"アンド・モアー"でーす!新入生の皆さん、一緒にバンドを組みましょー!」
これだ。これぞ大学のサークル、これぞ勧誘!
可愛い女子大生が、際どいミニスカートやホットパンツ姿で黄色い声でもって入部を呼び掛け、わきあいあい、きゃっきゃうふふな雰囲気を醸し出す。イケている。
ミヤリは、これまでの人生、全くといって良いほどイケていなかった。小学生時代、彼はクソデブだった。小3にして他人の倍の体重を誇り、小4でメガネをかけ初め、小5で似ている芸人から、「ガリガリガリクソン」のあだ名を命名される。ドアの冊子につまずいて転んでは骨折、登校中に低学年の女子にいじめられ背中を押されて転んでは骨折。デブリー、肉、肥満眼鏡など、様々なあだ名や称号を授与される。
中学では初恋の相手に「キモい、くさい、汚い」と、無慈悲な3Kをぶちまけられ、その次の片想いの相手にはsnsで「デブでメガネでくさいって、人として斬新!」と呟かれた。
さらに高校では、通りすがりの女子に「朝ごはんなに食べた?」と聞かれ「えっ、ご飯と味噌汁だけど、、、」と答えると「あはは、キモーイ」と返されるという、理由・脈絡なき暴言に襲われた以外、女子とマトモに会話した記憶がない。
そんな彼が、一浪を経て、人生の夏休みと称される、大学生活に夢を見るのは、致仕方ないことだろう。彼だって友人がほしい。女子とキャッキャしたい。恋人がほしい。薔薇色の人生を送りたい!
そして今、彼の目の前には、生足魅惑の女子大生達やその取り巻きのイケてる学生達が、新入生向けにサークルの勧誘ガイダンスを行っているのだ!
彼の心は踊っていた。乱舞していた。華やかなキャンパスライフ。薔薇色の恋愛、充実した毎日、女子とのふれあいの日々。それらが目の前にある。すばらしい生活が、すぐにもはじまろうとしているのだ!と。
そしてミヤリは、意を決して、サークル勧誘の学生の群れの中に飛び込んだ!
「あ、新入生の方ですか?ニッコリ」
「は、はい!」
「私達は軽音サークル"アンド・モアー"でーす。大学の教室を借りたりして、バンドを組んでみんなで演奏してまーす!楽しいですよ。いかがですか?」
ホットパンツに黒髪ストレート、胸元パックリフェロモンムンムンなおねいさんがサークルの紹介をしてくれている…なんというワクワク、なんというドキがムネムネ!ミヤリは今にも心臓が飛び出しそうなほど興奮していた!
「に、に、に、入部しまっ、します!」
彼は、1秒かからずに入部を決意した。
そして、サークルのビラと簡易な入部届けを持ち、るんるん鼻唄を歌いながら、他のサークルの勧誘を回ろうと歩き出した。
「ミ~ヤ~リ~くぅ~ん」
背後から薄気味悪い怨念のような呼び掛けを聴き、浮かれ気分から一転、ミヤリは背筋を凍らせた。
「う、うわっ。あ、あんたはさっきの!」
背後には、先ほど「童貞連合」なるものに彼を勧誘した、いかにもイケてない汚ならしいブサ男が背筋を丸めて立っていた。
「ミヤリくん。我々からは逃れられないよ…君は、童貞のサラブレッドなのだから…一目見たときに確信したよ。『こいつはただの童貞じゃない』ってね…」
童貞のサラブレッドとは一体なんなのか全くもって理解に苦しむ。意味不明なことを口走ってはニヤつく男を前に、ミヤリは恐怖を感じていた。
「な、なんなんですか、さっきから。あんまり付きまとったら、学生支援機構に訴えますよ」
「ふふふ、やめておいた方がいい。そんなことをしたら君は、我が300人の童貞連合員達による粛清を受けることになる」
「さ、さんびゃくっ…!?と、とにかく、これ以上僕に付きまとわないでください…」
「君は、高校時代に大きな失恋をしているね」
なぜそれを!
ミヤリは驚き言葉を失った。眼前の男は続ける。
「それも部活の目立たない地味な女の子に、痛烈に嫌われて。名前は富沢さん…だったかな。終いには君の知り合いの男と付き合い、『彼氏が居るんで近寄らないでください』とまで言われて…君には同情するよ。
…君のことは調べさせてもらった。」
あんぐりと口を開けて佇むメアリに向け、男は言った。
調べた?さっきこいつから逃げた時から、今までの間に?高々、30分足らずの間に…!?一体、どうやって。ミヤリは恐怖のあまり失禁しそうになるのを押さえたが、身体の震えは押さえられなかった。
「我々童貞連合をあまり嘗めない方がいい。連合には素早いネットワーク、有能な諜報部、なにより広大な人脈がある。地元出身の新入生の過去を探るなど、wikiでググるよりも簡単なことなのだよ…」
恐怖。戦慄。目眩。身震いするような寒気がミヤリを襲った。
目の前に立っているメガネで小肥りのヨレヨレシャツの男が、絶望を運ぶ死神に見えた。
「ミヤリくん。童貞連合に入りたまえ。
言っておくが、これは提案ではない、命令だよ…逆らえばどうなるか
賢い君なら判るだろう?
我が連合は対象人物の社会的抹殺に関してのプロ集団だ。君の知られたくない過去の情報をばら蒔き、あるいは君の周囲からの印象を操作し、君の大学生活を漆黒の暗闇に葬り去ることも容易い。
そうなりたくなければ…もうわかるね?ミヤリくん…ふふっ」
全身から最悪な汗が噴き出す。身の毛もよだつとはまさにこの事であるだろう。ミヤリに、選択の余地はない。ここで入隊を断れば、夢にまで見た薔薇色のキャンパスライフは一瞬にして崩壊する。
否、入隊したところでまた、そこには薔薇色のキャンパスライフなどというものは待ってはいないであろう。このヨレヨレシャツの男と同じように、イケてない童貞たちの集団に加入し、四年間
を無下に過ごすことになるであろうことは、想像に易い。
しかし、ミヤリには1つしか道がなかった。目の前にいるこの男、そしてその背後にある巨大な集団を敵に回すことは即ち死を意味する。先刻の情報の素早さでも、彼等に強大な力があることは自明である。
ミヤリは、がくがくと震え汗まみれな手で、この男のかざす「非理亜大学童貞連合 入隊届」を受け取り、絶望にうちひしがれながら記入欄に名を記した。
これが彼と童貞連合との出合い、そして、これから巻き起こる彼の波乱に充ち満ちた大学生活の始まりであった。