死刑標本
極悪人はいる。何十人と殺した殺人鬼もその一角であろう。正義機関の暴力によって囚われた元殺人鬼。現在、終身刑。
「にへぇ~~」
極寒の地、ロシア。
1人の終身刑の身に対し、民衆は不満を覚える。なぜ生きているのかと訴える声が多い。
「私からすれば新薬などの実験台にしやすい終身刑が最悪の刑だと思いますけどね」
牢獄の中で何が行われているか。その真実は牢獄内にしかない。新聞、ニュース、ネットには記載されていない。常に流すべきものではない。
「ダーリヤさんもえげつないですね。終身刑と降された人々の多くが、数年前にもう亡くなっている。公には死刑にできませんが、牢獄内から外へ伝達するシステムもない。法の中にある無法でしょう」
ロシアに死刑制度はあれど、それが実行されるのはよほどの者でしか存在しない。たてまえの最高刑は終身刑となっている。
「伊賀。お前ならこーゆうだろう?仕事中による殉職は敬意に値すると………。それと私ではなく、キルメイバ博士の巨人化実験で朽ちた連中だ」
ダーリヤ・レジリフト=アッガイマン。
大国ロシアを纏め上げている、強大な人物。軍のトップであると同時に、ロシアの政治にも大きく関与する者。その存在だけでロシアよりもその脅威は大きいと、各国の中心人物や強者、軍人、テロリスト達は感じている。
武術においては世界最強と呼び声が高く。”魔天”と恐れられる超人。
「そーですね。実験台にする名目で死刑なんて今はまだできませんしね。社会貢献、国への貢献を考えた死刑制度を導入するべきですよね」
「口が過ぎるぞ」
ロシアの最強とも畏怖される男と、軽々と話し合える男。……のように思えるが、常に男の両隣にはボディガードがいる。
サシで話し合うことはできない。だが、ダーリヤならそんな護衛達など障害にもならないだろう。
伊賀吉峰。日本名だが、これは偽名である。
中国マフィアのトップであり、彼もまた中国を裏で操る巨悪。しかし、それほどの悪には思えないほどのサラリーマン風の男であった。
「極悪人がやったことは皆覚えていること。その後どうなったかは、皆は触れないものですからね~~」
死刑や終身刑を言い渡されるような人間など作りたくはない。それは今後の人類の問題でもあろう。
ダーリヤは少しだけ思う事があって、伊賀の協力を必要としていた。
「伊賀。試したい終身刑があるのだが、少しばかり協力してくれないか?」
「お金と土地が欲しいというわけですか?まぁ、ダーリヤさんに脅されてロシアまで呼ばれたわけです。良いでしょう。楽しそうです」
国民の民度をより高めるか、それとも政府に対する不満が爆発するか。
ダーリヤとしては人々の道徳のための、行いに過ぎない。
「人類は常に進歩していかなければならない」
彼がいた国が、ただロシアだったというだけかもしれない。愛国心は確かに高いが、それ以上に人類に対する希望を持っていた。
ダーリヤが計画していたとある囚人達の施設。悪夢。
ガチャアァッ
伊賀との交渉から半年後にはその施設が誕生した。終身刑やそれに値するほどの懲役をかせられた者達が入れられた檻。
それが少し変わっていたことだけだった。
「なんだこりゃ!?」
「透明なケースの中に俺達がいるぞ!」
5人一組でいられた檻。透明で外から360度、見る事ができる特殊な檻。ところどころに換気のための穴が設けられ、天井は空いていた。
眩しい日光に対して、強くて冷たい風が吹き込んでくるロシアの土地。囚人達が混乱しているところを他所にぞろぞろと檻の外では、マニアのような民衆が入って来た。
「マジだ。マジの囚人達の見世物だ」
「動物園じゃなくて、囚人園ってか」
囚人達の様子を民衆達によく知ってもらうための施設。とはいえ、その一部分は檻の中しか映さないし、させることがない場所。
企画をしたダーリヤが檻の上に立っており、民衆達に言葉をかける。
「遠路遥々、感謝いたす。今日から一部の囚人達の一生を皆様に閲覧できるようにした」
”囚人園”
その名の通りでしかない。囚人がいる動物園と考えるとホントにしっくり来る。違っていることは
「囚人達を生かすかどうかは民衆に任せる。渡された果物を檻の中に投げ込んで良いし、殺したければ笑って去ればいい。囚人は暴れても良いし、黙っていても良い。ただそれだけの施設に過ぎない」
この檻とこのシステムの凄さは後々明らかになっていく。
特に最初は囚人達によって多大な被害をもらった人々が堂々と罵声を放った。それに反応し、逆に怒鳴り返す者もいただろう。黙る者もいただろう。
ただそれは本当にくだらない初日のことである。囚人達はこの檻で過ごすしかないのだ。どんなに喚こうが、暴れようが、脱出できない環境だ。
一日中に渡り、民衆達は入れ替わって死刑囚達を罵った。それが永遠と続く。一個人の精神では耐える事のできない罵声。眠ることもできず、糞も檻の中に篭ったまま、共同生活という苦痛。
さらに囚人が誰も何も食べていないこと。来た者全員が死ねと、YES100%。
それでもさすが極悪人達か。異常な環境であっても、生きている精神は早々変わらない。
それから2日、3日と経った。
「っ…………」
痩せる。痛む。寒い。
劣悪な環境に追いやられれば、精神などあっさりと崩れ落ちる。囚人達の心に助かりたいという希望が現れる。
「腹減った」
このままでは死ぬ。死んでも良いんだと、思えるのなら皆が先ほどから言っているだろう。死ねってさ。
それでも何も変わらないことが決まっていても、ただ必死に耐えているということは生きたいということなのだろう。囚人の1人は頭を檻にぶつけ始めた。自分なりの死に方を選んだのだろう。
「死んでやる。死んでやる」
ただ死ぬことよりも、苦しむことに人間は耐えられない。痛みで死にそうでも、感じているから生きている。
舌を噛み切れるほど容易い命であっただろうか?首を絞めて窒息死ができるだろうか?ならやっておけと、さっきから民衆が言っている。
死ねない。そう簡単に命は死なない。
「……もういいんじゃないか?」
「なにがだ?」
しかし、囚人達よりも民衆もまた深い傷を感じた。いくら酷い罪を犯した者達とはいえ、こんな見せしめは可哀想ではないか?
「お、お前!何食べ物を投げ込んでるんだよ!生きちまうだろ!」
「俺は誰だって殺したくないんだ!」
眩い正義であるが、それはこの場においてとてつもない悪だった。初めて投げ込まれた食べ物。それに気付いた者、生きたいと思った者。
無論走った。精一杯走ったのだった。そして、激しく奪い合う。
「寄越せっ!」
「ふざけるなぁ!」
囚人達の激しい殴り合い、瀕死状態での喧嘩。飢えから救われたいための死闘。まともに等分するなどといったやり取りなど出るはずもない。
そのやりとりで1人の囚人は死んだ。生き残り、食べた者もいただろう。
そして、気付くだろう。まだ足りないし、助かっているわけでもないこと。自分を貶してみる民衆に顔を向けた。それは殺してやりたいという気持ち、同時に助けろという気持ちが入り混じった者。
「出たら絶対にぶっ殺してやる。お前等絶対殺してやるぅぅぅっ」
それは叶わない。決して叶うわけがない。
「やってみろよ!」
「檻から出てみろよーー!」
民衆は知った。奴等はこの環境の中、生きたいという執着があったことに。
一転して食べ物がどんどん投げ込まれていった。それを拾い、食べ、また拾って食べる。そーいった囚人もいた。一方で耐え忍ぶ囚人もいるのだが、空腹には勝てず手を出す者もいた。当然のことだった。それが生きるという性質。
厳しい状況から復活し始める囚人達。食べたことで少しは元気になっていく。だが、結果は決して変わらないのだ。むしろ、無残になっていく。
「へっ、へっ、へっ」
”囚人園”、2週間目。
まともな精神でいられないし、そこまで食べ物が投げ込まれるわけでもない。腐りきった檻の中。死体の数は3つとなった。
非人道的だという思考すらもうないだろう。人間だということを忘れ、ただ食べ物をもらうための生き物。一種の廃人へと化した囚人達。
「あふぅ、あふぅ」
犬のようなモノマネを披露し、客を喜ばせようとする愚かな存在。
その姿は死体よりもエグイものであり、死ねば良いという気持ちを軽くさせるほどであった。もう人間じゃない皮膚と表情。
助けてあげればという気持ちや、酷いことをしていると批難もあるだろう。しかし、そーいった刑を民衆全体は言っているだろうと、囚人達の背景で知る。語らずもだ。
「目には目を、歯には歯を。なんて言葉ですかね」
17日目。この”囚人園”を建設させた責任者である伊賀が訪れた。
その日、生きている囚人は1人だけであった。ただ笑い、ただ耐えて、食べ物を恵んで欲しいという顔を伊賀と両隣のボディガードに送る。
1人だけになった檻に民衆が来るわけもない。惨すぎてもう見てられなくなったからだ。
「仕方ないんですよ。そーいう、……そーいうことをあなた方はしてしまった。報いを知る頃には遅いものです」
伊賀は当然ながら食べ物を恵んであげるわけがなかった。その夜、最後の囚人はひっそり死んで”囚人園”は閉館したのであった。
そしてその間に多くのテロリスト達が捕まり、殺されたという。
「とうに死んだ者を助けにくる律儀な馬鹿共ですね」
死刑囚達の、本当の仲間達もこの”囚人園”内で散っていった。