バイト帰りの拾いもの
バイトの帰り道。田畑に囲まれたのどかな田舎道をてくてく歩いていると、男の子が倒れているのを発見してしまいました。驚いてそろそろと近づくと、年の頃はわたしとそう変わらないくらい。じんべいのような着物を着ています。
「ちょ、あの、大丈夫……?」
恐る恐る肩を揺らすと、固く閉じていた目が、うっすらと開きました。ほっとしたのも束の間、男の子はなぜかわたしを睨んできました。
「お前、この状況が大丈夫に見えるのか?」
「い、いえ……」
倒れているくせに、やけに威圧的な人です。小心者のわたしには一番苦手な人種です。それでも、倒れている人を放っておくわけにもいかず。とりあえず、わたしは肩を貸すことにしました。
***
ただいま、と誰もいない家に向かって言って、わたしは男の子をキッチンの椅子に座らせました。男の子は物珍しいのか、きょろきょろと周りを見ています。そんな変わったもの、ないんだけどな。
「腹が減った」
開口一番がそれでした。
「もしかして、お腹がすいて倒れてた……とか?」
尋ねると、案の定睨まれました。でも図星だったらしく、耳がちょっぴり赤くなっています。少しだけかわいい、と思ってしまいましたが、言ったら多分殺されそうです。
現代日本で行き倒れる人間がいるのか、と不思議に思いつつ、わたしは冷蔵庫を開けました。目に付いたものをとりあえず取り出して、わたしは男の子に少し待つように言いました。
昨日の残りの鮭をほぐしてご飯に混ぜ、刻んだ海苔を載せた鮭ご飯に、今朝作った大根とわかめの味噌汁、梅とひじきを入れた卵焼きに、近所のおばあちゃんにもらったきゅうりの漬物を添えて出します。
若い男の子だから、和食はあんまりかな、と思っていたら驚くぐらいがっついていました。これは、作ったものとしては冥利に尽きる、というものです。
「あなた……この辺りでは見ない顔だけど、どこから来たの?」
「金里山」
「山から?」
その山の名前には聞き覚えがありました。わたしの曽祖父の代までは我が家が持ち主だった山です。祖父の代で手放してしまい、それ以来誰にも管理されず放置されているはずですが……。
そう言うと、男の子は箸を止めて目を丸くしたようにわたしを見ました。
「お前、主のひ孫なのか」
「主?ってそれ、ひいおじいちゃんのこと?」
「ああ。俺の一族と昔交流があった人間だ」
「一族って……あなた、まさかあの山に住んでるの?」
わたし自身、行ったことはありませんが亡くなった祖父の話ではずいぶん山は荒れてしまった、とのことでした。とても、人が住めるような場所ではありません。
驚いて聞くと、当たり前だと言わんばかりに頷かれました。
「信じられない……」
「だろうな。人間は俺たちの存在を知らないし」
その言葉に、わたしはようやく何かがおかしい、と思い始めました。わたしはもしかしたら、とんでもない人間を拾ってしまったのかもしれません。頭が、どこかおかしいのかも……考え出すと、だんだん怖くなってきました。見知らぬ人間を無用心に家に入れてしまうんじゃなかった、と今更後悔します。
「まあ、警戒されるのも無理ないよな。……ごちそうさん」
顔に全て出ていたようです。何も言えずにいるわたしに、男の子は少しばつが悪そうな顔で箸を置いて立ち上がりました。
そのまま玄関へ向かう男の子の後ろ姿を見て――わたしは固まりました。
「……!」
わたしは思わず口を押さえました。ごしごしと自分の目をこすります。今のは、見間違いでしょうか。思い切って近づいていくと、男の子が怪訝そうに振り返りました。それも、男の子の動きと一緒にふさふさ揺れました。
「なに……うっ!」
気がつくと、わたしは無意識にそれをつかんでいました。――ふさふさの、黄金色の柔らかいしっぽを。
男の子の上げた声ではっと我に返ります。すぐさま、男の子はわたしの手首を掴んでしっぽから引き剥がしました。かなり睨まれてます。……視線だけで射殺せるんじゃないかしら。
「なにすんだよ」
「えっと、つい……。これ、本物、だよね?」
ごくっと息を飲んで尋ねると、あ、と男の子は間抜けな声を出しました。自分でも、気づいてなかったみたいです。そのとき、小さい頃、おじいちゃんに聞かされたことのある、この集落に伝わる言い伝えが脳裏をよぎりました。あれは……狐の話だったでしょうか。この辺りの山に住み着き、人に化け、人と交わる狐がいたとか。
もし、あれがただの言い伝えでなかったとしたら。目の前にいる人が、人でなかったら。
「あなた、……もしかして、狐?」
「まあ、そんなもん」
そんなもんってどういうことなんでしょう。人間は驚きすぎると、かえって冷静になるみたいです。聞きたいことがたくさんありすぎて、逆に何を聞けばいいのか分かりません。
「俺、もう帰るから」
「あ、待って、名前なんていうの」
思わず引き止めて聞くと、男の子は少しびっくりした顔をしながらも答えてくれました。
「風太。お前は?」
「まこ」
「飯、うまかった。……また、来ていいか?」
「う、うん」
思わず頷いてしまいました。自分でもびっくりです。風太、と名乗った男の子はそのまま玄関を出ていきました。つられて外に出ると、すでに日は傾いています。遠くの畑では、作業を切り上げて帰ろうとしている隣の家のおばあちゃんの姿が見えました。
風太の後ろ姿を見送りながら、わたしはぼんやりと、先ほどのできごとについて考えていました。……もしかしたら、いえ、もしかしなくても、わたしは、あの人に化けた狐の男の子を餌付けしてしまったみたいです。