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虎と狐  作者: ミズノ
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4.

 文化祭の準備は、全体としてうまくまとまった。夏休みが終わる前に小道具はぜんぶ完成していたし、役者班との打ち合わせで、小道具を出すタイミングや、照明の動きもしっかり決めてあった。文化祭までは、あと二週間ほど。気を抜くわけではないが、リハーサルは何度行ってもスムーズに進行していたし、あとは本番を迎えるだけだといった空気がクラス全体に漂っていた。そして、全体としてモチベーションが高い。これも、青山のなせる技なのだろう。青山は、仮想敵をあらかた制圧し切ってしまっているようだ。

 そのせいか、今日の青山は調子が良かった。

 いつぞや訪れたのと同じハンバーガーショップ、同じ座席、同じフライドポテトにハンバーガー、オレンジジュース。違っているのは、今回の僕は青山のパーティに対して劣勢を強いられているという点だ。

 三対三で相手のモンスターを全滅させたほうが勝ち。初手で、僕は手持ちの一体を失っていた。

「俺はお前と出会って変わった」

 と青山はいう。確かに、先頭の一匹を防御に特化させ、僕の最初の一撃に耐えるという戦略は、今までの青山にはなかったものだ。

「僕も変わったよ」

「ほう」

 僕は次に出す手持ちを選択した。

「クラスメートが、僕によく話しかけてくるようになった」

 青山は噴き出した。それと同時に、僕の二匹目の一撃を受けて、画面から青山の手持ちの一匹が消えた。

「これが金魚のフンというか、虎の威を狩るキツネというか、自分が悪いことをしてる気分になってたよ」

「そうか?」

 青山は二体目のモンスターを繰りだした。数ターンの競り合いの末、僕のモンスターは打倒された。次が、最後の一匹だ。

 僕のお気に入りの一匹は、青山の次峰をやすやすと撃破し、対戦は、取っては取られ、といったPK戦の様相を呈していた。残りは、僕も青山も残り一体だけ。最後の一匹は、僕も青山も、防御は二の次で攻撃に特化したモンスターだ。勝負は一撃で決まるだろう。

「そんなことはないだろう」

 青山は言った。

「お互いの利益にかなってる。二人合わせて一つだ」

 僕は最後に繰り出すわざを選択する。

「虎の威を狩るっていうじゃん」

 青山も最後のわざを選択した。

「虎と狐じゃない、トラギツネだ」

「トラギツネ……」

 僕がぽかんとしているうちに、画面上では青山の最後の一撃がさく裂していた。YOU LOSE。僕の負けだった。

「協力というか、融合してるじゃん。怖いよ」

「なんでもいいんだよ。ともかく俺は、一方的に何か施したとは思ってないからな」

 青山は自分の言ったことが馬鹿らしくなったのか。乱暴に ゲーム機を鞄にしまって、立ちあがった。僕も、連れだって店を出る。負けてしまったから、今日のお金を後で清算しなければならない。

 駅の構内を早足に歩いて行く。一日の終わり。もう、建物の外は夜の闇に覆われているだろう。

「それどころか、俺は羨ましかったんだろうな」

 青山が何かつぶやいたのが聞こえたが、僕にはそれがどういう意味なのかわからなかった。


 柳から電話がかかってきたのは、文化祭の前日の夜だった。

「文化祭、行く気ある?」

 唐突な電話も、柳だと思えば納得できた。

「なんでそんなことを聞くんだ」

「明日、古本市があるんだ。一緒に行かない」

 保健室で見たポスターを思い出した。文化祭の開催期間と、まるまる被っている市の古本市。

「文化祭、興味あるの」

「ないよ」

「じゃあ、利害が一致したね。私は古本市に行きたい、谷口くんは文化祭に行きたくない」

 行きたくないとまでは言ってない。

「拡大解釈だ」

「じゃあ、明日はクラスの劇も見に行くんだね」

 そうか、僕は明日文化祭へ行って、青山が仮想敵をせん滅するのをしかとこの目に焼き付けることになるだろう。そう考えると、どうだろうか。

「前言撤回だ。僕も古本市に行きたくなった」

「じゃ、明日駅の前で待ち合わせよう」

 そう言って、柳は電話を切った。


 制服に着替えて家を出た。文化祭だから、今日は出て行く時間が遅いんだと説明したら、母はすんなり納得してくれた。普段とは逆方向の電車に乗って目的の駅に着くと、改札を出たところで柳がすでに待っていた。

 通りには、歩道のスペースを確保しながら露天が並んでいた。店の形はさまざまだが、扱っているのは、とにかく、本、本、本だ。文化祭も古本市も、楽しさとしてはイーブンだなと僕は思った。

「探してる本とか、あるのか」

「ないよ、気に行った本を、片っ端からリュックに放り込むだけ」

 なるほど、柳は登山にでも出かける様な、丈夫そうな黒のリュックを背負っている。淡い色合いのTシャツとデニムには全く似つかわしくない小道具だ。

「文化祭、行く気だったの?」

 こいつは、僕が文化祭に行かないつもりだと思っていたのか。

「まあな」

「なんで気が変わったの」

 深くは考えていなかったが、たぶん、

「俺も、苦手なのかもな、青山」

「そっか、谷口くんもそうなんだ」

 柳は面白そうに笑った。その笑みがどういう意味なのか、僕にはよくわからなかったが。

「実は私、青山くんと幼馴染なんだよね」

 柳は特に表情を変えることもなくそう言った。

「幼稚園のときから今までずっと一緒。だから、ある程度お互いのことは知ってる。何が好きで、何が得意で、どういうふうにここまで来たのか。だけど、私は全然青山くんを好きになれないの」

 青山は、だから柳が本を好きなことや、話作りの経験があることを知っていたのか。

「なんでだ」

「青山くんは、ちょっと負けず嫌いが過ぎてて、その感じが、私は苦手なんだと思う。言っていいのかわからなくて、本人には話してないけど」

「”仮想敵”って奴か」

「そうそう、まさにそんな感じ。何か、姿の見えない敵と必死に戦ってる。谷口くん、これからも青山くんと仲良くするなら、ちょっと面倒くさいかもしれない」

 その通りだと思った。先月のハンバーガーショップ、輝きが失せたようにみえた、あの後ろ姿。

「うまくいってる思う? 文化祭」

「たぶん大成功に終わるだろう。でも長い目で見たら、思いっきり失敗した方が、本人にとってはいいのかもしれないな」

 柳はちょっと笑った。

「そうだね」

 通りを行く人々は、昼に向けて少しずつ数が増えていく。ポケットの中で携帯電話がずっと鳴っていたけれど、僕は無視しで歩き続けることにした。

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