こたつとミカンと駅伝と
「やァ、あっぱれだね。俺の母校が往路で初優勝だ」
と、男の様子は上機嫌であった。
これに対して「……ふうん」
と、女の様子は無頓着であった。「何か痛ましいのね。最後はボロボロにヘタっちゃうのとか」
こんな塩梅で、むしろ愉快ならぬという風でさえあった。
新年も二日目となってみるに、暮れの繁忙や元旦の晴れがましさは、そこはかとなく既往の感がするものであろう。
そうした意味で考えてみたい。
一月二日の本日は、昨日と比べるといくばくも平日に類うている。きっと明日なんどは、尚更そんな趣である。およそ三ガ日には、序のきた次に破がくるような、後へ期すべき面白味というのが見込めない。
しかるにウチの夫はいやに能天気だ。――などと女は考えている。
この若き妻君の年末は30日まで仕事に追われていたから、明くる大晦日は掃除にも追われた。
それまでとて、夜もすがら年賀状の仕度をしつつの日々だったのである。慣れぬプリンタと格闘しながらも、旧友、親戚一同、職場の上司などめいめいに想いを馳せた。然るべきところには漏れなく送るつもりでいたので、その枚数もおのずと膨れ上がった。
もちろん、そんな作業自体は彼女にとって億劫きわまりなかったに違いない。
しかし手間暇を惜しむ妻君ではない。
つとに連れ添った男と出すそれに己の旧姓をカッコ書きするというのが、どうしようもなく欣快だったのだ。
斯くて女はへとへとになった。
ガキの使いや何とやらでさえ、何だか上手に笑えぬほどに。気分はけたけた笑っているのに、身体がこれに付いて来ない。カウントダウン番組を見出すころには、自覚も伴いなお嫌になっていたのであった。
「5区の坂を走りぬいたやつぁ皆あっぱれさ。これ見にゃ正月って気がせんよな」
「別に……普通。実際あったでしょう、もっと楽しい番組」
「何? ンなことを云うんじゃないぜ」
「あたしの母校は出てないもん」
やや僻みっぽく女は言う。
脚も縺れんばかりにくたびれ、ゴールに転がり込む走者たち。これらがどうも、妻君をして大いに滅入らしめるのだ。
今の自分の格好が、重ね合わさり見えてしまう。もしもこんな時分でなければ、もう少し楽しくものごと考えられたかもわからない。
――――彼女の思うところは堂々巡りであった。「あんたに付き合って駅伝観てたら、もう2時。やれやれ勘弁して頂戴」
すると彼女は化粧の手を止めて、テレビをぴしゃりと消してしまった。
「むくれてんのかい、お前」
「むくれちゃいないよ。ちょいと気が急いてんの」
「いずれにせよ新年早々、そんなに眉をつりあげちゃならん」
男はこたつで膝を組み直すと、どこか説教臭い物言いをはじめる。「ま、初詣行こうってのはわかるがな」
昨日は結構な降雪があったのである。二人が郵便受けを見るほか家に引っ込んでいたのは、これゆえであった。
このままでは正月もいたずらに過ぎ去ってしまう。せめてすべからくは、正月らしいことを。テレビなどいつでも見られる。
そんな了見が、女の気をして焦らしめている。
「あんたに合わしてたら休みも三日じゃ足りゃしない」
「解っとるよ、もう出掛けるってんだろ」
この若き夫はミカンを半個、大きな口に放り込んだ。「着替えるから待ってな」
ところがこれを言ったそばから、次のミカンに手を伸ばす。
女は呆れざるを得ず。
「もう知らない。…………ハイ、じゃあ破魔矢いただいてくるから。あんたはこたつで寝てれば?」
仕度するならば早くしろ、という含みで言ったつもりであった。この男も、急ぐことというのを多少は覚えて欲しいもの、との念である。
「そりゃ困るってもんじゃないか。こういうのは、一緒でないといけない」
「なぁぜ?」
「その方が幸せだろう。これぞ我が嫁、と土地神に見せびらかして何が悪い」
うまいこと食い下がったつもりなのか。「もうちょいすわっとれ」
しかし、その効が覿面なのだから世話はない。
「ばっ……」
化粧に比べて少しだけ、その頬を鮮やかにする。常に比べて少しだけ、初々しく頬をふくらます。
妻君はすごすごとこたつへ。
ミカンを一つしぶしぶと剥き、なにも言わず口へ。
その味は今年一番甘かったそうな。年が明けての初ミカン。なので当たり前である。
そうして曰く
「…………お茶飲んでから行こ」と。
年一番の安らぎが、妻君の顔ににじんでいた。男はなぜだか、大いに抱腹した。