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ファンタジー

現実逃避

作者: 青い時計

 いつも通りのつまらないルーチンワークが終了するまで、あと少しという時間だった。


 「全員座って手を頭の上で組め!!」


 大声と荒れた靴音を響かせながらオフィスに入ってきた3人の男は、デスクに馴染まない迷彩服と手に短銃らしき黒い物を持っている。

 映画のような展開に反応が追い付かず、ボーっと突っ立つスーツ姿の集団に業を煮やしたのか、手近にある等身大の観葉植物に短銃らしき何かが向く。


 おもちゃのような音に観葉植物の鉢が出す甲高い破砕音が被る。


 本物だ。

 気付いた女子が悲鳴をあげ、何人かが慌てて携帯や卓上電話に手を伸ばす。


 「動くなっつってんだうがっ!」


 入り口で動けなくなっていた新入社員の男の子が後ろから羽交い絞めにされて頭に短銃を突きつけられている。先端にはインテグラルタイプのサプレッサー。


 少し前から電話やネットが不通なのは事前に下準備がされていたらからだろうか?

 他のフロアの誰もこの騒ぎに気づかないのだろうか?


 おかしいなと思いながら周囲を観察していた為か、短気っぽい迷彩服と露骨に目線が合ってしまった。


 「お前! ぼさっとしてんな! 言われた通りにしろ!」


 少し訛りのある怒号が飛ぶ。あっちのほうにこんなことする人たちっていたっけと首をかしげていると、怒りか興奮か、口角から泡を飛ばす勢いで何かを怒鳴りながらこちらに向かってきた。


 あと2歩。


 「ババア! 聞いてんのか!!」


 傾げた首を戻しながら一歩も動かず相手に倒れこむ。そのまま銃身を持っている指の関節をそっと突く。痛くないので引き金を引けないことにしばらく気づかないだろう。

 距離が足りなかったので仕方なく足を踏み込んで顎に一発入れておく。

 仰け反るのを放置しようかと逡巡したが、折角なのでボディアーマーの側面から骨に入れておく。

 これで痛くて気絶できないし、銃も使えない。

 決してババアと言われたのでカチンときたわけではない。


 さて、丁寧にやり過ぎたせいで残りの2人から明確に敵認定されてしまった。

 近い方の迷彩服が短銃の先端をこちらに向けている。

 悔いても仕方がないのでそのまま歩いて接敵。

 「動くな!」

 迷彩服が喚きながら短銃をこちらに向ける。


 ちょ、あらかさまに角度が違う!

 まじか、まじか、どこ向けてんだよ。お前ハンドガンの訓練してないのか?


 間に合えと念じながら右にズレる。


 奇跡的に斜め後ろの課長は無事だった。

 代わりに液体が服を濡らす。どうやら右肺の位置にヒットしたようだ。

 キャーとか嫌ぁぁぁとか声が煩い。

 少し呼吸が苦しいし、無性にイライラする。


 迷彩服が装備だけのド素人なのがイラつくし、人質に取られている新入社員にもムカつく。

 なぜ私だけがこんなことをしているのか。


 怒りと共に私の体から青い炎が吹き上がる。


 なんてね。

 全身を覆う変装機能込みのパワードスーツが燃えているだけである。

 メカニックさんに自爆時のボタン5ヶ所同時押しが意外と難易度高いと報告必要だな…。


 私その物を源とした青い業火を眼前にした迷彩服の動きが固まる。

 それはそうだろう。突然人間が燃え出したのだ。

 これ幸いと瞳孔が極限まで大きくなっている迷彩服の鼻元をいつもより一回り華奢な手で覆う。

 そのまま相手は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 「ommk21451243112154」


 体が軽くなるのを感じながら味方にだけ判る暗号を口にする。


 「1414392215kkmst」


 一拍おいて人質の新入社員から返答があった。

 残りの一人は任せて、ため息をつきながら短銃と刃物類を回収する。

 床に手を伸ばした私の身体は一回り小さくなっていた。

 顔や体のパーツやサイズも随分変わっているはずだ。

 痛くしてごめんねと思いながら苦痛と恐怖をあらわにした迷彩服の鼻下に掌を被せる。

 短気だった迷彩服の意識が遠のくのを確認しつつ、久しぶりの感覚に慣れるため身体を軽く動かしていると渋い顔をした部長が視界に入った。

 お怒りのようである。


 「部長、わたくしどもは撤収致します。今までお世話になりました」


 新入社員を除いて唯一固まっていない部長に告げるとそのまま廊下に出た。


 これで暫くは業務ができなくなるだろう。この仕事ともオサラバだ。





 ………とかいう妄想を一度はしませんかね?



 軽いストレッチをしながら廊下を歩いていると、後ろからリズミカルな音がして、新入社員が追いついてきた。


 「もー、まじホントやってらんないっすよ。理不尽多すぎ、残業多すぎ」


 どんなことでも文句を言わず真面目にこなしていた新入社員の姿はそこにはない。

 居るのは仕事への愚痴をだらだら言い続ける生意気な若者だ。

 彼の体からパワードスーツが融解する特有の臭いが僅かに届く。


 「とりま隙だらけにしといたんで。電話とネットワークは無線みたいっす。上と下に1匹ずつ見張りかな。さっきの含めて実働は5匹だけっすね」


 全てを御破算にする妄想を誰しも一度はするだろう。

 しかし、通常はそこで止めるものだ。しょせんは、(みだ)りで自分勝手な想像なのだから。

 スマートグラスをかちゃかちゃ弄りながら報告らしき物を行う若者の脳天に怒りを込めて手刀を落とす。


 「仮務から逃れたいが為にワザと敵を進入させるとは何事ですか?」


 大げさに膝を突く後輩がマジで憎らしい。

 私がクライアントの”大げさにしたくない”という意向に沿って、何年潜入していたと思っているのか。

 小学生が中学生になれる期間中、常にこのような事態にならぬように、事前に芽が生えた時点で潰しまくっていた私の地道な努力が、どうしても外せない別案件で抜けていた半年だけの間に無に帰してしまった。

 首を蹴り飛ばされなかっただけマシだと思う。手刀だけだったのを感謝して欲しい。


 「俺こんな仕事6年もやれないっすよ。28時に帰って朝の8時から仕事とかまじ死ぬっす」

 「馬鹿者。本業で二日寝ずの番ができるのに何を言っているのですか?」

 「いやいやいや。これがほぼ一年中ならまだいいんすけど、この会社半年周期で暇な時はクソ暇で定時っしょ? 忙しいと28時ざらだし、拷問ですよ。半年周期の緩急で自然と拷問手法になってますって」


 大げさな身振りで喚く後輩に手刀を追加する。


 「私にできたのです。後任の貴方にもできたハズです」

 「半年で無理っした。まじ仮初めの現実から逃避っす。さらりーまん尊敬!」


 まだ裏が繋がってなかったのに、まじでクビり殺してやろうかと考えながら索敵しつつ無力化していく。


 はぁとため息がこぼれた。


 後輩がやらかした現実逃避のツケは、回収に大層骨が折れそうだ。

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