その4
老人の(結局老人は名前を告げなかった)説明によれば、高砂虫丸は大学卒業と同時に実家を追い出され、高砂家の関連会社に入社したらしい。その後、持ち前の要領の良さと勤勉さで3年目にしては異例とも言える出世を遂げた。電話の主からの評なので話半分、実際は家の力というか旧家ならでは人脈があったと高虎は想像したが、口にはしなかった。しかし、端から見れば順調な出世街道を進んでいた虫丸だが、ここ何日も仕事に出ておらず、しかもそれが初日を除きすべて無断欠勤だったという。無断欠勤が1週間を過ぎたころになるとさすがに会社側も訝しみ、警察と紹介元である高砂家に連絡を入れた。1週間経たないと連絡がないって事は常習的に休んでいたんじゃないか、と今度こそ高虎は問うたが、「虫丸様はなにぶん自由な方でしたので」と言葉を濁した。とにかく、虫丸の死体が大都市圏の路地裏で見つかったのは連絡があってから5日後のことだった。死体の損傷は極めて激しく、具沢山のカレーように凸凹になった顔面はどす黒い色をした血がぶち撒けられ、下半分に足が二本着いていなければそれが頭だと気付かないほどだった。また、両の腕は肉をバンカーショートのあとの砂場のように削り取られていて骨には堅いもので引っ掻かれた後がいくつもあったという。死体の状態は検死官に嫌な顔をさせたが、事前に渡されていた虫丸の写真やDNA情報などが有効に利用され、本人の特定はそれほど時間が掛からなかったそうだ。警察の”非”公式の発表によれば、何らかの強い恨みを持つものの犯行であるようだ。また、犯人は付け加えるなら人器持ちではないかと。これもまた非公式だが。
協会府が組織として巨大になって久しい、現代において従来の警察の機能は全盛期と比べて最低限まで縮小されている。警察の仕事は捜査をすること、逮捕する権限は協会府に委任されているに過ぎない。その捜査にしたって、協会府に協力という形の下働きをさせられている状態である。結果、警察は旧体制を依然として強く残す、六大家族に繋がりを求めた。協会府としても仇敵たる六大家族に懐くような警察を切り捨てようとしたが、警察組織に大衆が未だに信頼感を持っていること、六大家族とのバランスを崩したくない穏健派への配慮、そして六大家族の情報が手に入る機会でもあると考えたのか、警察の背信行為を黙認している。
六大家族の親族という意味では、高虎も協会府にとっては敵の一部なのだが、実際に標的になっているのは、相生家を含む筆頭六家族だけである。理由は知らないが、稀代の化け物集団を相手取るのに、雑魚を相手している暇も、足下をすくわれる心配もないのだろうというのが、六大家族第三分家、第四分家の共通認識である。また、協会府が六大家族を十把一絡げにしていることも高虎にとってはありがたいことだった。実際、一家滅亡の危機があるとすれば、決して仲のよくない家族同士の衝突でないかと疑っている。