宿舎の日常
問題だった未羽の寝床は「今夜だけだからな」とマナさんが引き受けてくれた。なんだかんだで、面倒見、いいんだよなぁ。
そして、未羽が入っていた古代機械の再回収は明日決行になって、様々な謎や問題を抱えつつも、晴れて僕らは解散となった。
今日は、色々な事があった。一日がこんなに長く感じたのは初めてかも知れない。
宿舎の自室に戻った僕は、自分なりに、今日の出来事を整理しようといていた。
古代機械の事。未羽、そして、小さい頃見た棺の少女の絵画のことをーー
まず古代機械だ。
古代機械はエネルギー源になると、鷹野さんは言っていた。
僕は前から、サルベージ用潜水艇『華鳥』について、疑問があった。
一体あれは、なにをエネルギーにしているのか。
親方は以前、「華鳥には電池モーターが内蔵されていて、時々充電している」と言っていたけど……
充電なんて、いつ、どこでしているというんだ。
華鳥には、古代機械の一部が装甲などに利用されていると、親方から聞いている。今日の鷹野さんの話が本当で、古代機械がエネルギー源になるとするのなら…華鳥を動かしているものも、古代機械なんじゃないか。
ただ、鷹野さんの話は確信部分に触れないまま、中断されてしまった。あの機械のどこにそんながテクノロジーが詰まっているのか、僕にはよくわからない。
それに未羽は、何故、古代機械の中にいたんだ。あの子は一体、何者なんだ。
ベットの上で微睡みながらだと、これ以上、難しいことは考えられそうにはない。
「コーヒーでも煎れに行くかな」
僕は宿舎共用のリビングに向かった。
リビングには先客がいた。
「おう、陸じゃねーか。相変わらずシケた面してんなー」
恰幅の良い身体と真っ黒に日焼けした肌の男が話しかけてくる。轟木さんだ。
「こんばんわ轟木さん。ちょっと、色々ありまして……」
轟木さんは花虫の駆除を仕事にしている。海沿いの街には、それ以外の仕事はほとんどない。僕みたいなサルベージ屋は例外だ。
「色々、ねぇ。そうやってお前は、いつもグズグズ悩んでばかりだな。ちょっとは俺を見習え。あと、お前はもう少し日焼けした方がいいな」
肩を、思い切り掴まれる。凄い握力で、肩が押しつぶされるようだ。
「いてて…僕、あんまり焼けないので」
屈強な腕をどうにか振り払うと、僕はコーヒーを煎れる準備を始めた。
「あの、轟木さん……話半分に聞いてほしいんですが」
僕は沸かしたお湯をフラスコに入れながら、轟木さんに目も合わせずに話しかけた。
「今日、古代機械から女の子が出てきたんですよ」
冗談と受け取られてもいいから、誰かに聞いてほしい気分だった。
………
……
…
轟木さんが口があんぐりと空けて、僕を見た。
「おいおい?大丈夫かよ。ついに頭がやられちまったのか?」
「いえ、だから話半分で……」
「お前らの集めてるガラクタから、女の子……っそうか!」
サイフォンの準備をし終えた僕に、轟木さんが近づいてくる。そして、背中を思い切り叩かれた。
「ついにお前も女に興味を持ち初めたか!」
ガハハ、と笑う轟木さん。リビングにはコーヒーの薫りが漂う。
「いや違くて……」
「いやだがな陸よ。世界は広い」
さらに強い平手打ちが僕の背中を強打する。
「世の中にはな、いろんな女がいるもんだ。そんな妄想なんてしてないで、現実のねーちゃんに会うべきだな」
平手打ちは終わらない、背中がヒリヒリと痛くなってきた。
「いたた、だから……」
「わーった。わーったから。今度良いとこ連れてってやる。楽しみにしてな」
野太い声で笑いながら、轟木さんは去っていった。なんというか、あの人は脳味噌まで筋肉で出来ているんじゃないかと、僕は思う。
なんだか、今日はひどく疲れてしまった。コーヒーを飲み終えても眠気が覚めることのなかった僕は、部屋に戻ってベットに潜り込んだ。そして、棺の少女の絵画と出会ったときの事を、ぼんやりと思い浮かべながら、眠りについた。