床下の独白
未羽の指示に従った僕らは、サルベージ用潜水艇「華鳥」を使い古代機械を再度海に返した。これは僕が提案した。
流石に海にそのまま放り投げるのはどうなのだろう、という配慮ももちろんある。だけどそれ以上に僕は、アルミ並に軽い古代機械が潮に流されるのを危惧した。
あの古代機械には、未羽の出生、それと僕が子供の頃見た絵画の謎が隠されているかもしれない。僕はそれを失いたくない。
水底には、花虫が絡みついた大きな石があるから、それを開いてしまった古代機械の中に放り込むことで重石にした。
後は取引先である研究所に対して、どう誤魔化すかだ。
ただ、知識はそれなりにあるが、頭の回らない親方、腕っ節が強いだけのマナさん、真面目な事だけが取り柄の僕、この三人では未羽の「盗まれました」案よりも良さそうなものは思い浮かばなかった。
………
……
…
約束の時間まであと数分、僕とマナさんは、取引先の機密保持の為、立ち会うことは許されていない規則だ。なので古代機械を海に返し次第、僕らは港から離れる予定だったのだけど…。
「ぐ……狭い……!なんでこんなことに……」
僕らは何故か少女と共に、緊急用の乾燥食料などを保管している床下倉庫に隠れていた。
「しょうがねーだろーが、隠れる場所なんてここくらいしかなかったんだ。あとの部屋は鍵さえかからねーんだから」
しかも、僕とマナさんと未羽の三人で。
「ふふふ、ついにあの悪の組織の身の上が明らかになるのですね……」
この好奇心と食欲だけは旺盛の少女は、僕らが港から離れることをゆるさなかったのだ。
しかも倉庫といっても、大人2人がどうにか入る程度の大きさだ。全員痩せているとはいえ3人も隠れるのは流石に無理がある。
「暑い……」
僕はとにかく汗が止まらなかった。これが篭った熱気によるものか、『見つかったらどうしよう』という恐怖によるものか、二人の女の子と密着しているのからなのは、錯乱している頭では判断できなかった。
「んふふ……」
こんな中でも少女はこの状況を楽しんでいるようで、超然としていた。
「こういうの、何かの話で読んだような記憶があります。私達が押しあっていると、扉が開いて、敵に見つかってしまうんです」
「って、見つかってどうするんだよ。だいいち、取引先は悪の組織じゃないからな?それにしても……」
未羽は僕の目線に気付くと、傾いていた身体を僕と向き合うようにずらして、正面から目を合わせてきた。彼女からは、出会ったときと同じ、薬品が混ざったような、なんともいえない匂いが、まだしていた。
「なんです?」さらに未羽が僕に近づいてそう言った。
「……いや、きみ、不安にならないのかな、と思って」
近い。少女の瞳にたじろぎながら、誤魔化すように聞いてみた。
「不安……ですか?」
「だって、きみは、海から引き上げられたよくわからない機械の中に入っていて、ここがどこだかもよくわかっていないんだ。普通は焦ったりするのが当たり前だと思うんだけど」
「確かに、不安はあります。でも、嬉しさの方が勝っているのですよ」
「……どうやら私はこの世界についての知識や、私自身の…例えばどこで生まれたのかとか、親はどんな人なのかとか……そういった記憶は完全に失っているようです」
「そっか。それは……」僕は言葉に詰まる。
「でも何故か、さっきみたいに、私が読んだ話の記憶は鮮明に思い出せるんです。私が眠っている間、頭の中では、沢山の文字で溢れていました」
記憶喪失なのに、物語は覚えている。そんなことがあるものなのだろうか。未羽は話を続けた。
「それが、実際にどのようなものなのか、想像は出来ても、大地の匂いだったり、風の音だったり、そういったものを『経験』したことが無いのは、なんとなくわかっていました。だから、わたし、今凄い嬉しいんです」
「嬉しい?」
「はい。ただ……っふぐっ!」「はい。そこまで」
沈黙を保っていたマナさんが、少女の口を押さえつけた。
「木炭自動車の匂いがする。多分取引先だ」




