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瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
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日常を取り戻すために僕が出来ること

 さらわれてしまった未羽を、取り戻そうーー


 雀田が運転する車の中で、僕はそう決心した。


「詳細は、研究所についてから落ち着いて話そう」


 雀田すずめだはそう言った。


 正直助かった。


 教会の中での、鷹野さんの話に頭をかき回されたままだからだ。


 人々の意識がつながっている? しかも古代機械と花虫を通じて? 

 

 そんなこと言われても全然実感は沸かない。 


 世界で人間が生き残っている唯一の島?

 

 仮にそうだとして、確かめるすべは僕にはない。

 

 でもーー


 一番気にかかっていたのは、やっぱり父さんの事だった。


 父さんが思い描いていた世界ーー


 古代機械を通じて奔流してきた膨大な情報の中で、父さんが幻視した世界の断片。それがもしあるのだとすればーー

 

 父さんの骨ばった手で描かれた世界が、もし本当にあるのだとしたら。


 子供のころに絵を見せながら語ってくれた光景は、空想なんかじゃなかった、ということになるんじゃないだろうか。

 

 夢じゃないんだ。


 父さんの祈りが、僕と未羽を引き合わせた気がした。


 だから、頭の整理はおいつかないままでも、進もうと思う。


 過去にばかり捕らわれて、抜け殻みたいになった日々には、もう戻らないーー

 

 未羽と過ごした、短かくも慌ただしい毎日が、急に色づき始めたかのように思い起こされた。


 もう、あの子は『棺の少女』なんかじゃないーー


 あの子は、普通の女の子だったーーそして、もう僕の日常に、あの子がいないなんて考えられなかった。


 ーー日常を取り戻そう。


 あの子を、助け出すんだーー


         *


 

「その扉の向こうが待合室だよ。とりあえず鷹野さんに事情を説明するから、そこで待っていて貰っていいかな?」


 研究所は近所だったようで、車で十分程度で到着した。 

 表札に『MZK第三研究所』と書かれた古びた灰色の建物の中を、入っていく。


「大丈夫。それほど時間はかからないさ。いろいろ整理したい事もあるかもしれないしね」


「わかりました」

  

 古びたドアを開けると、コーヒーの匂いと、意外な人たちが僕を迎えてくれた。


「よう。陸」

「元気そうじゃないか。安心したよ」


 マナさんと親方だった。


「なっなんで……マナさんと親方が……」


 マナさんが、いつもの調子でニカっと笑う。ソファにどっかりと腰を降ろして、まるでここが自分の部屋みたいな感じだ。


「なんかさぁー。給料が弾むっていうから来てやったんだよ。いやぁー今から今夜の晩酌が楽しみで楽しみでな! 陸、もちろんお前も強制参加だからな?」


「んふぅー……程々にしておけよ」

 

 親方が鼻息を荒くする。


 まるで『CS』に戻ってきたみたいな、いつも通りのやりとりーー


「親方……どうして……」


「まあ、座りなさい」


 そう言うと、親方がコーヒーを煎れてくれた。


 何日も木炭バイクで運転ばかりしていたから、こうやって腰を落ち着けてコーヒーを飲むのも久しぶりな気がする。


 なんで二人がここにいたのか、不思議で仕方がないが、挽いた豆の匂いで高ぶり続けていた気持ちも少し休らいだ。


「少しは落ち着いたか?」


「……はい」


「お前がこの都市に向かっていたと、鷹野さんから連絡があってな。先回りして迎えにきたんだよ。オンボロバイクじゃ燃費も悪いだろうしな」 


「もちろん、もう一人、連れて帰るからな! ったくあのクソガキ! 散々こっちを回りを振り回したと思ったら、今度はホイホイ捕まりやがって!」


 マナさんがわざとらしく声を荒げてそう言った。


 どうやら二人は、いままでの事情をある程度は聞いているようだ。


 僕は、二人がいつもと変わらぬ様子で、全く場違いな場所にいることが、なんだかおかしくてーー  


「……っぷ」


「っておい! なんでこっち見て笑って……って、え?」


「おお……」


 二人が何故か、とてつもなく珍しいものに遭遇したかのような表情で僕を見ている。


「えっと……どうしました?」


「陸が笑うと、そんな顔になるんだなーー」


 親方がフムフムとうなずく。 


「まっ、いいんじゃねーの。今までが無表情すぎたんだ。年相応にもっと笑っても、さ」


 前に笑った思い出がいつだったか思い返してみる。


 僕の部屋に未羽がやってきた時ーー


 僕が父さんの事を話していたら、未羽が『よしよし』と小さな掌で頭を撫でてきた事を思い出した。その後大泣きしたことも。


 あの時は未羽の意外な反応に、つい笑ってしまったんだった。


 でも、それ以外で笑った記憶が全く思い出せない。それこそ、父さんが死んでしまった、あの時から。


 もしかしたら、マナさんと親方に相当無愛想なやつだと思われていたのかもしれない。


 そんな事を考えていると、マナさんがニヤついた表情で近づいてきてーー


「後はあれか、そろそろドーテーを卒業しなきゃ立派な大人にはなれんな!」


 そう言うと、僕の首にチョークスリーパーをかましてくる。


「痛っ……やめてください……」


 痛いのに変な安心感があって、口許が緩んでいるのが自分でもわかる。


 不意にマナさんの力が弱くなってーー


「……もっと周りを頼れ、バーカ……」


 と、いつもの乱暴さとは違う、柔らかな声を僕の耳元で囁いた。

 吐息の暖かさが身体を伝って少し恥ずかしくなる。

 

 マナさんの顔は見えないけれど、優しい表情をしているような気がして、なんだか嬉しくもなった。


 こんなにも僕は、周りの人たちに支えられて生きていたんだなって、そんな事を思った。

  

 そんな感慨もつかの間、ノックの音がして扉が開かれた。


「さ、久々の再会は済んだかな」


 鷹野さんだった。初めて出会った時のような穏やかな表情はそこにはない。


「場所を変えよう。三人とも、ついてきてくれ」


        *


 僕らが次に通された部屋は、研究室だった。


 鷹野さんに手招きされ中に入る。白衣の男女が数名作業しているが、どこか殺伐としている。


 中央に置かれた大きな無垢材の作業台が目に入る。

 そこには地図のようなものが敷き詰められている。どこの地図だかはわからない。


「説明に入る前に、君たち三人に謝らなければいけない事がある」


 鷹野さんは僕を見ると、表情を歪ませてーー


「すまないーー僕の責任だ」


 そういって深く謝罪した。


「僕がキヅキくんを野放しにしたばっかりに、こんな事態になってしまった」


 キヅキの事を思いだそうとした。港で会ったときにはほとんどしゃべらなかった、少し不健康そうな男ーー


 僕は鷹野さんに聞いた。


「キヅキ……とは、鷹野さんの部下だった男ですよね……それがなんで、そんなことにーー」


「ああ、彼は僕らの研究所の優秀なスタッフだった。本当に……優秀な……」


 そう言うと、鷹野さんは作業台に手をついて、顔を伏せた。


 この人が感情を露わにするのを見たのは初めてだった。


「次のプロジェクトで僕は引退して、すべてをキヅキくんにまかせる気でいたんだ……それがこんな事になるなんてーー」


 鷹野さんは、いかにキヅキという人物を信頼しているかは、その言葉の端々に感じることができた。


「だが、気づいていたんだーー古代機械の事を語る彼は、悪魔がとりついたような表情をしていることに……でも止められなかった。ーー僕は、彼と真摯に向き合おうとしていなかったのかもしれない」


 親方が鷹野さんに聞いた。


「んふぅー……キヅキの目的は、一体なんなのでしょう?」


「それは……」


「あ、鷹野さん、ここは僕がーー」


 鷹野さんが濁りがちに喋るのを遮るようにして、気配を消していた雀田が話し出した。


「ーーでは、ここからは僕が説明させてもらうよ。鷹野さんよりも僕の方が客観的にキヅキさんをみているからね」


 こんな時でも雀田は笑顔を崩さない。確かこの人、研究所に入ってから日が浅い、みたいなことを言っていたはずだけど、案外大物なのかもしれない。


「キヅキさんーー彼はね、たった一人だけでこの島を取り巻くシステムから解放されようとしている」


 古代機械もとい、『環境隔離システム ALTERNATE PRESET』ーー


 古代機械と花虫を通じて、島中に張り巡らせされたネットワークで人々の無意識下を操るシステム。最後の人類である僕らが、生き残る事ができたのはこのシステムのおかげとされている。 


 システムから解放されるーーしかもたった一人でーーそんなこと可能なのだろうか。


「端的に言うと、キヅキさんは、未羽ちゃんの身体を乗っ取ろうとしているんだ。現在の未羽ちゃんの意識を、システムーー古代機械の中に逆流させることによってね」


「……えーっと、つまり、どう言うことだ?」

 

 マナさんは話がまったく理解できなかったようだ。かくいう僕も、あまり想像が出来なかった。


「えー、つまりだね。未羽ちゃんの肉体は、作りは僕らとなんら変わりないのだけど、脳の構造が僕らと少し違くて、システムからの干渉を受けないんだよ……」


「ーーなるほどわからん!」


「もーーっと簡単に言うと……急がないと、未羽ちゃんの身体はキヅキさんのものになってしまうって事だね。」


「えっそれやばくね?」


「そう! 急がないとやばいんです!」

 

 雀田さんが決め顔でそう言って、机をバンと叩いた。

 

 ……なんだか……


 ここ最近ずっとシリアスな事ばかり考えていたからこの二人のテンションについていけない……


 コホン、と鷹野さんが咳払いをして空気を変えた。雀田を横目で見ている。

 

 それを受けて仕切り直そうと、雀田が話を続ける。


「えーちなみに、キヅキさんは古代機械の研究するには、システムの外側にいかなければいけない、そう豪語していた時期があったんだ。最近はおとなしく研究を続けていたのは、その手はずが整った、という事だったんだね。でもーー」


 雀田が、表情は笑顔のまま、うーん、と悩ましげに首を傾げる。 


「ーーおかしいんだ。彼には協力者がいる。こんな、たった一人のエゴに、沢山の人々が手を貸すかな?」


 マナさんがまた口を挟んだ。


「って事はあれじゃねーの。過激派ってやつ」

 

 それには鷹野さんが反論した。


「いや、そんなものは、『MZK』のどこにも存在しないよ。組織は大きくなったが、古代機械の研究は基本的にこの『第三研究所』がイニシアチブをとっているんだ。もし、そんな情報が出回っているとしたら、それこそシステムがデマを流しているとしか考えられない」


「でも、そんなことってーー」

 システムがそんなデマを流す必要なんてあるのだろうか。そんな考えにふけっていると、マナさんが「あー、やめやめ」と思考を遮った。


「まあ、よくわかんねーけど、私たちのやる事は決まっているんじゃねーか。あのクソガキを……未羽を一刻も早く、取り戻せばいいんだろう?」


「ふむ、そういうことだな」


 こういう時マナさんのシンプルさは本当に頼りになる。何故か親方もそれに肖って頷いている。


「話が早くて良いですね! 細かい話は現場に向かうときにでもして、一秒でも早く未羽ちゃんを救出しにいきましょう! ではこの地図を見てください!」


 さっきから気になっていたのはやっぱり地図だったんだ。だけど、それは見たこと無いような地図で、迷路のように入り組んでいる。


 なんだか凄い嫌な予感がした。


「キヅキさんが消えたのは、この都市『FJGK』の真下、つまり地下水道です!」 


 他の研究員が、予定調和とばかりにロールスクリーンを巻き上げた。

 ガラス張りの部屋の奥には、僕の良く見知った乗り物が置いてあってーー


「これから陸くんとマナさんには地下水道を探索して、未羽ちゃんを救出してもらいます! 淡水用に改造した潜水艇『華鳥』に乗ってね!」



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