表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
33/36

この忌まわしきシステムから抜け出す為に

 

 幼い頃、ビー玉が好きだった。

 ベランダで一人、透明なガラスの中の湾曲した模様を太陽に透かして、いつまでも見つめていると、小さなガラス玉の奥深くまで肉体が飲み込まれるような、そんな不思議な感覚を味わっていた。

 何も尖った部分のない、丸い物体。どの角度から見ても丸くて滑らかで、触れてみると手になじむ。


 私は今でも球体が好きだ。

 材質はガラスでも、ブリキでも、木材でも何でもかまわないが、特に私が美しいと感じる球体は、見上げた空で燦々(さんさん)と輝く太陽だ。

 自然界で最も丸く、そして、生命の源である太陽。そういえば太陽の爆発現象である太陽フレアはまるで赤いビー玉の模様のようだ。


 私は科学者だが、情緒的であることを捨てようとしない。


 科学というのは、そのひとつの課題に対して、様々な箇所が尖った未知の物体を研磨し、球体にするような作業だ。

 問題点を、ありとあらゆる角度から俯瞰し、実験する。そしてそれを何度も繰り返す。繰り返していくうちに、少しづつ、その問題点がわかりかけてくる。

 その作業そのものが美しく、それはどんな舌がとろけるほどの食事よりよりも、私にとっては美味だった。


 結果がどうなろうとかまわない。登山家が、そこに山があるから上るように、私はそこに探求すべき事柄があるから、研究に没頭するのだ。

 ーー『MZK』にきてから、もう数年。私は甘い蜜を吸い続けるように、ひたすら研究に没頭しつづけた。幸福な時間が過ぎ去るのは、恐ろしく早い。

 

 目の前の子供は、今頃悪い夢でも見ているのだろう。苦しげな表情を浮かべている。水槽の中だからわからないが、涙でも流しているかもしれない。


 私は罪を罪と思わず、人を人と思わない。


 私は情緒的な人間であるが、その情緒が常に人に向かうとは限らない。この子供も、私の研究の為に必要な、大事な素体だ。


 私は完全な『科学者』になりたい。

 この世界の何もかもを知りたい。

 その為には、私はこのシステムから解放されなければならない。

 この世界から自律した、唯一の存在になりたい。

 

 私の知識を阻害する、『ALTERNATE PRESET』はじゃまだ。あいつらは、肝心な事を全てもやの中にかくしてしまう。私は、現在の肉体では知りたい事を全て知ることはできない。私がいくら研究に時間を費やしても、私の情報はコントロールされているかもしれない。いや、コントロールされているかどうかもわからないのだ。私は人生は既に幸福であるが、その幸福さえ、システムに確約されているものだとしたら……そんな事を考えると、恐ろしくはならないだろうか。


 私はそういったしがらみから自由になりたい。

 

 鷹野はいった。

 この子供は違う、と。この少女は核でありながら、システムの外にいるのだと、彼は言っていた。

 それは私にとって吉報だった。


 迷いは無かった。


 私の研究に賛同してくれた者達数人で、子供を拉致した。

 そして、私が地下で秘密裏に作り続けていた研究所に子供を連れて行った。今や、国内屈指の広さを誇る『MZK』研究所と同等の敷地を誇るまでの広さとなった。


 私は興奮していた。


 これから始まる有意義な実験の事を考えると心がたぎるようだ。じっくりと、じっくりと研究したい。

 

 もちろん子供に生物的な死は与えない。

 

 この子供の脳がどれだけ発達していても、肉体は千年前の人間のものだ。

 それこそに意味がある。

 

 この肉体があれば私は自由になれる。

 

 私は現在の四肢を捨てて、この子供の肉体にシステムを利用し乗り移る。それがこの『ALTERNATE PRESETT』という退屈極まりないシステムに囲われた島国から抜け出す為の唯一の方法だと、私は確信している。

  

 それは新しい車に乗り換えるようなものだ。肉体なんて、魂の、いや意識の入れ物に過ぎない。

 

 この身体に乗り移る為には、この少女の意識を消さなくてはならない。

 この子供の身体に宿った意識自体は、特に優れたものではない。それは非常に形式的で、ワンパターンなものだ。名前も知らない誰かの手によって作られたまがい物の意識。三文芝居の登場人物のような、くだらないもの。


 この身体の保持者が、こんなにも劣った意識であるのは間違っている。 この子供の肉体の魂の適格者は私だ。


 だから、まずこの幼い身体を、ただ人の形をした器にしなければならない。

 

 システムをだまさなければならない。


 物語の中で意識の入れ替えが起こった時、それが私が入り込むタイミングだ。

 この島全体のシステムをこの研究所内で箱庭的に再現し、そして、わたしそのものが核ーーこの肉体に入り込めば、目的は達成される。

 

 まずは子供の現在顕在化している意識を隅においやる。

 そうすれば、子供の身体を誰の持ち主でもない、ただの器にすることができる。

 

 方法は簡単だった。

 

 花虫を使う。


 その、幾年も人類を悩ませ続けていたと言われている憎き物体は、水に浮かべるだけで水中に植物プランクトン『HAB』を放出する。この植物プランクトンは、我々にとって有害であるとされているが、実際はそれだけではない。

 単純にこのプランクトンの濃度を高い水を人に飲ませれば、その人は毒死するだろう。しかしこの、核となり高度に発達したこの子供の脳にとって、『HAB』は意識の乗り物となる。

 そしてその意識ーー登場人物といった方がいいかもしれないが、それは古代機械の接続機を通して島中へ循環していく。


 だから、この子供を花虫と同じ水槽に沈み込ませるだけでいい。本来なら、そうするだけで意識は自動的にこの肉体から抜け出て、他の古代機械に保存されていた乗り物に乗った新しい意識が、この肉体に入り込もうとするだろう。

 しかし本来あるべき古代機械はそこにはない。

 古代機械の中にあるはずの別の意識がなければ、この身体は何も反応しない、ただの入れ物となるのだ。

 

 痛覚としての苦痛はないだろう。しかし、もっと虚無的な苦痛を、今この子供は感じているはずだ。意識が靄の中に沈み込んでいくような、少しずつ自律性が失われていくような、そんな不安を。

 とはいっても、そもそもこの子供に宿った仮初めの意識に自律性などあるのかはなはだ疑問ではある。やはり、この身体にはふさわしくない意識であると私は思う。

 混沌とした世界のどこかで、この意識は迷い子となる。まがいものに

は、それがお似合いだ。


 私は、探求しつづける。生命を。この世界の仕組みを。

 それはなんと尊い事だろうか。人を殺そうが、何の罪を犯そうが、この尊さは不可侵なものだと、私は信じている。

 誰も私のじゃまをさせない。鷹野も、『MZK』の連中も。


 まだ情報収集したいが為に『MZK』での研究も続けているが、元々、この地下研究所ができたタイミングで、私は『MZK』を抜ける予定だった。そうすれば、残りの時間を、全て私の為の研究に当てる事が出きる。

 あいつらが隠している事も、全て私が白日の元のさらしてやろう。私にはその能力がある、才能がある。

 かといって、私は救世主になりたい訳ではない。この世界の社会的地位には全く興味がない。

 ただ、探求する。その為だけに、私は存在しているのだ。

 

 私は、人を人と思わない。罪を罪と思わない。

 

 それが、私が鷹野と一番違うところだ。あの甘い男は、いまだ未来に希望があると、科学が未来に役立てるものがあると信じている。それにも関わらず、人の想いというものをやつは大事にしすぎる。

 そんなものは砂糖菓子のように甘ったるい幻想でしかない。私は情緒的な人間だが、そのような幻想とは無縁だ。私の情緒はやつとは別ベクトルにある。

 未来など知ったことか。人類の行く末など知ったことか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ