表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
32/36

少女の意識、かつての少年の夢


 埃の舞う薄暗い教会の中。

 鷹野さんが過去を尊むように父さんの事を雄弁に話し続けるのを、僕は唖然と聞いていた。

 

「和秀くんは、すごい勢いで古代機械の内部構造を描写していったよ。まるで、頭の中の設計図を書き起こしているようだった」

 静寂の中で鷹野さんの声だけが響く。

「とても緻密で、科学の知識がない青年が描いたとは思えなかったよ」

 

 信じられる訳がない、いや、信じたくなかった。だって、父さんはただの画家で、身体が弱くてーーそんな父さんが、そんな訳のわからない事に巻き込まれていただなんて。

 確かに父さんは変わっていたけど、僕には父さんがいつでも自然体で、のびのびと生きているように見えた。でも鷹野さんが語った若い頃の父さんはまるで別人だ。


「君のお父さん、和秀くんは最後まで自分を貫いて、そして死んでいった。後年は執念で生きているように、僕には見えたよ。彼は僕に独白したあの日すでに、いつ死んでもおかしくない身体だった。あれから和秀くんがこんなに生きながらえたのは、奇跡としか言いようがない」

 

「そんな……事って」


 父さんが心のうちに秘めていた想いを考えると、胸が苦しくなった。衰える肉体は、父さんに夢にとってさぞ足かせだっただろう。

「驚いているね。それはそうだろう」

 鷹野さんが、こちらに近づいてきて僕の肩を骨っぽい右手でたたいた。

「しかもまさか女性と結ばれて子供に恵まれるなんてね。彼は言っていたよ。君に救われた、と」

「……父さんと、親しかったんですね」

「そうだね。僕は彼の絵のファンであり、そして歳の離れた親友だった。なにせ僕は趣味でこの寂れた教会で絵画展をやった事だってあるんだ。だからこそ君が今ここにいるんだしね。科学者が非科学的な事を言うが、全てが運命の巡り合わせなのかもしれない」

「運命、ですか」

「ああ、ほとんどはそうだ。まあ、君が潜水艇に乗って古代機械をサルベージしているのは、僕が親方さんに頼んだからなのだけどね」 

「じゃあ、親方はあの日人気ひとけもない海沿いの道路にいたのは……」

「そうだ。ただ、君があの古代機械をサルベージしたのは偶然だよ。あれこそ運命的なものを感じずにはいられない」 

 

 あの古代機械ーー

 未羽が入っていたあの棺のようなもの。そして、それは父さんが幻視した景色、絵画『棺の少女』ーー

「実際は絵とは少し違っていたね。まぁ機械の中にユリなんか入っている訳はないからな。きっとお父さんは、絵を描く際に虚飾を施したのだろう。古代機械の中は殺伐としているからね」

 古代機械の中を思い出してみる。そこには演算機と、管につながれた少女がいるだけだった。それは、僕が思い描いた『棺の少女』ではなかった。でもーー

 

「未羽は、やっぱりーー」


「君が『未羽』と呼んでいる少女は、古代機械のメインプログラムの『核』であり、和秀くんが昔出会い、その結果生まれた少女の意識そのものーー」


「じゃあ、未羽は千年前の、過去からやってきた人間ーー」


「人間、といって良いものかどうか……正直、僕は未だに判断がつきかねている」

 鷹野さんが苦虫を噛み潰したような表情をした。 

「そんな、僕には未羽が人間にしか見えません」

 あんなに普通で、周囲にも簡単にとけ込んで、あの子が人間じゃないというのならばなんだというのだろう。

「もちろん、彼女の身体は人間と同じ分子配列で同じ肉の塊から構成されているはずだ。長い間、彼女の肉体は冷凍睡眠コールドスリープされた状態だったが、それは間違いない」

「じゃあ、やっぱり普通の人間ということじゃないですか」 

「いや、彼女の意識は、あくまで疑似的なものだ」

「疑似的な、意識……」

「未羽という少女の意識は、環境隔離システム『ALTERNATE PRESET』の誤作動によって生まれたものだ。元々は物語の役割を与えられた登場人物キャストの末端に過ぎない」


 鷹野さんの言っている事がいまいちわからない。物語? 登場人物? まるで、未羽が仮想の空間から来たみたいじゃないか。


「あの身体の元の持ち主の意識はとうの昔に消滅してしまっている。ーー『核』は、抜け殻でなければならない。あの身体は、この島を比喩的構築する為に必要なものなんだよ。だから、あの身体に魂が宿ることはないはずだった。だが、君が未羽と呼ぶ少女……あれはその抜け殻の身体に何故か入り込んでしまった」


「未羽が、架空の存在だとでも言うのですか」

 鷹野さんが、絵画『棺の少女』に手を優しく触れる。


「先に、前提を話しておこうか。僕らは、どこまでが自己領域ーー自分で考えたり、動いたりしているか、わかるかい? 陸くん」

 

「それは……僕らは自分の身体なら自由にコントロールできるし、自由に物事を考えたりできます。それは自己の領域といえるのではないでしょうか」

「普遍的な回答だね。僕らが信じている人間というものは、自分で自分を律し、時には欲求に従い、物事を常に決定して生きている。

 私もそう考えていた。だが、実際は違うんだ」

「なにが、違うっていうんですか」

 教会の中は、ステンドグラスから入り込む光がない場所は薄暗い。今、鷹野さんがどんな表情をしているか、僕からは見ることができない。


「僕ら『JP』で生き残った人類の意識はね、繋がっているんだよ。環境隔離システム『ALTERNATE PRESETT』は、僕らの意識の領域を繋げる事で、人類を災厄から守ったのだからね。もはや僕らは、この島の一部でしかない」

  

 環境隔離システム『ALTERNATE PRESETT』ーー古代機械の本当の名前。


「古代機械ーー環境隔離システムの核は、物語フィクションを大量に見せられた脳から分泌されるエネルギーをバッファー装置に格納し、それを粒子として内海中の古代機械、そして絡みついた花虫を通じて大気へと循環させるシステムだ。この島には、その粒子が空気のように充満している。

 そして僕らは、その粒子によってコントロールされている。

 情報、急な環境変化による危機感や、生殖欲求の制御。僕らは過去の歴史や記憶が無くても、それを意識することすらない。だから戦争も起こらないし、いつまでも牧歌的な暮らしができていたんだ」


「そんな…僕らは気づかないうちに、記憶や意識をコントロールされていたというのですか」

「ああ、きわめて緩やかにだがね。僕らの意識は古代機械を通じて繋がっているんだ」

 もし鷹野さんが言っている事が本当なのだとしたら、僕が考えている事、感じている事がもし操作されているものだとしたら、そう考えると怖くなった。

 そして、この『怖い』という感情さえも、本当に自分のものであるのか……。


 たとえば、前に笑顔で話しかけてくれた屋台のおばちゃんが、何かに制御されてあんな表情をしていたとしたら、全ての優しさがまやかしでしかないとしたら……それ以上はあまり考えたくない。

 相変わらず表情が見えない鷹野さんは話を続ける。


「だが、彼女は違う。未羽という少女は、何の制約もなく、自由に生きている。全ての情報に疑問を持ち、なげかける。物語からコンバートされた、疑似的な意識だからこそ、彼女はシステムから何の干渉も受けない。それはいわば台風の目のようなものだ。だからこそシステムから抜け出す事が出来た」

「僕たちが、システムから抜け出す事は出来ないのですか」

「現状、核がいなくなった状態なのだから、このシステムは制御しなくなる、というのが僕の考えだったのだが、違うようだね。未だシステムは動き続けているし、僕らの意識は、無意識の領域は繋がっているだろう。人類はいつのまにか、古代機械なしでも繋がりを持つように変容していた、ということだ。

 真に人と言える言えるのは、僕らの方なのか、はたまた彼女の方なのか、わからないね」


 未羽は僕らとは違い、誰からも干渉を受けない。僕が疑問に思わないような部分を、未羽には疑問に見える。

 あの子には、この景色がどう見えていたのだろうか。


「話せる事は、全て話したよ」

 

 父さんの事、古代機械の秘密、そして未羽の事ーー

 頭の中がパンクしそうだ。なにも考えられない。


「君が望む答えは、見つかったかい」

「それは……」

 望む答えーーそもそも僕はなにを求めてこんな場所へ来たのだろう。もう、ウジウジ悩みたくなかった。そんな気持ちが先行して、なにも考えなしに飛び出してしまっていたのかもしれない。

 それでもーー

「なんでもいいです。僕に何か出来る事はありますか」


 その時だった。教会の扉が勢いよく開いた音がした。

  

「鷹野さん! ここにいましたか!」


 振り返るとそこには雀田が立っていた。彼は焦っているのか、額に汗を流している。

「どうした? 雀田くん」

「未羽ちゃんのいる場所が判明しました! 彼女は、やはりキヅキが誘拐していました……!」

「そうか……やはりキヅキくんだったか。残念だ。僕は彼に期待していたのに……」

 キヅキ……たしか、鷹野さんの取り巻きの一人ーー

 それに、僕は思い出した。未羽がいなくなる前日、祝雨祭のさ中、挙動不審な男が人混みの奥へと消えていくのをーー確かあれは、キヅキという男だった。

「車を用意しています。一旦、研究所へいきましょう」

「わかった」

「あの……」

「陸くん。君もついてきてくれ」

 雀田が額の汗を拭きながら、僕を真っ直ぐに見て言った。

「君にしか、お願いできない事があるんだ」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ