「おなかすいた」
「このドーテー野郎め……」
「ひっ!」
僕は正座の状態で、マナさんに真上から睨み付けられていた。
責められるのを覚悟で、二人を呼び出したのだ。
実際に古代機械が開いていたと言うこともあって、二人とも僕の言うことを信じてくれた。親方いわく
「まあ、馬鹿まじめでたいして頭の回らない陸が、自分の妄想を現実にする為に女の子をどこかからかっさらってきたとは考えにくいからな」
との事だった。
彼女を二人に隠しておく事も考えた。だけど正直言って、彼女は僕の手にはおえなかったんだ。
この古代機械の中にすっぽり収まっていた小さな少女。
彼女は
「お腹空いた」
と一言呟いたあとはずっと無言だった。
しかも僕が話しかけても、じっとこちらの様子を観察しているだけ。
正直いって、僕はどうしたらいいのかよくわからなかったんだ。
見た目の年齢は、十四、五歳くらいだろうか。棺の中で見た時の神秘的な印象はもう薄れていて、顔立ちがやたらと整っているのと、ビニールのようなつるつるした服を着ている以外は、どこにでもいそうな普通の少女に僕には見えていた
「……俄かには信じられないが、この古代機械の中には、確かに”人工呼吸器”らしきものがあるな。これは、自らの心肺器官では呼吸できない患者が人工的に呼吸をする為のものであり……つまりーー」
親方が、気の遠くなる説明を、誰に向けるでもなく延々と続けている。
「ムシャムシャ……」
「ーーただこれは、相当な高給取りがオーダーメイドでもしない限りは……」
親方はそれほど似合っていないあご髭を摩りながら、棺の中の機械に目を向ける。
「この周りにあるものがなんなのかは詳しくはわからないが……」
「ムシャムシャ……」
「んあー!!!」
あ、ついにマナさんがキレた。
さっきから船内に常備してあったお茶菓子を一心不乱に食べていた少女の襟袖を、鼻息を荒くしたマナさんがまるで猫にそうするように掴んだ。「はわっ」と少女から間抜けな声が出て、その体がぶらんと宙へ浮き上がる。
「なんだよこいつは! こっちの気も知らないでさっきからもぐもぐムシャムシャ! 親方! 講釈はいいけどよ、このガキどーすんだよ?」
「取引先にこの子ごと引き取ってもらうしかあるまい」
「でもそれじゃっ……!」
何をされるかわからないんじゃないか。そう思って、僕は反射的に声をあげてしまった。
いくら海底に沈んでいた古代機械の中から現れたからと言っても、この女の子の身体はどこからどう見ても人間そのものだ。取引先にそのまま引き渡してしまったら、もしかしたら身体中をいじくりまわされてしまうかもしれない。
それに僕たちにとって古代機械は”商品”のはずだ。
僕は、この子を商品として売り渡したりなんて、絶対にしたくない。
反論されるのは覚悟の上で、僕は二人を見上げながら懇願した。
意志をもって、二人にお願いすることがあるなんて、普段の僕には考えられないことだった。
本当に昨日から僕はどうしてしまったのだろう。
「こんなことになってしまったのは僕の責任なので、こんなこと言う権利は無いかもしれませんが、この子をどうにか…」
「うるせぇ!」「お前は黙っていろ」
「はい……」
二人から同時に話を遮られた。まぁ……わかっていたけど。
マナさんに片手で持ち上げられているのにも関わらず、まだまだ勢い衰えずお菓子ばかり食べている少女に目を向けた。
「はぐっ……むしゃ……」
行儀も何もあったものではないーーといった様子だ。少女の周りはお菓子の屑でちらばり放題。口にも沢山缶パンの屑がついている。
なんとなく保護欲をそそられる光景だ。
って、この子はさっきからこちらの話を理解しているのだろうか。
「ふー、お腹いっぱいになりました」
少女はついに満腹になったのか、満足そうな笑みを浮かべた。
「お姉さん、そろそろ離して貰ってもいいですか?」
僕らが想像していたよりも、かなりまともな言葉遣いで少女は言った。
「わたし、自分の処遇くらい自分で決められると思いますよ?」
マナさんは驚いて、少女をとっさに離してしまう。
何故かやたらと得意げな表情で、少女は両手に腰に当てている。
ちゃんと話が通じていた事にはホッとしたけど、なんだか嫌な予感がする。
そういう雰囲気に図らずも気づいてしまうのは、僕の昔からの体質だった。
「わたし、自分が誰なのか、ここがどこなのか、あなたたちがだれなのか、全く分かりませんが、今わたしが置かれている状況は理解しました」
ものすごい勢いで古代機械を指さす。
「どうやらわたしは、このヘンテコな箱の中に眠っていたのですね。そんなこと普段はありえないからあなたたちは困惑している。そしてーー!」
今度は僕らを指さした。
「あなたたちはこのようなものを売ってお金を稼いでいて、近々どこか……これを必要としている場所売りに出す。しかしその商品の中にはわたしが入っていた。しかもそのわたしはこうして起きて、あなた方と会話も出来る。果たしてこんな私を商品として売りに出していいのか、倫理的に迷っている。ーーどうでしょうか?」
まるで探偵ごっこだけど、言っていることは大方間違っていない。
「それと、私はクソガキなんかじゃありません。どうやら『未羽』という名前が与えられているようですよ?」
三人とも口をあんぐりと空けたまま、自身のことを『未羽』と名乗った小さな女の子を見下ろしていた。