表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
22/36

Internal Preset On

今回だけR15注意です。

作風に合うように描写は抑え目ですが念のため…

////////////////////////////////////////////////////////////////


  ーーInternal Priset Onーー


////////////////////////////////////////////////////////////////



 また物語が終わり、始まった。


 森林の匂いで、私は目覚めた。

 足がひんやりと冷たいーー

 足下を見る。わたしの意志ではない。これは彼女の意志だ。

 膝より手前程の深さの川が流れている。

 周りを見渡す。

 四方は青々とした山に囲まれている。どれも標高500程度。


 急に私の身体がひるがえった。これも私の意志によるものではない。

下流側を向いて、手を振る。

「ーーさん! こっちです」


 私から声がする。声は陽気で、楽しそうだ。これも彼女の意志ーー

 

 私は、自身の意志決定権を持たない。

 設定された環境で、決められた行動パターンを繰り返すだけの毎日ーー私は、それをただ見るだけの存在。

 この身体は私のものではない。 

 この身体は、彼女のもの。

 物語プロットに取り込まれてしまった彼女のものだ。

 

 では、私は何者か。

 

 私はきっと、この身体には本来必要のないもの。


 狂った舞台装置の中で、たまたま生まれてしまったであろうバグだーー


    *


 わたしはこの装置の仕組みを、何故か理解していた。

 

 カラクリは私の脳内にある。


 私の脳内には、物語ゆめを見るための『仮想ドライブ』が実装されている。


 記憶を司る脳の部位、海馬。

 この部位は一時的に記憶を保存しているに過ぎず、海馬内の記憶は消去され、神経細胞によって大脳皮質へ。そして長期記憶として保存される。

 この短期記憶を整理する為に、人は夢を見ると言われている。

 記憶の断片を継ぎ接ぎした夢には、本来統合性などあるわけもなく、人はそれを何か物語性が、連続性があるものだと勘違いする。

 

 本来は、だ。

 

 私の後頭部に埋め込まれた『仮想ドライブ』は、事前設定された物語プロットのプロトコルが1400TB分、保存されている。

 具体的な作品数はわからない。ぐちゃぐちゃになったパズルのピースが大量にあるような状態だ。

 かつてそれは「ロミオとジュリエット」だったかもしれないし、「真夏の夜の夢」だったかもしれない。

 これらがどんな物語かは知らない。仮想ドライブに接続された外部ハードディスクにアーカイブされていたタイトルだ。


 PGO波(Ponto-geniculo-occipital wave)。

 この、端網様体や後頭部にかけて現れる脳波が、海馬や大脳皮質などを刺激することで夢を見させている。

 

 これに仮想ドライブは干渉する。


 仮想ドライブはPGO波が大脳皮質を刺激する際に、情報波でPGO波の機能を失う事なく変質させる。

 情報波にはランダムに選ばれた物語プロトコルの圧縮ファイルが入っている。

 そして、それに応じた必要のある記憶だけが海馬、大脳皮質、外部ハードディスクから選別され、引き出される。

 

 本来なら偶発的に引き出される記憶を元に再生される夢ーー


 それはこうして強引に統合性のある物語ゆめへと変貌を遂げる。


 整理された、しかるべき因果関係、予定調和を持った物語へーー

 

 夢物語ドリームシアターとして。

  

 そして、それは何度も繰り返される。


 何十、何百、何千、何億と。毎回ディテールを変えて。

 

 もう何年こうしているか、それを私は知らない。

 

 それは、きっと、いつかは私の意識も消える事を意味している。

 大量の経験を積まされた私の脳は、本来なら人間が抱える記憶の量をとうに越えているはずだ。

 普通の人間なら、記憶の混濁こんだくにより狂ってしまうーーそう思うだろう。

 

 しかし、人間の脳のキャパシティーは、人間が想像している以上に大きい。それに加え、記憶を外部にバッファできる私が記憶の混濁により狂うなどあり得ない。


そして何より、人間は忘れることができる。

 

仮想ドライブは今のところ、私に干渉してこようとはしていない。

 しかしいつかは、私の意識を、物語プロトコルに取り込もうとするはずだろう。

 その時、私は意識を持たない、ただの登場人物となってしまう。


「おーい!」 


 そう、彼女のようにーー


 だがそれは仕方がない事だ。

 どうせ私は、何かのエラーで生まれたバグだ。

 でなければ、何故こんな事を知っているというのか。

 問題はいつか、修復されるものだ。

 それを恐怖していてどうするというのだーー

 

    *

 

 私は誰かに向けて手を振っている。


 しかしその先には、下流に向かって永遠と流れる渓流があるだけだ。


「あれ、みんないない。さっきまですぐそこにいたのに」


 彼女は誰かの笑顔を思いだそうとしている。

 頭の中に男の子の映像が映し出される。

 服装や髪型は思い出せるのに、顔だけが消しゴムで消されているかのように浮かんでこない。わたしはバグだから、時々記憶に干渉できない事がある。


 この装置と私は直接つながっているわけではないようだった。

 それはそうだろう。どこかの傷口から入り込んだウイルスのようなもの、それが私だから。

 

「おーい! ーーさん! ーーさんもーーもいないんですかー!」 

 

 彼女は他の人たち、恐らく一緒にここに来たであろう人々の顔を思い浮かべている。

 ほかにも何人かいたはずだが、思い出すのは人々はみな顔のないのっぺらぼうになっている。多分、彼女にとって大切な人たちだったのだろう。

  

 人の気配がない。川の流れる音と蝉が鳴き声が、寂寥感せきりょうかんを強めている。


「知らないうちに上流に来すぎちゃったんですかね」

 そのまま浅い川に浸かりながら、下流へと向かう。つまずかないように、足下に注意して歩く。ところどころに魚影が見える。 


「どこかなーどこかなー」

 歩みを進める。

 何もわからないが、私は彼女の意志に従うしかない。


 10メートル程歩いたが、誰もいる気配がない。 

「おーい! みなさーん!」

 初夏の蝉の鳴き声をかき消すくらい、大きな声を出す。

 どの方向からも、私の声に反応する者はいない。

「おーい! 隠れているんですかー? そうなんでしょー?」 

 何度も、何度も私はどこかに向かって呼びかける。しかし私の声は木霊することもなく、そのまま渓流の向こう側へと消えていくだけだ。

 

 叫び疲れた頃、更に下流、前方20メートル程先の枯れ木と岩と隙間に、なにかの赤い塊のようなものが引っかかっているものを見つける。

「んー、なんでしょう?」

 固まりへ向かってつまずかないように足下を見ながらゆっくりと進む。水面に少し赤いものが混じっている。

 先ほどより大分下流にきたのだろう。流れが弱くなってきて、直ぐにその場までたどり着く。

「えっ……」

 内蔵だ。

 これが何の生き物の内蔵か彼女は理解していないのだろう。

 

 酷い臭いがする。むせかえるような血の臭い。

「うえええ……臭い。何の肉だろ……」

 少女は好奇心旺盛なのだろう、贓物をつかむ。 

「まっまさか……この肉でバーベキューですか! ……でもなんで冷やしているのでしょう……冷やすとスイカみたいに美味しくなるのですか……もしくは臭みを取っているとか……ひゃっ!」

 

 右足に違和感。何かが引っかったようだ。拾いあげる。

「これって……」

 腸だ。末端を何かに食いちぎられたような跡がある。

「腸はあんまり好きじゃないなぁ」 

 さらに下流を見る。

 

 遠方に何かいるーー


 少しずつ近づいていく。


 逆光でシルエットしか確認できないが、胴が人間よりも太い生き物がビクビクと動いているように見える。

 胴からは腕などは生えていないように見えるところから、人ではないだ見えるから、人ではないだろう。

 

 しかしこれが何なのか、遠目では判断できない。

 

 更に近づいていく。下流に下るにつれて川幅は広くなり、流れも緩やかになっていく。水は真っ赤になり、内蔵を拾った場所よりも血の臭いが酷くなっている。思わず鼻をつまむが臭いは殆ど遮断されず、次第に私の身体は頭痛と吐き気を催す。

 

 どうにか吐き気を堪えながら進んでいくと、また何か流れてくる。


 流れてきたものを見て、彼女は唖然とした。


「これ……人の肉……」

 そう彼女はつぶやく。人肉と決定づけたのは、人特有の薄い肌色の皮膚がかろうじて残っている腕と、洋服の切れ端が同時に流れてきたからだろう。

 

 川はゆるやかにカーブしていたので、いつのまにか生き物がいた場所は逆光ではなくなっていた。シルエットの正体が露わになる。

 

「なんで……」

 

 大きな朱茶色の物体が、もはや本来の形を失った肉の塊にむしゃぶりついていた。

 

 人間だったであろう物の残骸。


「なんで……だって……」

 誰かの言葉が回想される。


 ーー花虫は動物や魚じゃないから、自分で動いたりしないよ。海の中を漂っているだけーー


 でもこれが、誰の言葉だったのか、いつ聞いたものなのか、わたしは思い出せない。

 朱茶色の物体は本来あるはずの無い場所に、口があって、何かを貪るように食べ散らかしている。


「な……なにしてるんですか……その人を離してくださいっ!」

 それはもう人とは言えなかった。

 朱茶色の物体に向かって私は駆け出す。裸足とはいえ水の中、下流とはいえ流れと逆行しているので駆けるのは困難だった。

「きゃっ!」

 おおきな石の泥濘ぬかるみで、転倒して、身体中びしょぬれになってしまう。すりむいた膝から血が流れて、人肉から流れ出た血と川の中で混ざり合う。

「だめだってば……」

 ようやく芋虫までたどりつく。

 先ほどから食されているもの。その固有名詞を彼女が叫ぶ。

「ーーーー」

 男の子の不器用そうな笑顔が浮かぶ。金切り声が私からあがる。

 びしょぬれになった時に頬についた水滴と流れ出る涙で前が見えなくなる。

 ぼやけた景色の中で、あれは人の象ったなにかだと、彼女はそう必死に思いこもうとしている。


 そして、無駄なことだと知りながら、肉塊にくかいの肩あたりを掴んで必死に朱茶色の芋虫の口から離そうとする。

「だめ……だめだって言っているじゃないですか……!」

 しかし、芋虫は放そうとしない。私はもう殆ど前が見えていないのに、その肩を掴んで離そうとしない。

「離してっ……お願いだから離してってばぁ……」

 どんどん目の前が真っ白になる。 

「もう……ーーさんを食べないで」

  

 これで、きっと彼女とも一旦お別れ。

 次に出会うのは、きっと、ずっと先。それまで私の意識もどうなっているかわからないから、もしかしたらもう会えないかもしれない。

 

 それでも、私はこう言いたい。傍観者として。唯一の観測者として。

 

 さようなら、また違う物語でーー


/////////////////////////////////////////////////////////////////


 ーーBack to the View Pointーー


 ーーInternal Preset loop system onーー


/////////////////////////////////////////////////////////////////

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ