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瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
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Internal Preset Off 3

 

 その後、わたしは彼らにかくまってもらい、『取引先』との交渉をやり過ごした……というのには少々強引でしたが、あちら側が意外と友好的だった事もあり、どうにかその場を乗り切ることができました。

 

 でも乗り切ったからといって、わたしには行く宛もないのです。路頭に迷ったわたしを、彼らは初めのうちは助けてくれるでしょう。でも、ずっと彼らに甘えているわけにはいきません。


 誰も知る人のいない場所で、赤子のまま放り出されてしまったような戸惑いを、わたしは感じていました。この新しい世界ではわたしが判断し、決断しないといけない。それに混迷することもありました。

 でも本来、生きていくとはそういうものなのでしょう。いままでの私の人生が間違っていたのです……

 いや、そもそも物語あれは人生とは言えないのかもしれません。

 きっと、いままでのわたしは凄くながい間、悪い夢を見ていただけなのです。何度も繰り返す、毒にも薬にもならないようなお伽話おとぎばなしを。

 では、その前は? 

 わたしの『初めての記憶』はなんでしょう。

 思いだそうとしても、頭の中はもやがかかったような状態で、何も思い出せませんでした。

 

 それでも、今だけは生きている喜びを感じていたいと、そう思いました。味がしない乾物。お腹が満たされる感覚。ちょっと油臭い海の臭い。何もかもが新鮮で、何故か新しくて。

 いままでわたしが感じた事の無かった世界が、そこにはありました。


 興奮を隠し切れていたのかは怪しいところですが、なるべく超然とした態度を崩さないようにわたしは努力しました。 



   *



 いつのまにか偽っている事を忘れる程に、はしゃぎ回っていました。


 狭い倉にみんなで入ったり、潜水艇に乗せてもらったり、お祭りにいったり、わたしはわがままばかり言って、みなさんを困らせてしまいました。

 

 潜水艇の中は凄く狭かったですが、海の中になにが待っているのか凄くわくわくしました。

 潜水艇からみた海中は凄く不思議な世界でした。

 そこには花虫という生き物がいました。それは大きな赤茶色の芋虫のように、わたしには見えました。これは動かないと陸さんから聞いて、わたしはホッとしました。

 なにより驚きなのは、海の中には花虫しかいない事でした。

 海の魚達は、一体どこへいってしまったのでしょう?


 お祭りには、沢山の人達がいて、わたしに優しくしてくれました。この地方は昔から雨が降るとお祭りが始まるようです。

 おばさんが食べ物をおまけしてくれました。もらったのは淡水魚の薫製で、舌がとろけるほど美味しくて、わたしは四匹も食べてしまいました。

 

 人々が踊る輪の中に混じって、見よう見まねで身体を動かしました。

 踊り方もわからないわたしを、町の人々は笑顔で歓迎してくれました。

 一緒に踊っていただけなのに、わたしは町の人たちとすぐ仲良くなりました。誰もが手をつないで、分かり合える、そんな空間がそこにはありました。


 とても無邪気で天真爛漫。好奇心旺盛で、気になったことは聞かずにはいられないーー

 そんな女の子をわたしは演じようとしました。

 それは確かな事です。

 実際、潜水艇に乗るために朝早くから港に出たりしたのは、多少の打算も働いていました。はやく、彼らに警戒心を解いてもらいたかったですから。

 

 でもそれが全て打算だけでは無かったとわたしは思っています。わたしは、心の奥底からわき上がる興奮を抑えきれなかった。そういう部分も確かにあるのです。


 この胸の高揚感はわたしの、わたしだけのものーー


 そう信じたいのです。

  

 そして、そんなわがままなわたしを助けてくれた三人、陸さん、マナさん、親方さん。

 

 彼らは、凄く優しくてーー

 

 優しすぎて、わたしは時々恐くなりました。


 こんな日々がいつまで続くのでしょう。嘘がばれた時、彼らはわたしを見放すはずです。借り物の人格、その場しのぎで生まれた名前。

 

 今まで、冗談としか思えない毎日をわたしは送ってきているのです。

 代わる代わる何度も繰り返される、物語プロットの断片を思い返してみても、何の感慨かんがいもありません。

 

 それどころか、わたしはそこから抜け出したいという意志さえ持った事がないのです。

 

 鏡の中でわたしの人形が、わたしの意志とは無関係に動き回るのを、ただ見ているだけ。

 言ってしまえば、物語プロットの中のわたしとそれを見ているわたしは別人、わたしは部外者でした。

 嘘でどうにか誤魔化して路頭に迷っているわたしと、新たな人生をただ楽しんでいるわたし、どちらが本物のわたしなのでしょうか。

 虚構で埋め尽くされたその実、中身が空っぽの器としてのわたし。

 それがみなさんにバレるのが凄く恐いーー


 ふと陸さんの事を、思い浮かべました。


 彼は、わたしとは性質が真逆の男の子でした。


 過去の大切な思い出と共に今を一生懸命生きていて、前を向いて淡々と仕事をしてーー


 そんな地に足のついた生活をしている男の子。


 それに比べてわたしはーー

 花虫かちゅうしかいなくなった、生命の息吹のしない瓦礫がれきの海で、死んだように暮らしていた女の子。


 彼が海からわたしを引き上げてくれなかったら、きっとまだわたしは海の底で、陳腐な物語を見続けていたはずです。きっと、わたしが眠っていた機械は、そういった装置が組み込まれているのでしょう。


 祭りの後、彼の宿舎に来たわたしは、彼の心の内をしりました。

 そして、彼のお父さんの事もーー

 悲しい事が沢山あったはずなのに、彼はどうして、こんなに前を向いていられるんだろう。

 最初はそう思いました。


 でも、思い出を語る陸さんの表情に苦いものが混ざってくる頃には、彼が悲しい過去の想いを振り切るようにして、どうにか毎日をやり過ごしている事に気づいてしまいました。

 

 そんな一生懸命な陸さんに、わたしは何ができるのでしょうか?

 

 何も与えられないわたしですが、せめて彼になにかーー

 

 気づいたときには彼の頭を撫でながら、涙を流していました。

 恐らく生まれて初めて流したわたしの涙を、陸さんと、そのお父さんへの花向けに、と。

 せめて彼が今堰き止めている涙のかわりに、と。


 その時のわたしは、お姉さんにでもなった気分で、彼の頭をなで続けていました。

 だって、わたしの方が生きている時間は長いはずですから。

 

 空っぽの器が彼の想いで満たされて、陳腐な物語プロットの断片は私の中から流れていく。そんな気分にもなりました。

 

 そして同時に、こうも思いました。

 

 彼はこんなにも本心を語ってくれたのに、わたしは何も本当の事を話せていないーーわたしは、とても恥ずかしくなりました。

 

 そして、わたしは決心したのです。


 明日、本当の事を話そう。

 

 ーー嘘をついてごめんなさい。本当はわたしに名前なんてなくて、この性格も私のものじゃないんですーー

 

 そう、みんなに伝えるんだーー


 陸さんの昔話を聞きながら、そんなことを考えていると、いつの間にかわたしは眠りに就いていたのでした。

 


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