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瓦礫の海  作者: 泉柴 圭哉
19/36

Internal Preset Off 1

 

 ーーInternal Preset Offーー

 

 また、物語が終わり、始まりました。


 今回の目覚めは、いままでとはなにかが違いました。


 最初の違和感は嗅覚からでした。


 この臭いは、私に設定プリセットされた体臭とはまったく違うものでした。わたしはどの物語の中でも、『ユリ』という花の匂いがするようになっているはずですが、私の身体からは強烈なアルコールの臭いしかしませんでした。

 そして、これをアルコールの臭いだと感じてはいるのに、果たして、いままでわたしはこの臭いを実際に嗅いだ事があるのかはわかりませんでした。

 

 身体にも違和感がありました。

 

 私の身体は、千通りからなる設定プリセットからランダムに選ばれ、同時に物語プロットに合った衣服が自動的に選ばれるはずでした。


 ある時わたしは王国のお姫様でした。わたしはいつもシルクのドレスを着ていて、豪奢かつ慎ましく暮らしていました。国のだれもがわたしに優しくしてくれました。わたしを巡って男達が戦い、あるものは破れ、あるものは夫となりました。


 またある時は男達をたぶらかす魔女でした。だれもが私に魅了され、ひざまづきました。わたしは、山が出来るほどの沢山の村人を殺しました。


 ある時はユリの花そのものでした。芽が生えた瞬間から意識が芽生え、生育されるまで野原で育ちました。小さなかわいらしい少女に摘まれた私は、その子のお部屋で枯れるまでの短い人生を過ごしました。 


 ですが今回のわたしの身体は千通りのどの設定プリセットにも当てはまらない、直感ですがそんな気がしました。いままでの身体いれものは私の魂とぴったり合うように設定されていました。けれど今回の身体は、魂と上手くかみ合っていないような気がしました。

  

 毎回、わたしの名前は違いました。悠里ゆうり/かい/お嬢様/お前/化け物/お花さんetc……

 

 今回のわたしの名前はなんでしょう。

 

 物語のなかで、わたしはだれかに呼ばれるまで自分の呼び名すらわからないのでした。

 

 わたしは何で、こんなに沢山の人生を、何度も何度も繰り返しているのでしょう。

 

 一体、本当のわたしはどこにいるんでしょう。

 

 わたしは何者なのでしょう。


 

 @@@


  

 ーー誰かがわたしの頬に触れました。

 

 その手はやたらと冷たく、ザラザラしていて、私は人間ではない生き物に触れられたのだと思いました。わたしの知っている人の手はもっと滑らかな柔らかさを持っているはずでした。

 その手がわたしの髪をやさしく梳いてきました。こんな風に触れられたのは、多分これが初めてーーそんな気がしました。

 

 ふと気づきました。

 わたしは今まで、自分の意志で目を開けたことがない事に。

 物語プロットの中では、わたしの行動はとても他動的でした。四肢に付けられた釣り糸で、誰かがわたしを操っているようでした。

 今回は、わたしが、わたし自身の意志で目を開けないといけない。そうしないと、また物語プロットの深い森の中に私は潜り込んでしまって、そこから一生出ることが出来ないーーそんな気がしました。

 

 わたしは意を決して瞼を開きました。


 そこには、ゴツゴツとした手の質感からは想像もつかないような、繊細そうな風貌の男の子がわたしを見下ろしていました。色は白く、細身の身体でしたが女性的な柔らかさはあまりなく、全体的に骨張った体つきをしていました。

 少年と青年の狭間の時期ーーといった文言が似合いそうだなと、わたしは感じました。

 

 目が合うと彼は驚いたのか、時間が止まったかのようにピタっと動かなくなってしまいました。恐怖と好奇心が入り混じったような表情でわたしを見下ろしています。


 いままでなら彼にかける気の利いた台詞が事前に用意されていたはずなのですが、わたしはいっこうに彼に話しかけようとしませんでした。

 わたしは、彼に語りかける言葉を持っていない、そんな気がしました。

 

 時間にして数秒しか経ってないのに、凄く長い時間、沈黙が続いているようでした。


 やっぱり、今回はおかしいーー


 わたしは路頭に迷ってしまいました。これも初めての事でした。いままでは迷いが生じる前に、わたしは何かの意志によって行動していたのですから。


 その時でしたーー


 わたしはある欲求を感じました。今まで味わったことのない、けど、これは生き物の根源的な欲求のような気がしました。


「おなかすいた……」


 これが、わたしがこの身体で発した初めての言葉でした。


  

   @@@



 わたしは、自身の入っていた箱の中からでました。わたしの口にはプラスチックのマスクがついていて、身体中に張り付いたテープからは管が延びていました。その管は、なにか機械へ繋がれていましたが、これがわたしにとって何なのかはよくわかりませんでした。


 ただ、わたしは殆ど確信を得ていました。

 

 ここが、きっと現実なんだと、わたしはいままで、ずっと夢を見ていただけなのだと。 


「はむ……はむ……」


 わたしの『おなかすいた』に気を聞かせてくれたのか、男の子は「ちょっと待ってて」というと、どこかから食べ物を持ってきてくれました。

 ビスケットみたいなものや、やたらとカサカサで乾いたパンなど、わたしが見たこともない食べ物を持ってきてくれました。


「ーーーー」


 無我夢中で食べ続けました。味なんてわかりませんでした。

 

「ーーーー」


 でもわたしは味わったことのない幸福を感じていました。


「ーーーー」


 私は物語プロットの中で、とびきりのご馳走を沢山食べたことあったはずです。そんな、舌がとろけるような食事よりも、この質素な、味もほとんどしない乾物にわたしは感動していました。

 お腹満たされていくというのは、こういう感覚の事を言うのだと、わたしは初めて知ったのでした。

 

 そして、わたしはこう思ったのでした。

 これは、わたしの、わたしだけの身体なのだとーー

 いままでの身体の方が嘘だったんじゃないかと、なんとなくそんな気がしたのでした。


「あのさ……聞いてる?」 


 男の子がわたしに話しかけていた事にさえ、気づかない程に、わたしには止め処ない食欲に支配されていました。

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