鳥から見た海の中 1
ーー未羽が見つかった。
「はなしてーっ!」
のだけど……。
「無理だって言ってんだろうが……っ!」
マナさんが未羽を、華鳥から引きはがそうとしている。
「いやです! 私これに乗りたいんです。海の中見たいです……」
未羽は強情で、なかなか引き下がらない。華鳥の上部にある耐圧殻内に入るための扉に、しがみついている。
未羽は、みんなが目覚めないうちから港に来て、船の甲板に乗せてあるこの玉虫色のサルベージ用潜水艇『華鳥』にこっそりと乗り込もうとしていたーー
「くそっ! こいつ、意外と力あるな……っ!」
以前、『三十キログラムくらいまでなら余裕で持てる』と言っていたマナさんでさえこれだから、僕では未羽を引き離すのは無理そうだ。この細身の少女は、好奇心それ一点のみで、火事場の馬鹿力さえ出せてしまうのかもしれない。
ここは、話をして説得したいところだけどーー
「いーやーっ!」
「あのさ」
額に汗をかきながら地団駄を踏んでいる未羽は、僕の方を向くと無理矢理に笑みをうかべた。
「はぁはぁ……おはようございます。陸さん」
初めて名前で呼ばれて、僕は少し照れくさく感じてしまう。思えばあまり、女の子に名前で呼ばれた事ってない気がするな。マナさんは別として。
「うん。おはよ。あのさ」
「ぜぇ……ぜぇ……いやですよ?」
未羽は聞く気さえ持ってくれない。でも無理なものは無理だ。
「でもね、これは操縦できる人間しか乗せちゃいけないんだ」
「じゃあ、操縦します!」
僕と会話しながらも、扉からは絶対手を離さない。
「いや、そんな簡単にできるものじゃないんだって。船舶免許を持っていた僕だって、まともに乗りこなせるようになるまで三ヶ月はかかったんだ」
実際のところ、華鳥自体の操作はそんなに難しいわけじゃないんだ。問題は……
「じゃあ、私は三日で覚えます! 教えてください。陸さん」
そう言うと、僕の方へ少し身体を乗り出してくる。一体、この自信はどこからでてくるのだろう。
「隙あり!」
マナさんが叫ぶ。未羽は、力が弛んでいたのか、華鳥から引き剥がされてしまった。
「あぁっ! わたしの『はなとり』さん」
「お前のじゃねえ。わたしのだ」
別にあなたのものってわけでもないですけどね。マナさん
「まぁいいじゃないか。乗せてやれ。陸、マナ」
船のメンテナンスをしていた親方が戻ってくると、更に話がややこしくなる発言をした。なにを言っているんだろう、この人。
「え、でも」
「実際の所、荷重などに関しては全く問題ないんだし、昨日隠しておいた古代機械を回収するくらいならいいだろう」
「でも華鳥は……」
人が乗れるスペースが異様に狭いんだ……どうやったら二人も乗るというんだーー
*
船は沖から三百メートルほど離れた場所で、錨白した。昨日、未羽が入っていた古代機械を沈めた辺りだ。
『よぉし。ふたりとも準備はいいか、今からクレーンで上げるからな』
インカムから親方の声が聞こえてくると、華鳥が宙に浮いたのか耐圧殻内が揺れる。
サルベージ用潜水艇『華鳥』は全長五メートルと、潜水艇の中でもかなりコンパクトだ。ただ、小さくしたぶんの弊害も、もちろんある。
「はーい!わわっ……」
「なんでこんなことに……」
(近いーー)
僕は未羽を膝に載せていた。耐圧殻内は直径一メートルしかない。二人乗るには、こうする以外方法はなかった。
最初は未羽と同性であるマナさんに、お願いしようと思ったのだけど、
「このガキと寝床も一緒だったってのに、潜水艇の中までなんて、私はまっぴらごめんだ」
と、断固拒否の姿勢は崩れなかった。
「さぁ、海の中には何がいますかね」
華鳥が徐々に海に浸かっていくのが、未羽は何が楽しいのか、耐圧穀内に取り付けられた3つののぞき窓を、きょろきょろと見回している。
だけど、僕はそれどころでは無かった……。
未羽の黒髪が僕の目と鼻の先にある。昨日、マナさんの家で身体を洗ったのだろうか、もうあの薬品みたいな匂いはしなくて、嗅いだことのないような良い匂いがする。これが女の子の匂いというものなんだろうか。それを意識した瞬間、僕の心臓の鼓動が速まっていく。
「あのさ……お願いだから、あまり動かないで欲しいんだけど……」
それにそろそろ、潜行の準備をしなくてはならない。
『いいかーお前ら、ドッキング外すぞー』
と親方の声がインカムから聞こえてくる。
「了解しました」
ドッキングが外れたのだろう、耐圧穀内を軸に華鳥全体が揺れる。ここからは僕が操作しないと、これはただの大きな昆虫を模したような形の水に浮く箱でしかない。
既に古代機械がある付近にいるはずだから、ソナーを使って地形を調べる必要もなさそうだ。僕はコンソールパネルの右手側にあるバーを手前に引く。これで、華鳥の中央下部に搭載されているバラストタンクの扉が開く。このバラストタンクにどれだけ海水を入れるかで、水深の調整が出来る。
未羽が、僕の操作をじーーっと見ている。今にもスイッチに手が延びてしまいそうだ。
「その辺りに触っちゃ駄目だよ」
僕はそう言って戒めて、彼女の手首を掴んだ。やたらと細いけど、骨っぽくはなくて、ふにふにと柔らかい手首に異性を感じる。自分で掴んでおいて、少し恥ずかしくなってしまった。
「やだなぁ。触りませんよ?」
そういう未羽の人差し指は、コンソールパネルのボタンに向かっている。
「だから、駄目だってば」
「陸さんはけちですね」
未羽は「ぷいっ」と音がしそうな首振りをして頬を膨らませた。
*
未羽は既に、僕の操縦に興味をなくしていた。そしてまた、のぞき窓からの海中に見ることに夢中になっている。
華鳥は潜水を開始してから一分程度経過している。今の水深は二十メートル前後で、底まではあと三分程度かかりそうだ。
未羽が間近にいる事への緊張は続いている。直ぐにでも、古代機械を早く回収して、陸地にあがらないと気が気でならない。短い潜水時間なのに、時が止まったように、やたらとゆっくりと進んでいるような気がする。
のぞき窓からは、花虫によって生態系が完全に破壊された海中がいよいよ姿を現した。
水深五十メートルくらいまでは、太陽の光が入ってくるので多少の視界はあるけど、既に海水は赤みがかっている。ただ、それ以降潜るとーー
「わわっ」
耐圧穀の右側の、のぞき窓にかじりついていた未羽が、びっくりして飛び退いた。その反動で、未羽の体重がモロに膝にくる。体感的にはかなり軽い少女だけど、これは結構痛い。
「なんですかこれ…」
「いたた……これが"かちゅう"だよ」
そこには、赤黒い芋虫のような生き物が、海中を敷き詰めるように漂っていた。
その表面はささくれ立っていてザラザラしている。
「これ、わたしを食べたりしませんよね?」
「花虫は動物や魚じゃないから、自分で動いたりしないよ。海の中を漂っているだけ……っそろそろマズイな」
花虫が多くなりすぎて、これ以上海底に潜るとスクリューに花虫が絡みついて垂直移動が出来なくなってしまう。下手に動くと花虫が全体に絡みついて、海底にまで潜れずに止まってしまう可能性もある。
華鳥には、古代機械を回収したり、土壌確認する為のマニュピレーター以外にも、花虫を切断するロールカッターなどがついた付いたマニュピレーターも搭載している。
僕は、マニュピレイトモード『カッター』というボタンを押すと、コンソールの両端にあるアームレバーを自分の手元まで引き出す。これで花虫を切っていく。
(ーーよし。まずはでかいのを)
僕は、真ん中ののぞき穴を隠していた、おおきめの花虫に目標を定める。マニュピレーターをそこまで動かすと、鋸のような刃が所々についている腕で、花虫を切り離していくーー
その時何かが華鳥後方に引っかかったような感触があった。その途端、華鳥はゆっくりと四十五度ほど横転してしまう。
「わっ! 何があったんですか?」
さっきまでは作業しながらも少しづつ深度は下がっていたんだけど、何故か下がらなくなってしまった。
マニュピレイトモードを「カメラ」に変える。
このマニュピレーターは、普段は花虫が絡まないようにかなりコンパクトに下部に格納されている。アームを伸張すると、華鳥の全長程の長さがあり、三百六十度どの方向にも動かすことが可能だ。前方しか可動できない、採掘用のマニュピレーターとの最大の違いはここにある。
全部、花虫だらけの海でスムーズに作業をする為に必要なものだ。
「後ろになにかいるんですか?」
そう未羽が聞いてくる。頼むからこっちを向かないで欲しい。
「今カメラで見てみたんだけど、後部のスクリュー付近に、小さい花虫が絡まってるんだ」
「じゃあじゃあ!わたしとりに行きますよ」
そう言ってこちらに乗り出してくる。顔の間が15センチくらいしかなくて、僕はそっぽを向いた。
「ダイビングする気?」
「違うのですか?」
「ダイビングする為のものなんてないからね……」
僕はマニュピレーターの右手をカッター、左手をカメラのモードにして現状を把握する。
「うん……これくらいなら直ぐ解れそうだ」
カメラを確認しながら、ロールカッターでスクリューを傷つけないように花虫を切り離していく。
「凄い! 陸さんは器用ですね!」
「仕事だからね」
集中しているので返答がそっけなくなってしまう。
スクリューから花虫が完全に解れると、華鳥は更に海底へと沈んでいった。
まだ海の中の冒険は続きます。華鳥はしんかい2000をベースに、さらにコンパクトなものをイメージして描写しました。深く潜る必要もないので、スペックダウンしたイメージです。わかりづらい箇所があれば感想などで教えて下さいませ。




