病み色パレット
やあ、新入りくん。いや、そんなに硬くならなくてもいい。
ボクのところに回されたってことは、まあ、それなりに変わった素養があるってことだ。安心していいよ。
で、ええっと……ああ、そうそう。群青。なあ、群青、ちょいと色無地のところにいって、若いのを借りてきてくれないかな。うん、そうそう。ありがとう。
ああ、待って。わかってると思うけど、アオの近くを通らないようにね。それから、シロのところは、偏屈なのが多いから気をつけて。
……ひどいなあ。ボクだって好きで偏屈なわけじゃない。ほら、さっさといっておいで。
さて、お待たせしたね。新入りくん。
ボクは、ええっと……なんだったかな。魔色庁、原色特別顧問、純色マスターコース名誉教授、多色指導役……まぁいいや、とりあえず『孔雀』って読んでくれればいい。
――そう、孔雀だ。
それがボクの色名なんだよ。まあ、見ての通りだけどね。
とりあえず、孔雀って言ってもらえば、どこでも通じると思うよ。なんてったって、ボクを孔雀と呼ばないやつも、ボク以外を孔雀と呼ぶやつも、見たことがない。
まず、なにから説明しようか。きみは、どこまで聞いてるの? ――ああ、ほとんど聞いてないんだね。
いいや、構わない。たいていの新入りはそうだ。
魔色庁のやつらときたら、官僚から門番、案内役にいたるまで、頭ガチガチのお硬いやつらばかりだからね。まったく面白みのない。
それでいて、ボクをしばりつけるんだから、たまらないよ。ボクに留まって欲しいなら相応の娯楽を提供してしかるべきだと思うんだけどね。そうだろう?
ああ、ごめんごめん。どうもボクはおしゃべりがすぎるようだ。弟子にもよく怒られるんだけど、こればっかりは治しようがなくてね。
――おや、だれかきたようだ。
なんだい、……ああ。群青。と、よけいな害虫がついてるな。
やれやれ、だれが、純白を連れてこいと言ったのさ。アオにちょっかいだされるのは予想してたけど、シロまで首をつっこんでくるなんて、いったいなんの騒ぎだい?
……ああもう、お硬いなぁ。これだから、純色のやつらは嫌いなんだ。わざわざ色無地を選んで遣いをやったのに、結局シロが出張ってくるなんて。
きみも、悪いことは言わないから、純原色の連中には近づかない方がいい。……まあ、無理だろうけど。
シロのやつは、また面倒くさいんだよ。でもまあ、きちゃったならしかたない。他のうるさいのがくる前に、さっさと用事を済ませてしまおうか。
え? なになに? ……ああ、ちょっとまって。
わけがわからないだろうけど、もうちょっとだけ我慢しておくれ。
説明するより先に、きみの『色』に出逢おうじゃないか。
――シロ。もう、きみでいいから、この子の色を映してやってくれ。
……これだよ。あーあ。なんてツマラナイ。
まあ、いいさ。それじゃあ、色映しをしようか。いくらボクが『孔雀』だとはいえ、こればっかしは色無地に頼るしかなくてね。
だけど、ボクは、この瞬間がとびきり好きなんだ。このためだけに、いけすかない純色たちに担ぎあげられてやってると言っても過言じゃない。
ふふふ。きみは、どんな色を見せてくれるだろう。
ほら、シロの方を向いて。え? どこだかわからないって? それは失礼。ごめんよ、ボクは孔雀だから、たまに色差を忘れるんだ。それじゃ、きみは、白でもないんだね。興味深い。
群青は見えるかい? 彼もだめ? なら、しかたないな。ボクがいこう。
見えるかい? ボクが立っている、すぐ横だ。そこにシロはいる。髪も目も肌も白一色の、ちょっと不気味なくらい白いやつだ。見えないんだから、いっしょだろうけど、気分だけでも味わってもらおうと思ってね。
おっと、シロ。怒らないでくれよ。きみほど『白』の似合うやつは他にいない。だからこそ、ボクはきみをシロと呼ぶのだし、ほかのやつをシロと呼ばないのだ。それで溜飲を下げておくれよ。
――また、監禁されちゃたまらないからね。
ああ、怯えなくていい。こいつらの執着は、だいたいボクがひっかぶってるし、そもそも、ボクはそれを楽しんでる。こんなくらい、ボクにとっちゃたいした枷じゃないんだよ。軽すぎてフラフラと散歩したくなるんだから、かえって退屈なくらいだ。
まあまあ、ボクのことは置いておいて。
シロは、ボクの横だ。憎たらしいことに、ボクより頭ひとつも背が高いから、右上をながめてほしい。そうそう。そこだ。……いや、もうすこしだけ、左。上。うん、いいかんじ。そのまま動かさないで。まばたきも、だめだ。
よし、じゃあ始めよう。
いいかい、シロ。これからきみを染めるのは、ボクであってボクでない。それでも協力してくれるんだね? ――まあ、そのとおり。断られたって強制するだけだけれど、形式的にね。
ボクだってほら、ヒトの子だから。無理強いするのは好きじゃないんだよ。いくら純色とはいえ、きみたちなんて、ボクにとっては赤子も同然なんだもん。きまぐれに囚われるのは構わないけど、ちいさな女の子を追いつめるのは趣味じゃない。
え? 外見的には逆だって? うるさいなぁ、ちょっと外に出ててよ、群青。
――でも、まちがってもアオにつかまらないでね。ボクは、ボクのモノに手を出されることが大嫌いなんだ。
うん、いい返事だ。かわいいね、ボクの群青。アオになんてあげないし、ボクもまたアオに捕まるのは御免だ。あの偏執狂ときたら、純色のなかでも、とびきり面倒くさいんだから。きみを迎えになんていきたくないんだ。わかってるね?
お待たせしたね。新入りくん。じっと動かずにまっていてくれたんだね。素直な子は好きだよ。きみとは仲良くやれそうだ。
さあ、ご対面といこうか……?
謡紡ぐは迷彩子
謡捧ぐは冥彩子
謡貢ぐは明彩子
謡注ぐは名彩子
刻めよ 染めよ 無限の白無地
己がイロを咲き誇れ
わかるかい? いま、きみのなかを駆けめぐるモノが。奥底から、こぼれんばかりに溢れだし、したたり落ちようとしている色の奔流が。
その流速が、温度が、わかるかい?
わからないのなら、見せてあげよう――目をそらさずに。そう。そのまま、まっすぐシロの瞳を見るんだ。そこにきみの色がある。ボクにはもう、見えている。
どんな色かって? それは、自分でたしかめなくちゃならない。きみから生まれた色だ。きみが背負う色だ。きみが抱えつづけてきた色だ。
きみだけの色だ。
きみが、シロを見れないのは、きみが白ではないからだ。
きみが、群青を見れないのは、きみが青でもないからだ。
この部屋では、いや、魔色庁のたいていの部屋では、色差がはたらく。そういうふうに、仕組んである。危険防止のためにね。だから、おんなじ色や、ちかい色を宿すもの同士でないと、姿をみることができないんだ。
なら、ボクが、きみに見えるのはなぜかって? そいつは、しかたない。なんてったって、ボクは孔雀だからね。そうでなけりゃ孔雀を名乗る資格がない。
え、群青の声が聞こえない理由? ああ。それは、ただのボクの独占欲だけどね。
そんなことより、きみの色はわかったのかな? わからない? 馬鹿を言っちゃいけないよ、きみの前にはたしかに色がある。シロであった、色がある。
ヒントをあげよう。ほんとうはね、大抵の子たちなら、色映しはすぐに結果を出すんだ。いやまあ、結果は出ているのだけど。もっと、わかりやすくね。ぱっと見た瞬間に、自分の色をしるんだよ。
わかったかい? ――もう一度、問おう。
き み の 目 の 前 に あ る 『色』 は な ん だ い ?
そう。そうだよ!
よくわかったね。きみは、無色だ。
ボクのところに回されてきたところで、異彩持ちなのはわかってたんだけど、それにしたってめずらしい。誇っていいよ。きみみたいな色は、このボクですら、いままで見たことがない。
きみのことは、透と呼ぶことにしよう。
よろしくね、透。きみとは、長いつきあいになりそうだ。……おや、顔が真っ青だけれど、どうしたんだい?
拙作に目を通していただき、ありがとうございました。
「ヤンデレフル」企画のために世界設定を作るも、二人称に挑み、みごとに力尽きました←
……ひょっとしたら、設定を流用して、三人称か一人称で書き直すかもしれません。