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罠師の魔王と取説少女のダンジョン経営(旧題:六畳一間ダンジョン攻防記)  作者: 佐崎 一路
地上1階 ダンジョン・マスターはじめました
6/50

地上1階 1部屋(その6)

 30分後――。

「びっくりしたびっくりした!」

 俺はガンガンと扉に体当たりする《ツノウサギ》の突進の音を聴きながら、荒い息と心臓の鼓動を落ち着かせるため、玄関に座り込んだまま何度も深呼吸を繰り返した。


「まさか、戻ってくるとは思いませんでしたね。ひょっとすると、ここはあのモンスターの縄張りの中心なのかも知れません。今後の安全の為にも早めに始末したほうがよろしいかと思いますが?」

「……とは言ってもなぁ。俺は剣は使えないし、魔法は高いし」


 というかこの手で直接、生き物とか殺したくない。

 だいたい生きた犬とか猫とかでも、抱いた時のぐにゃとした手触りと、アバラッ骨あたりがゴリゴリ手に当たる感触自体苦手なんだよね。あれを叩き潰したり、斬ったりするのはできればご遠慮したい。


「――あっ、ダンジョンなら罠を設置できるんじゃね? 罠って何ポイントくらいで買えるんだい」

「ピンキリですね。魔法を使った強制送還陣や魔物召喚陣等は、現在のマスターの残ポイントで購入はできませんが、一番安い落とし穴なら50ポイントほどで購入できます。ですが……」

 ここで困ったように言い淀むヤミ。

「……罠を設置できるのは、あくまでダンジョン内部だけですので、現在の状況ではここマスター・ルーム内に設置して、あの動物を招き入れることになります」


 ダメじゃん! だいたい落とし穴とかにあいつが引っ掛かるとは思えないし、それに第一、寝起きする部屋の中に罠を仕掛けるとか精神的に無理!


「う~~ん、そうなると、やっぱ魔法か」


 一度は棚上げした案だが、大義名分があるとなれば別だ。YOU! やっちゃいなYO!と頭の中の天使だか悪魔だかも囁いている。


 だが、これに対してもヤミさんは難色を示した。

「とはいえ初級魔法は自動追尾機能はありませんので、一発で当てられるようになるまで練習が必要かと。それと、これは余計なお世話かとも思いますが、森の中で火炎系の魔法を使った場合、火事の危険もありますし、煙で居場所を教えるようなものですから、まずは氷系の魔法を覚えられた方がよろしいかと思います」


 なるほど。確かに火だといろいろとヤバいな。


「氷系だと何ポイントで買えるわけ?」

「初級魔法の『氷結(フリーズ)』が1,500ポイントです」

「……微妙に高いな」

「氷系は水と火の複合魔法ですので」


 う~~む、ここも悩みどころだな。俺としては最初は見た目も派手な、なおかつ『魔法』って感じの『ファイアー』を使いたかったんだよね、それにあれなら1,000ポイントでいけるし。だけど今後の実利を取って、1,500ポイントで『氷結(フリーズ)』を取るべきか……。


 考えてる間に隠蔽機能が作用して、ダンジョンの扉が消えたらしい。

 音がやんでほっと一息ついたところで、腹の方が雨に濡れた子犬みたいに、くうくう鳴き出したので、再度その問題は棚上げにして(いい加減、俺の中の棚が棚上げにした諸問題の重さでギシギシ言ってるんだけど……)、立ち上がって玄関先で尻についた土と砂利を払った。


 で、なんとか《ツノウサギ》に見つかる前に、手に入れられた食物を眺めてみる。


「短い時間だったけど、意外と集まったな」


 目の前には、いろいろな種類のキノコに、数種類の木の実、タケノコのようなものまであって、なかなか豊作だったと思う。一見したところキノコも地味な色だし、どれも食べられそうな感じはするんだけど、元々俺には山野草の知識はない。

 ましてやここは異世界、うかつに食べてどんな得体の知れない副作用が起きるかわからない。


「なあ、これって食べられると思うか?」


 俺はとりあえず傘が黒いけど茎は白い、シイタケみたいなキノコを取ってヤミに聞いてみた。


「食べられると思います」その言葉に一瞬安心したけど、続く言葉で一気に奈落の底に沈められた。「というか、どんな食べ物でも一度は食べられると思いますよ? 2回目があるかどうかはわかりませんが」


「毒があるってことかい?!」

 思わず手にしたキノコを投げ捨てる。


 ヤミは小首をこてんと傾けた。

「いえ、それもありますが……すみません、最初に説明をし忘れていましたが、この世界の植物や動物は基本的にアカシャ様――というか、魔族全般で食べられません」

「なんで!?」

「この世界のアミノ酸は光学異性体であるD型だからです。それに対して魔族……というかアカシャ様の世界のアミノ酸はL型によってタンパク質が作られています。つまり、この世界のタンパク質でできた生き物を食べても、栄養として吸収できないのです」

「……ごめん。よくわからん」

「つまりもともとの構造が違うので、食べても栄養にならずに栄養失調になるだけということです。説明不足で申し訳ございません」


 深々と頭を下げるヤミだが、いや、これは最初に確認しなかった俺が悪い……んだろうな?


「じゃあ他のダンジョンマスターも、ポイントで食料を購入するしかないわけか……」

「もしくは自給自足ですね」

「どーいうこと?」

「ポイントでダンジョン内に草原エリアなどを設置して、そこで食用になる動物を育てたり農耕を行ったり、場合によっては種や苗木を外に持ち出して、在来種を駆除する形で育て上げるわけです。当然、在来の生物は餌とできませんからその植物が生えている場所からは姿を消し、現地人からは鳥も虫もいない魔獣が住む『魔の森』『死の森』などと呼ばれるようです」

「あー、なるほど。俺たちって外来種なのか!」


 そりゃ地元民は駆除しようと躍起になるわけだ。

 洒落抜きで死活問題だからな。


「……でもいいのか。下手したら外来種である俺たちが、もともといた在来種を駆逐する可能性もあるわけなんだけど?」

 アメリカザリガニがあっという間にニホンザリガニを席巻したように。


「別に構いませんよ。そうなっても神様がバチを当てるわけでもありませんから」

 どうでもいい口調でヤミが肩をすくめた。

「え? 神様っていないの? てっきり俺をダンジョンマスターにしたのは、神的なナニカだと思ってたけど……」

「少なくとも私の知る限り全知全能の神なる存在は観測されていませんね。アカシャ様をこの地へ誘い、奥義書(グリモワール)たる私を記載したのは%$#&@36×36ですので」

「は? なんだって?」

「%$#&@36×36――適切な概念がないので説明できませんが、より高位世界に存在するシステムのようなものとご理解ください」


 わからん。わからんがやっぱり神的なナニカのような気がするなぁ。


 ……とはいえ、いつまでもすきっ腹を抱えて雑談していてもしょうがない。

 俺は結局3ポイント消費して、『食パン』を出してもらった。


 やり方はヤミの掌の上にページの紙片が現れ、パラパラと風もないのにページがめくれ、食料欄が掲示されているページが開かれる。

 で、そこからは自分でページをめくって『食パン』とあったところを指でなぞると、テーブルの上に小型の魔法陣が浮かび上がり、そこに食パン(切れていない、パン屋の食パン丸ごと1斤だった)と、ヤミの助言に従って10ポイントを消費して出してもらった『調味料セット』(塩・砂糖・醤油・胡椒・その他)が現れるのだった。


 やれやれポイントを温存するつもりが、朝飯食べるために『食パン』(3ポイント)+『調味料セット』(10ポイント)の合計13ポイントを使ってしまったわけだ。

 このペースだと三食で一日約40ポイント。10,000ポイントを食事だけで250日で使い切る計算だ。食うだけならなんとかなるけど、強化もなにもできないのでは、ダンジョンが人目に触れるようになると速攻でお陀仏だろう。なんとかしなければ……。


「……あまり無駄にポイントを使うのはお薦めできないのですが」


 俺と一緒にテーブルに付いて、向かい合わせに朝食を摂りながら、ヤミがいささか後ろめたそうにそう口に出した。

 本人は食べなくても大丈夫と遠慮したんだけど、食べることはできるということで、一人で食べるのも悪いし、第一味気ないので、半ば強引に一緒にちぎったパンに砂糖やらマヨネーズやらを付けて、朝食に付き合ってもらっている……単純に考えて食費が倍になる、その状況を無駄と言っているのだろう。


「飯っていうのは体だけではなくて、嗜好として精神的なストレス解消の手段でもあるからね。俺の精神衛生上の安定のために付き合うと思えばいいんだよ」


 そう俺が再度言い聞かせると、ヤミはなにか言い返そうとして……仕方ない、という風にため息をついて無言で食事を再開するのだった。

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