地上1階 1部屋(その5)
さて、人間どんな時には腹は減る。
いや、もう俺は人間辞めてるらしいけど、そういえば朝起きてから何も食べていない。
普段ならとっくに朝飯を食べる時間だろう。
それに気が付いたら猛烈に腹が減ってきた。
取りあえず、なんか食料はないかと思って、そこらへんの扉とか開けてみたけど、見事にからっぽ。
ついでにトイレで小用だけ済ませて――トイレットペーパーもねーんでやんの――水を流す。
これでまたダンジョン・ポイントとか減ってないだろうな、と思って椅子に腰掛け確認してみたが、幸いまだ基本料金の範囲内だったようで、残りのポイントは減っていなかった。
ほっと息をついたところで、そういえばさっきヤミが、『食パン1斤で3ポイント』って言ってたのを思い出した。
「――なあ」
俺はテーブルを挟んで向かい合わせに座っているヤミに呼びかけた。
「はい?」
「食料品とかトイレットペーパーみたいな消耗品とか、日用品もダンジョン・ポイントで買えるわけ?」
「勿論です。買えないものは生きた人間くらいですね。これは現地調達でお願いします」
現地調達って……。要するに、誘拐とか拉致とか監禁っていう――これどんなエロゲ?の世界の話だろう。
いや、ダンジョン・マスターだし、将来的にはそういうのもアリか……? ダンジョンにやってきた、村娘や女冒険者や女騎士を捕らえて、調教して、ハーレムとか………うん。設定的にアリだな。野郎はいらんけど。
とはいえ将来のハーレムよりも、いまは目先の安全と食料の調達が急務だ。
ポイントを消費すれば、快適な衣食住を満喫できるかも知れないけど、仮に使えるポイントが日本円でMAX80万円だとしても、使い続ければ半年……長くても1年は持たないでなくなるだろう。
だいたいその前に冒険者にここを発見されない保証はない。
と、いつの間にか思っていたことが口から洩れていたのか、ヤミが小首を傾げて、
「大丈夫ですよ。ダンジョンは設置から半年の間は隠蔽機能が働いているので、外部からはそれと認識されません。先ほどのようにダンジョンマスターが扉を開いて、『プレオープン』状態にしない限りは」
いまさらのようにそう教えてくれた。
「なら半年の間は籠城状態で安全ってわけか」
「はい。ですが半年過ぎると偽装が解けて、人間にも動物にもモンスターにも認識されるようになります」
う~む、猶予が半年もあると見るべきか、半年しかないと見るべきか……。
「つーか、モンスターってさっきの角の生えたウサギみたいな奴?」
「《ツノウサギ》ですね。モンスターとしては下級です」
「俺って魔王だか妖精王だかなんだろう? なんかさっきは格下の魔物になめられた気がするんだけど……」
下級のモンスターという割に、俺を見る目に殺意満々、捕食者が非捕食者を侮る気配満タンで向かって来たんですけど? で、俺は危うくチビりそうになるほどビビったんですけど!?
「それはそうですよ。アカシャ様はあくまで《Der Erlkönig》……魔族であり、モンスターとは別物ですから」
「ん? 魔物とモンスターって一緒じゃないのか?」
「違います」きっぱりと首を横に振るヤミ。「モンスターというのはこの世界で『魔素』が自然と凝固して生まれた疑似魔法生物であるのに対して、魔族というのは本来別の世界に存在した生き物を、この世界に合わせてカスタマイズした生き物の総称です。まあ、この世界の人間は双方の区別がつかないようですが……」
「……ははぁ、なるほど」
自分の身に置き換えてみればわかりやすい話だった。
「なのでモンスターは一定のダメージを与えるか、中心となる核を砕けば自然消滅します。肉体は残りません。ま、核になる『魔石』が一定確率で残る場合もありますが、これも時間が経過すれば消滅します。対して魔物や魔族は死亡した場合、そのまま肉体が残ります。ただし、ダンジョン内であればSoul Crystalの力とポイントの消費でリポップ可能ですから、基本的に召喚者であるダンジョンマスターに召喚された魔族や魔物は、ダンジョンの外へ出ることを忌避するようです。無論、中には例外もありますが、その場合はハズレを引いたと諦めてください」
「……つまりダンジョンマスターは強制的に配下の魔物を使役したり、命令したりできないってことか」
なら理知的に話の分かる魔物か、自分より弱い魔物を召喚するしかないわけだ。
「そうですね。いずれにしても現在のアカシャ様の召喚術のLvは1ですので、レアリティ☆☆☆以下の魔物しか召喚できませんが」
「☆1とか☆3というのは……?」
「魔物の格ですね。☆1でスライムレベル。☆2でゴブリンレベル。☆3でダンジョンウルフといったところが代表格で、それぞれ召喚に一体あたりポイント2、4、16と倍数で上がっていきます」
「えーと、ちなみに話し合いでダンジョンマスターに従うような奴は――」
「いません」
「ですよねーっ!」
「まあ☆2でスケルトンを召喚できますから、これなら命令さえ与えておけば、勝手なことはしませんが、その代わり命令していないこと以外のことは何もできませんし、戦闘力もゴブリン以下なのでコスパが見合うかどうか、私としてはお薦めできません」
う~む。なら、やはりなるべくポイントを使わず、ポイントを増やす算段をしないといけない。
その上で、誰が主人なのか上下関係をはっきりさせないと。
つまり俺の戦闘力も底上げしないと無理ってことだ。
「となるとやはり魔法か。なあ、ポイントってどうやれば増やせるんだ?」
「外から侵入してきたモノ――人、動物、モンスターを問いませんが――を斃すか撃退した場合に、その功績に合わせてポイントが配分されます」
「撃退ってことは、ただ入って出た場合は」
「カウントされません。ダンジョンマスター及びその配下の魔物が、ダンジョンの領域内で直接戦闘を行った場合のみポイントとなります。罠などで斃した場合は、死亡時ボーナスとしてポイントが与えられます。罠による撃退はポイントの対象外となります」
ただ撃退させればいいんだったら水場とか作って、動物を呼び込んで出入りさせればいいかと思ったけれど、さすがにそこまで虫のいい話はなかったか。
――ん? 虫?
ふと、そこでひとつのアイデアが浮かんだので、ヤミに確認してみた。
「なあ、この世界の虫をダンジョン内で駆除した場合はポイントになるのか?」
「なりますが、一匹あたり小数点二桁台ですから、よほど大量に駆除しないとポイントにはなりませんよ?」
「ふーん、つまり百匹駆除すれば少なくとも1ポイント以上にはなるってことか……なんとかなるかな?」
「???」
とはいえ増やす方は後々実行することにして、いまはなるべくあるものを減らさないように節約できるところは節約した方がいいだろう。
と、なると食料のほうも現地調達が一番かな。
郷に入れば郷に従えとも言うし、ポイントを無駄に消費して地球の食べ物ばかり食べているわけにもいかないだろう。なら、早めに慣れておくのが一番ってもんだ。
幸いここは森の中のようだし、食べられる木の実とか動物が居るだろう。
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そんなわけで、俺は再び玄関先からドアを少しだけ開いて、外の様子を確認してみた。
「……さっきの兎はいない、か?」
「ここから見た感じではいないみたいですね」
ヤミと二人でキョロキョロと外を確認して、俺はヤミに危険があればそこで警告するように言って、そろそろと玄関の扉を半分ほど開けて、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、こそこそと2~3歩外に出てみた。
「………」
耳を済ませてみても、遠くで鳥だか獣だかがギャーギャー喚いているだけで、近くに生き物の気配はない。
どうやらさっきの《ツノウサギ》はいなくなったらしい。
俺はほっと止めていた息を吐いて、玄関先から俺を心配そうに見ているヤミを振り返り、ついでにいま出てきた俺のダンジョン(というか部屋)を見てみた。
現在、俺が扉を開けて『プレオープン』状態にしているせいで偽装が剥がれ、その赤裸々な姿が露わになっている。
ぱっと見た印象を一言で言えば、森の中の広場にポツリと建つ公衆便所である。
周りの地面に比べて一段高く土盛りをしてあるので、古代の古墳のようにも見えるけど、いかにも造り立て、建てたばかりの石造りのまっ四角の箱……であり、壁面には汚れ一つ苔一つないので森の中では目立つことこの上ない。
なお、ヤミ曰く通常は何もない丘にしか見えないとのこと。
で、この場所は近くの街から徒歩でほぼ丸一日――時速5、6キロとして、約100㎞ほど離れた――位置にある森の中に存在するらしい。
「基本的にダンジョンの位置はランダムに決められますが、人が住む場所から適度に離れていて、ある程度隠蔽された場所に発生するようです。ですので、絶海の孤島や砂漠の真ん中などいう場所には存在しません」
「ふーん……って、つまり俺の他にもダンジョンマスターがいるってことか!?」
「それはそうですよ。最初に自己紹介した通り、私は奥義書『Dungeon Manual』830083版ですので――」
「少なくとも830083個はダンジョンが存在しているってことか!?」
「そうなります。とはいえ現在この世界、この時代で稼働しているダンジョンは412個ですが」
多いと見るのか少ないと見るのか微妙な数である。
「ダンジョンマスター同士は友好・敵対・無関心など様々な関係を構築しているようです。中にはこの世界の人間に取り入って、神気取りになって自分こそ唯一無二の存在だ……などと吹聴して、他のダンジョンを攻略する大義を得ている不心得者もいるようですからお気をつけください」
いつの時代も同族が最大の敵か。
人間ってやつはつくづく業が深い……そんなことを考えながら、俺はそろそろとダンジョンを離れて、食料を探しに近くの藪をかき分けてみた。