地下3階 10部屋(その5)
商業都市コキリオに隣接する棄民街。
その中にあって比較的手の込んだ大きめの建物が冒険者ギルドの支部だった。
「建物が大きいのは隣接して酒場があるからよ。ま、酒といっても得体の知れない密造酒だし、そもそも魔族の舌には合わないから、飲み過ぎると別な意味で気持ち悪くなるわよ」
ここまで案内――というか、勝手にズンズン歩いて行くのを追いかけただけだが――してくれてトワが、どことなくげんなりした口調で、建物を指さしながらそう注釈を加えた。
「ふーん……つーか、そもそも『冒険者ギルド』って何をする組織なんだ?」
ファンタジーでお馴染みの冒険者だが、考えてみればどうにも曖昧な存在だ。
モンスターと戦うことを生業としているのなら、それなら兵士になればいいだろう。それがこんなスラムに存在していて、トワのような見た目はうら若い女性が武装して由とするなど、どうにも真っ当な職業とは思えない。だいたいどこのどいつが運営をして、社会的にはどういう位置づけなわけなんだ冒険者って。
「基本的にマトモな職に就けないクズが行き着く掃き溜めよ」
そう肩をすくめて答えるトワ。
「――自虐?」
「事実よ。もともと冒険者ってのは、街に入れない流れ者や訳あり連中が、人がやらない危険な仕事や汚い、キツイ仕事を請け負わざるを得なかった……で、そいつらの仲介をする口入れ屋がギルドの大本、つまりは脛に傷持つ組織の収入源として設立されたわけ」
「戦後のドサクサ紛れに生まれた暴力団みたいなものか……」
「まさにそのままね。無頼漢どもが違法に武装している非公認組織。だけど、必要悪ってことで見逃してもらっているだけ。塀の中に暮らす市民にとってはゴロツキの吹き溜まり。また衛兵にとっては犯罪者予備軍ってところで、何かあったらしょっ引こうと虎視眈々と狙っている……ってところよ」
「なーるほどねえ」
「だからまあ、ギルド内ではさっきみたいに悪ふざけはしないこと。マジで洒落にならないことになるから!」
そう強い口調で念を押されて、俺は「へいへい」と答えて両手を上げて見せた。
そんな俺の態度に、「なーんか怪しいわね」と不信感をあらわにしながら、先に立ってギルドの正面にあるスイングドアを押し開けるトワ。
すぐにその後に続いて中に入った俺の目に飛び込んできたのは、昼間っから飲んだくれてたむろしている、身なりと人相の悪い現地人たち十五、十六人ほどの野郎たちの剣呑な眼光であった。
「――わーおっ」
いまにも噛みついてきそうな、余所者を排斥する眼圧に、思わず板張りの天井を見上げて肩をすくめる俺。
と――。
「アレッタ! アレッタじゃない、本当に無事だったのね!?」
奥の方から喜色満面の華やいだまだ若い女の声が響き渡った。
「ああ、エマ久しぶり。ごめんね、心配かけちゃって」
そう返すトワの視線の先を見れば、酒場と兼用になっているカウンターの中にいた18歳くらいの藍色の髪をした現地人の女性が、身を乗り出して手招きをしている。
そんな彼女の開けっぴろげの好意を前にして、野郎どもも鼻白んだ面持ちで顔を見合わせた。
とりあえず様子を見るか……という感じで、僅かばかり圧力が減じたのを肌で感じながら、親し気な様子でカウンターへ向かうトワの後を追いかけて、俺もテーブルの間を通り抜ける。
「――けっ! 余所者が女の尻に付いてきやがって」
ボソリと誰かがあてつけがましく呟いた。
ので。
「ぎゃああああああああっ!?! 何すんのよ?!」
トワの尻を撫でてみた。
「いや、何か尻に敷かれている風に思われてるから、実際どんな塩梅かと確認してみたんだけど、いまいち肉付きが薄いよな~。もうちょっとふくよかにならないと、むしゃぶりつきたい尻じゃないな」
不用意に撫でて威嚇しまくる野良猫みたいなトワに、そう理由を話すと目を三角にして、
「バカじゃないの!? つーか、バカな真似はするなって言ったわよね?! その舌の根も乾かないうちに、どんだけバカなの、あんた!!?」
怒り狂うのだった。
「――アレッタ? あの……その人は?」
そんなトワに戸惑った面持ちで受付嬢が話しかける。
「ただの馬鹿よ!」
「ははははははっ。照れることはないさ。同じ屋根の下で半年近く同衾した仲じゃないか、マイ・スイートハート」
「「――なっ!?!」」
そう告げるとトワと受付嬢が同時に真っ赤になった。ただし、片や怒りで、片や羞恥でと方向性は違うが。
(ふーん。感情の起伏や生理反応は人類とほぼ同じか……)
そんな受付嬢や周りの野郎どもの反応を観察しながら、そう冷静にかつ緻密に分析する俺がいた。