地上1階 1部屋(その4)
俺は思わず目を開けた。
「ちょっと待てっ! あの程度で1も消費するのか?! 10,000ポイントってどの程度の価値があるんだ!?」
「いえ、あの程度は小数点以下コンマの世界なのですが、基本的に消費に関しては小数点以下切り上げとなっております。ちなみに水道料金は日本の大抵の自治体と同様に従量制を導入していますので、10㎥……10トンまでは基本料金として毎月1ポイント消費されます。その後は使用量に応じてポイントが加算されます」
ヤミの説明に合わせて頭の中に料金表が表示された。
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《基本料金》0~10㎥
Φ13 基本料金:1Point(1h)
Φ20 基本料金:2Point(1h)
Φ25 基本料金:4Point(1h)
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Φ200 基本料金:1500Point(1h)
《従量料金》
・11~20㎥:1Point
・21~30㎥:2Point
・31~40㎥:4Point
・41~50㎥:8Point
・51~60㎥:16Point
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・101㎥以上:256Point
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「なんだこのΦ13とか20とかは?」
「水道の口径ですね。一般的な家庭用ですとΦ13かΦ20といったところです。ちなみに口径の目安は水場にある蛇口やトイレなど、水が流れる場所の数がおおよそ1~8までがΦ13といったところですので、いま現在はΦ13で間に合っていますが、今後ダンジョンを増築して水場を多くした場合には、それ相応の口径及び料金を覚悟してください」
「……あー、じゃあ例えばダンジョン内に川を作って水を流しっ放しにした場合は――」
「一月で3000万ポイントとか覚悟してください。なお、支払い不能になった場合には、即座に死亡。来世及び輪廻転生の先まで支払い義務が生じますので……」
「暴利だあ~~~~っ!!! やっぱ騙されたーっ!!」
思わず椅子から立ち上がって絶叫する俺のところへ飛んできて、ヤミが「まあまあ」と、肩を押さえてなだめにかかる。
「悪いことばかりではありませんよ。基本的にダンジョン内を循環させますので、下水道料金はかかりませんし、光熱費――冷暖房は別ですが――明かりに関してはタダです。ご存知ですか? 現世においても『電気』というのは実は科学的に存在が実証されていない、オカルトなのです」
「はあ?」
予想外の方向からの説明に、俺は思わず力が抜けて椅子に座り直した。
そんな俺の様子を見守る形で、ヤミが傍らに佇む形で畳みかけてきた。
「ピンとこないかも知れませんが。電気というものは実在する質量として観測できない。ゆえにこれを盗電などしても、『何かを盗んだ』という理論が成り立たないのです。そのため法律上、電気に関しては存在はしないけれど、存在するものとして特例的に罰則規定が設けられているのです」
ヤミの説明に唖然とする俺。
なにしろ電気って科学の象徴であり、科学≠オカルトみたいに思っていたのだけれど、その科学が実はよくわからんオカルトだったというわけなのだから、なんだかすべての現実が幻想だったと言われたも同然である。
「そのようなわけで、ダンジョンでは物質として消耗されない部分は請求されませんのでご安心ください。あと換金できるものがあれば逆にポイントへ換算することも可能ですが、その場合は小数点以下は切り捨てとなりますのでご注意ください」
「使う時は切り上げで、買う時は切り捨てって。どんだけ暴利を貪ってるんだ、ここの運営!?」
見てるかどうか知らんけど、俺は思いっきり天井へ向けて怒鳴った。
「それでポイントの価値ですが……だいたい食パン1斤で3ポイントで、いまあるこの部屋と同じくらいの部屋――内部施設や装飾を省いたものですが――を増設した場合、5,000ポイントが必要になります」
食パン1斤って幾らだ? 安いとこだとだいたい100円くらいで、高くても250円くらいとして、えーとだいたい10,000ポイントで30万から80万ってところか。当座暮らす分にはそこそこあるけど、本格的に腰を落ち着けるとなると心もとないな。
「そーいや、HPのほかにMPもあるけど、魔法とかも使えるの、もしかして?」
「ええ、スキルを覚えれば可能です」
キタ――――ッ!! 魔法キター!
最初に外を見たときに、ひょっとして『異世界トリップ!?』って思ったけど、そうだよな、異世界と言えば魔法だよなー!
これを覚えずして何の異世界かって言うの! なんだかオラ、わくわくしてきたぞ!
俺はいままでの鬱屈を忘れてガッツポーズをとった。
「それって簡単に覚えられるわけ?」
そう意気込んで尋ねると、ヤミは軽く首肯した。
「はい、人間の魔術師は呪文や触媒等が必要になりますが、マスターはDer Erlkönig――魔人ですので、スキルさえ覚えれば念ずるだけで発動が可能です」
よしっ!
「ちなみにすぐに覚えられる? だいたい何ポイントかかるわけ?」
「今すぐでも大丈夫です。初級魔術でだいたい1,000ポイントですね」
そう言いつつ開いたヤミの掌の上に、何枚かの初級魔法――『火魔法・ファイアー』とか『水魔法・ウォーター』とか『風魔法・ウインドー』『地魔法・ピット』などというお馴染みのもの――の一覧が浮かんだ。
うっ! だいたいどれも1,000ポイント――約3~8万前後か。
「けっこう高いな……」
ホイホイと買えるモンじゃないな。
「一度覚えると一生ものの財産ですので。――まあお試しレベルなら、5ポイントで覚えられる『腹踊り』『ダウジング』というスキルもありますけど?」
「そんなスキルはいらん!」
とは言え、せっかくの魔法だけど、現在の残ポイントを考えるとそう簡単に使うわけにはいかないか。
しかたない。しばらくポイントの配分とか考えてから、魔法を買うかどうか決めることにしよう……。
ため息をついたところで、ヤミが口を開いた。
「スキルのお話が出たので、現在のアカシャ様がお持ちのスキル、『迷宮創作』について説明させていただきます」
そういえばスキル欄にそんなこと書いてあったな。
「『迷宮創作』はその名のとおり、ダンジョンマスターがダンジョンを自在にカスタマイズするものです。玉座に座ったまま『迷宮創作』と唱えてみてください。目を閉じる必要はありません」
「『迷宮創作』――うおっ!」
言われるままにキーワードを唱えたところ、目の前に半透明なパソコン画面のような感じで、ダンジョン――この六畳一間を上から見た鳥瞰図みたいなのが浮かんだ。
「……なんか3D住宅設計ソフトみたいだなぁ」
脇のところに『外観パース』とか『床面積』『建築面積』『内装の変更』とか、アイコンで『furniture』『trap』『Monster』とか書いてある。
「実際、あまり変わりません。ただし、こちらは現実に反映されますが。――試しにちょっと適当な家具を、家具・備品欄である『furniture』に移動させてみてください。タッチパネルですので指先でドラッグ&ドロップさせれば大丈夫です」
「ふーん、使いやすいんだか、俗っぽいんだか・・・」
まあ家具って言ってもほとんどないんだけど、俺は取りあえず目の前のテーブル示す画面を指で触って、そのまま『furniture』のところへ移動させた。
「おっ――!」
その途端、目の前のテーブルがぱっと消えて、代わりに画面の『furniture』欄のところに『テーブル(安物)』が表示された。
うむ、やはり安物だったか。
「戻す時には再度、テーブルをクリックしてドラッグ&ドロップするか、『Restore』で復元させれば元に戻ります」
「ふむふむ……」
言われるままに再度移動させると、再びテーブルが現れた。
ちょっと位置がずれたかなと思って、指先で移動させるとその通りに動く。
なるほどなるほど。
で、しばらくテーブルをクルクル回したり、ベッドの向きを逆にしたりと遊んでいたんだけど、
「あれ? この椅子は動かないな」
「はい、この玉座は移動不能対象です。これこそこのダンジョンの中心であり、またその核である『Soul Crystal』はダンジョンマスターの生命線と言えます」
「ソウル・クリスタル?」
これかなぁ? という目で、俺は椅子の背もたれの天辺に付いている握り拳大の半透明な結晶を見た。
「はい、それがソウル・クリスタルです。これが万一破壊されたり、持ち去られたりした場合――」
深刻な声音のヤミの様子に、俺も唾を飲み込んだ。
「ダンジョンは崩壊し、アカシャ様も即死します。――ちなみにこの世界ではダンジョンはモンスターの巣窟として駆除対象ですし、ソウル・クリスタル自体も魔道具の材料や若返りの秘宝として高額で取り引きされていますので、冒険者等に見つかれば有無を言わせず破壊・略奪されます」
「…………マジ?」
「はい。ですのでここを絶対防衛圏として、第三者の侵入を防ぐようにダンジョンを作成されるようお勧めいたします」
……絶対防衛圏って、現状、外から玄関入って3歩で到達できるんですけど?
つまり現状、冒険者とかに見つかったら即アウトなわけね。
「はっはっはっ……」
思わず乾いた笑いが口からこぼれた。