地下2階 7部屋(その12)
「ヤミ~っ、ヤミさ~ん。運営から回答きてる?」
地下二階へ続く階段の途中で体勢を立て直した俺は、ダメもとで《ダンジョン投影》を使ってヤミに確認を取った。
『いえ、いまだに審議中とのことです』
目の前にひとつだけ開いた画面の中でヤミが忸怩たる表情で首を横に振る。
「つーか、あいつ俺の『Soul Crystal』の権利を譲渡しろ、とか言ってるんだけど、そんなこと可能なわけ!?」
『そんなことを! ――あ、はい。ダンジョン・マスター同士の合意があれば可能です。ですがそれはあくまで正式にダンジョンが稼働した後、《ダンジョン・バトル》として認められた場合に発生するもので、普通はそこまで行かずにポイントや、任意の物品を賭けに使う《ダンジョン・デュエル》で競う程度が普通です』
「あー、なるほど。経済戦争や圧力外交までが普通で、実際に戦争までするバカはいないってわけか」
『ええ。目下のところ〝教皇庁”という強大かつ共通の敵がいる状況で、いくら不仲とはいえダンジョン・マスター同士で殲滅戦をするなど愚の骨頂というのが共通認識です。まあ、中には力で連中に対抗しようと、無理やり中小のダンジョン・マスターを併合しようとする、アウトローなマスターもいることはいますが……』
「ん~、今回のアレッタは、そういう組織的な動きとは思えんな。なんか場当たり的というか、逼迫して追い詰められた風だったけど」
先ほどのアレッタとの短いやり取りを思い出して、俺はそう答える。
『とはいえ抜き差しならない状況には変わりありません。ここは無理を承知でリュジュさんにも出撃してもらって、総力戦に出るべきではありませんか?』
「いや、表でさえも危なかったんだ。限定された空間しかないいまのダンジョンじゃあ、狙ってくださいって言うようなものだ。それに――」
背後で跳ね橋が落ちる音がした。
どうやら《アイアン・ゴーレム》が斃されて、跳ね橋が下ろされたらしい。
刹那、細いながらもこちらに到達する剣線が何本も視えた。
「――うおっ、危ねえ!」
牽制の斬撃が飛んでくる前に、俺はその場からジャンプをして、地下二階――シリンダー構造になっている100mの断崖へ身を躍らせる。
「『飛翔』」
同時に飛行用のスキルを発動――と言っても習熟していない現在は、風船か下手なドローン程度にしか飛べないが――して、ふよふよと落下しながら、いまの地下二階のありさまを眼下に捉えつつヤミに答える。
「どうせこの場所にきても意味はないからな」
そう話す俺の視界一杯に、直径30m、長さ100mの空洞をびっしりと覆うように張り巡らされた、真っ白い蜘蛛の糸が目に入った。
「――ご主人様、このくらいでよろしいのでしょうか?」
いつの間にか俺と並行して飛ぶように、《アラクネ》のシノ(時間がなかったので、髪の色からギリシア語の『πράσινος(緑)』⇒『シノ』とした)が、天井から糸を垂らして付随している。
「おう、上等上等。あとは仕上げを御覧じろ……ってところだ」
「はあ。ですが糸をかけただけでよろしいのでしょうか? 私も戦闘に参加するべきではございませんか?」
「いや、あくまでサポートに徹していてくれ。アレッタがどんな奥の手を持っているのかわからないけど、なるべく糸の迷宮をこの形で取っておきたいからね。ぶっ壊されたらすぐに修繕できるようにしておいてくれ」
「……わかりました。ご健闘をお祈りいたします」
一礼をして、シノは手近な糸をその脚で掴んで、そのまま凄まじい速度でどこかへと姿を隠した。
一見すると規模こそ大きいが普通の糸に見えるこれも、かなり強靭な代物であることがわかる。
「よし、照明の光も最低に落としているし、あとは――」
その俺の呟きに応えるように、地下だというのに微風が頬を揺らす。
「《風の小妖精》たちも配置についたか。直接アレッタとぶつかる必要はない。手順通りに頼んだぞ」
それから今頃、ぶつくさ言いながら基底部分に水を張っているだろうフィーナを思って、闇と蜘蛛の糸で遮られて見えない、遥か下に視線をやろうとしたところで――。
「――っ!? な、なによ、これは。く、蜘蛛? 蜘蛛の巣??」
唖然としたアレッタの声が響いてきた。
どうやら地下二階の入り口にあたる部分へ到達したらしい。




