淡雪の少女④
ドラゴンの片方の翼を切断して、地面へ墜落したところへ間髪入れずにとどめを刺した――いや、刺そうと思ったところでドラゴンが回収され、代わりに丸々と大きなスイカが一玉ドロップされた。
「!?!」
ドラゴンの首を斬り飛ばすはずだった〈ノートゥング〉の剣先を止めるも、掠った衝撃でスイカは真っ二つに割れ、鮮血の代わりに赤い果汁を振りまく。
なにこれ!?
ふざけているのか、何かの罠かと思って、軽く二つに割れたスイカを〈ノートゥング〉でツンツンしてみたが、特におかしなことはなくスパスパ切れて、スイカ特有の香りを放つだけ。
お、美味しそう……。
それからいまさらながらにスイカなんて何年も口にしていないのを思い出した。
思わず生唾を飲み込んで、そそくさとその場にうずくまって、これ以上形が崩れないよう、雨に濡れないようにしてから、スイカを『インベントリ(中)』へしまい込む。
そうして改めてあたしは開いたままのダンジョンの扉――観音開きで、なぜか左手側しか開いていない。右手側にあるL字型のハンドルを動かしても何の反応もない――を潜って、おそらくはプレオープン状態になっているダンジョンの中へ足を踏み入れた。
入ったところは石の玄室みたいな狭い部屋で、雨のせいか湿度が高い。
……さっきのドラゴンの回収状況といい、おそらくはここのダンジョン・マスターはリアルタイムでこちらの様子を眺めていることだろう。
ここまで来たら顔を隠している意味もないか。
そう思って羽織っていた雨合羽(レアリティ☆☆の『ギリースーツ』)を脱いで、『インベントリ(中)』へしまう。
さて、ここからはいよいよ本格的な敵地だ。
あたしは用心のために〈ノートゥング〉はそのままに、玄室から下へ通じている石の階段を下りるのだった。
そうして、黒と灰色の目が回りそうな地下一階の回廊を延々と歩くこと一時間余り。
途中でトラップこそあったものの、これといってめぼしい魔物も現れず、延々といつまでも続く回廊の長さに辟易したところで、さすがに違和感を持った。
おかしい。いくらなんでも回廊が長すぎる。こんなの中規模ダンジョンでもあり得ない長さだ。到底、準備期間中のダンジョンの規模ではない。
どういうこと!?
と思ったところで、不意にひらめくものがあった。
まさかいま現在、ダンジョンの構造を変動させている?
普通なら仕様上あり得ない行為だし、あたしがダンジョン・マスターになった時には、冬場で立地の問題もあり、フルオープンまでほぼ完全に城を閉ざしていたからやったこともないけれど、もしかすると準備期間中は内部に侵入者がいる状態でも、内部構造に手を加えられるのかも知れない。
ならば……!
あたしはその可能性を思いつくと同時に、近くの壁に〈ノートゥング〉で穴を開けて、そこへ右手を突っ込んだ。そうして、久方ぶりに『迷宮創作(Lv5)』の魔法を全開にしてみた。
ここのダンジョン・マスターのLvが、あたしと同等ならこんな裏技はできないけれど、おそらくはあたしとはLv2~3は劣るはず。
ならばこちらからコマンドを入力して、ダンジョンの『Soul Crystal』を乗っ取るまではできないまでも、一時的にシステム障害を起こすことはできるはず。
そうなれば、『Soul Crystal』は異物であるあたしのコマンドを排除するため、一時的にダンジョンを初期の状態に戻すはずである。
案の定、他のダンジョン・マスターによる妨害など想定していなかったのだろう。
一時的にクラッキング・コードを挿入して、ダンジョンが初期状態に戻ったのを確認して、あたしは急いで腕を壁の穴から引き戻した。
さすがに相手もこれであたしの正体に、おぼろげにでも気付くだろうし、同じ手は使えないだろう。
あとは時間との勝負だ。
〈ノートゥング〉を手に一気に回廊を走破するあたし。
幸いにも罠の類いは発動せずに――もしかすると、もともと存在しなかった?――通路の行き止まり。明らかにボス部屋らしい広間に出た。
広間は二つに分かれていて、お互いの間には深い溝が刻まれている。向こう側の真ん中あたりに跳ね橋が上がった状態であり、奥にはさらに下へ降りる階段がある。
そして、手前の部屋には黒光りする《アイアン・ゴーレム》が一体いた。
つまりは、この《アイアン・ゴーレム》を斃せば、跳ね橋が下りて向こう側へ渡ることができ、そこから地下二階へ降りることができる……という趣向だろう。
「問題ないわね。《アイアン・ゴーレム》如き」
一刀の下で叩き伏せるつもりで剣を構えたあたしに対抗して、《アイアン・ゴーレム》が拳を構えた――そこへ、ふと、コツコツと階段の下から何者かが上がってくる足音がしてきた。
気になってそちらへ注意を払っていると、《アイアン・ゴーレム》の方も動きを止めて、こちらの様子を窺っている気配がする。
程なく、地下二階の階段を上がって、魔族らしい黒いローブをまとった若い男が現れた。
「――っ!」
一目見てわかった。このダンジョン・マスターだ。
年齢は二十歳くらいに見える。青紫の髪に切れ長の瞳、瞳の色は左右で金色と赤。そこそこ背が高くて端正な顔立ち――とは言えオフィウクスの派手さに比べると地味な印象がある――エルフのように長い耳が特徴で、ちょっと種族の特定は困難だけれど、なんとなくあたしと同じ東洋系……日本人っぽい印象もある。
その彼は、向こう側の亀裂のところで歩いてくると、亀裂を挟んだ反対側にいるあたしの全身を値踏みするように一瞥した後、
「――さて。招かれざる客人よ。何故、我が家に土足で足を踏み入れたのか、その理由を聞かせていただけるかな?」
そう、よく通る声で問いかけてきた。
この世界のニンゲンが使う共用語ではない。魔族が日常的に使う――ダンジョン・マスターとして転生した際に、自動で叩きこまれる――『カオス・ランゲージ』である(いまではあたしも思考そのものが、これに置き換わっているので、日本語や共用語を喋る際には一旦頭の中で翻訳する必要があるくらいだ)。
「っう――!」
予想はしていたものの、やはりあたしの正体に気付いているのかと、思わず唇を噛んだ。




