地上1階 1部屋(その3)
まったくストーリーが進みませんw
_l ̄l○←の姿勢で打ちひしがれる俺の手を取り、
「気を落ち着けてくださいマスター。取りあえず、そのあたりのことも含めてご説明いたしますので、まずはお座りください」
そう言ってヤミは例の椅子に座るよう促し、自分はテーブルを挟んだ向かい側の椅子にちょこんと座った。
このテーブル、ベッド同様元々自室にあったものからサイズだけは同じで、いつの間にやらちゃぶ台よりも粗末な木のテーブルに替わっていた……まあそれは良いんだけど、とにかく作りが甘くて中学生の日曜大工仕事とどっこいレベル。
なもんだから、やたら重厚な椅子に座っている俺と対比すると、何やら背徳的というか……主人と奴隷プレイのような痛々しいビジュアルで、どうにもいたたまれずに尻が落ち着かない。
「……あー、なんかこの構図だと俺偉そうだから、ベッドにでも座り直そうか?」
そう思わず提案してみるも、
「とんでもございません。その椅子はマスタールームの心臓部。その主はマスターのみでございます。この体勢が御不快とおっしゃるのなら、私は床に座り直します」
本気で床に正座しようとするヤミを必死に止めて――これ以上、俺のライフを減らさないで!――引き続き、テーブルを挟んで椅子に座ったまま、話の続きをしてもらうことにした。
つーか、『本の時には椅子の上に乗ってたじゃん』という感想も浮かんだけど、ツッコミ入れる気力もなかったので、そのまま妥協して続けてもらう。
俺が了承したと見たのか、ヤミが「よろしいでしょうか?」と確認してきたので頷いた。
「まずは……そうですね、マスターが昨夜インターネットで『ダンジョン・マスターになろう!』というサイトを開いたのを覚えていらっしゃいますか?」
「なろう……なろう……そのまんまの名前のサイトだなぁ」
とは言えなんとなく思い出してきた。
確か短期バイト(なんだったかは覚えていない)が終わったので、他のバイトがないかと思って、ネット情報と睨めっこしてたんだが、その時になにかのリンクを踏んで、そのサイトへ飛ばされたんだっけ。
んで、謳い文句が『君の人生をかけて異世界でダンジョン・マスターになり、一国一城の主を目指そう!!』という頭悪そうなもので、某箱庭の中の都市開発ゲームの類いかなんかかなと思って、暇つぶしに適当に登録したんだっけ……って、をい、まさか!!
まさか、違うよね?……と一縷の望みをかけて視線で問いかけると、ヤミはにっこり笑った。
「はい、ここがご要望のマスターのダンジョンです」
あああああああああああっ、やっぱりかよ――――――っ!!!! 自業自得とはいえ、とてつもない悪質な架空請求か美人局に引っかかった気分だ、これ!!
「――って、ちょっと待て! 仮に……仮にだ、いまの話が本当だとしても、ダンジョンって普通地下にあって、広大な迷路とかモンスターがいるもんだろう!? なんでこんな地上一階、六畳一間なわけだよ?! 過大広告もいいところだろう! なしだなし、取り消せ! 俺を戻せっ!!」
「そう言われましても、サイトの警告文及びわたくし――『Dungeon Manual』にも、『クーリングオフできないケースとして「ダンジョンの備品及び消耗品を使用もしくは一部消費した場合」に該当する。』とありますから、すでにマスターは対象外です」
困った顔で俺の方へ差し出されたヤミの掌の上――宙に浮かぶ形で、その内容の警告文が表示された1ページの紙片が浮かび上がった。
「いやいや、俺まだなにも使ってないぞ……てゆーか、何もないだろうこの部屋?」
ガラーンとして見事になにもない部屋を差すが、ヤミは「残念ですが」とゆっくり首を横に振った。
「蛇口をひねって水を使いましたので、すでに水道代が発生しています」
「ちょっと待てぃ! その程度で消費した部類にはいるのかよ!?」
暴利だ! 悪辣すぎる! どこのブラック企業だ!?
「そうは申されて、消耗品の一覧にもその旨が書いてありますし……そちらもご確認いたしますか?」
開かれた掌の上に別なページが浮かんだけど、俺はため息をついて手を振った。
というかあきらめた、どうせなにを言っても無駄なんだろう。
「……取りあえず、状況はだいたいわかった。けど、このショボイ部屋でダンジョンを名乗るのは、いくらなんでもおこがましいだろう?」
「まあ『Dungeon』の語源は『地下牢』なので大きさ的にはあながち間違いでもないのですけど……」
「おい、ここでいきなり原点準拠か?!」
つーか、人が住んでいた部屋を指して牢屋扱いかよ!
「いえいえ、単なる前置きです。この大きさになったのには勿論理由がございます」
「理由……?」
またくだらない理由じゃないだろうな。
「ダンジョン・マスターになられる方は、その世界での今後の人生をポイントに換算して、そのポイントで初期ダンジョンを作成するわけです。ですからこの大きさになったということは――」
「うおおおおおぃ! 俺の人生がこれだけの価値しかないってことかよ!?」
俺の魂の慟哭にしばし目を泳がせたヤミだが、観念したのかコクリと頷いた。
「……はい。そういうことです」
ショボ! 俺の人生ってこれだけの価値しかないの!? いくらなんでも過小評価なんでない?!
「なにしろ学生で定職についているわけでもなく、資産家なわけでもなく、突出した才能があるわけでもなく、貯金があるでなく、何か目に見える実績があるでなく、取り得といえば健康なくらいで……あ、計算上、将来性とか可能性などという不確定要因は排除してあります。――なので、このあたりが妥当なのではないでしょうか?」
淡々と、指折り数えて俺の心に次々と言葉の刃でクリティカルなダメージを与えてくれるヤミ。
「それとマスターの記憶がない理由は、あちらの世界での人生がなくなったのに併せて、この世界でダンジョン・マスターの座につかれたことで、マスターが人間から『Der Erlkönig』に変貌したことによるものです。相互の世界の修復力で、マスターの存在が改変されたことによる副産物です」
うおおおおっ、ジ〇ジ〇! 俺は知らないうちに俺は人間をやめてたぞ――!!
「つーか、『Der Erlkönig』ってなんぞ?」
「う~ん、日本語に翻訳する場合には適当な逐語訳がないですね。無理やり近い概念で言うなら『魔王』『妖精王』といったところでしょうか。もっともサンショウウオに対するオオサンショウウオくらいの差で、あくまで種族としての呼称となりますが…‥‥」
多分、俺の理解力に合わせて身も蓋もない表現でぶっちゃけてくれたのだろうヤミの説明に、
「……つまり、オオサンショウウオがサンショウウオを統率するわけでないのと同様、名称は魔王でも魔族を統率しているってわけではないって意味か」
「ほぼその理解で正しいかと」
要するに妖怪だか魔物だかの上位種って意味合いしなないってことだ。
「……てことは、俺個人の記憶も名前も、そもそもがもうないわけ?」
「ありません。ご自分で新たに命名されることを推奨いたします。――ちなみにわたくしがご主人様に命名することはシステム上不可能ですし、また第三者に命名されますと『真名』を知られ、呪術的に生殺与奪権を明け渡すことになりますので、避けられた方がよろしいかと思われます」
今度は自分の名前を考えないといけないのかよ……。
つーか、知らないうちに未来を売り渡し、過去を奪われ、その代価にこんなチンケな部屋を与えられた俺なんて空っぽもいいところじゃねえか。
空……カラねえ。虚無……。
「……虚空」「はい?」
怪訝な様子で首を傾げたヤミに向かって、俺は思いついたままをぶっきらぼうに口に出した。
「俺の名前だ。空っぽって意味だ」
もうちょっと吟味したほうが良いのかも知れないけど、なんとなく空っぽの俺にはこの名がピッタリの気がした。
「――『虚空』。サンスクリットのアカシャの和訳。古来インド及びペルシアでは、万物が存在する空間及び世界を構成する要素としての重要な概念の一つである地・水・火・風の〈四大〉に虚空を加えた五元素を哲学の基本にした。なるほど、良きお名前です。では、みだりに虚空様の真名を明かさぬよう、登録上の名称である『虚空』様とは別に、普段はアカシャ様とお呼びいたしますね」
嬉しそうに微笑むヤミ。
なんか適当に付けた自分の名前だったけどど、思った以上に大仰な意味合いを後付けでつけられてしまった。
「それではアカシャ様、登録の確認と説明の続きを行わせていただきます。玉座へお座のままステータスの確認のため、いったん目を閉じてください」
言われるまま目を閉じると、覚悟していた通り頭の中に例の文字列が浮かんできた。
----------------------------------------------------------------------------
Name:虚空(通称:アカシャ)
Rank:Dungeon Master
Class:Der Erlkönig
Level:1
HP:1000/1000
MP:1300/1300
Status:
・STR 50
・VIT 55
・DEX 45
・AGI 45
・INT 60
・LUK 7
Point:9999/10000
Skill:『迷宮創作(Lv1)』『召喚魔法(Lv1)』
Title:『異界の魔人』
Privilege:レアリティ☆☆☆以上魔物ガチャ(1/1)
----------------------------------------------------------------------------
「お名前が変更になっているのが確認できると思いますが?」
俺は目を閉じたまま頷いた。
「それが現在のアカシャ様のダンジョン・マスターとしての能力値等になります。これは今後、ポイントを貯めるたり、経験を積んだりすることで上昇いたします」
「ポイントってなんだ?」
「ポイントを消費することで、ダンジョンの拡張やスキルの習得、消耗品の補充などあらゆることに利用できます。現在あるポイントは、このダンジョンを作成した際の余剰分です」
「……なんか既に1減ってるんだけど?」
「水道を使った分が差し引かれています」