地下2階 7部屋(その5)
《スードウ・ゴブリン》というのは、身長130㎝ほどで基本素っ裸。
手製らしい石器のハンマーや槍を持った醜悪な――しわくちゃのグ○ムリンと痩せたジ○゛バザ○ットを足して、紫色に染めたような――小人であった。
どうやら先にダンジョンの入り口を覗いていたのは一部の斥候だったらしく、一時間ほどしたところで三十匹ほどの群れを率いた本隊がやってきた。
群れを率いているのは身長160㎝ほどとひと際巨躯の《スードウ・ゴブリン》である。
「……と言っても所詮は《スードウ・ゴブリン》か。持っているのも石器を尖らせたハンマーみたいだし」
出入り口から100m圏内に入ったため《ダンジョン投影》で確認できた映像をもとに、そう結論を下す俺に対して、ヤミが油断禁物とばかり、
「ですがあのボスらしい個体の持っている石器の材質は黒曜石のようです。加工の仕方にもよりますが、鋭利に尖らせた黒曜石の貫通力は、鉄器をも上回るというデータがございます」
そう言って注意を促すのだった。
「まあ、そのあたりは元女蛮族である《スケルトン》の方が詳しいじゃろう。当時は鉄器なんぞ滅多に使えるものではなかったので、もっぱら石が武器の主流であったからのぉ」
大きくした水瓶に背中を預けるいつもの姿勢でリラックスしながら、フィーナが画像を見上げて事も無げに口にする。
「でも、大丈夫なんですかねー。私たちがここで見ているだけで……。見たところ戦力差は三倍ありますけど~」
と、リュジュも心配そうに眺めながら、チラチラと俺の方に視線を向けてくる。
心配はしているけれど、自分が助けに行くのではなく、俺に何とかしてくれという〝察して”攻勢をするところが、リュジュならではだ。
――ウザっ!
まだしも自分に関係ないと超然としているフィーナの方がマシである。
とりあえず難聴鈍感系主人公になったつもりで、
「まあ、《スケルトン》たちが、やる気になっているんだ。下手に手出しをしたらプライドを傷つけるだろうし、せっかくの経験値も無駄になるから、できる限り横槍は入れない方向でお手並み拝見と行こう」
そう言い聞かせる。ちなみにどこの国の軍事教本でも、敵と味方の戦力差が倍になった場合には、戦うよりも逃げることを優先させるのがセオリーであった。
なお、今回は相手のLvが低いお陰か、《ダンジョン投影》の画面越しでも双方のステータスを確認することができた。
一例としては――。
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Name:-Nameless-
Rank:Skeleton-Leader
Class:Undead
Level:1
HP:28/28
MP:17/17
Status:
・STR 29
・VIT 18
・DEX 18
・AGI 17
・INT 17
・LUK 10
Skill:『剣技(Lv3)』『騎乗(Lv2)』『統率(Lv2)』『弓術(Lv2)』『槍技(Lv2)』
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という感じで、飛びぬけてステータスに瞠目するところはないが、非常にバランスの良い骨と言えるだろう。
他の《スケルトン》たちも召喚したばかりなので、押しなべてLvは1だが、その分スキルと自分の職業に該当するステータスはなかなか高くて達者なのがよくわかる構成だった。
対する《スードウ・ゴブリン》のステータスだが、
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Name:Ngaga
Rank:Barbarian
Class:Pseudo-Goblin
Level:6
HP:15/17
MP:1/1
Status:
・STR 12
・VIT 9
・DEX 6
・AGI 5
・INT 2
・LUK 3
Skill:『悪食(Lv3)』
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こんな感じでだいたい全部が同じくらい。
数字だけ見ると、単純な能力と数ではいまのところほぼ同等といったところだが、スキルの差や練度からいって、《スケルトン》たちのほうがやや有利といったところか。ただ、一匹だけいるボス格の《スードウ・ゴブリン》のステータスが他の奴らより倍近く高く、知性も10あるところが不確定要素だ。
下手をすれば、コイツ一匹に情勢をひっくり返されかねない。
そうこうしているうちに、
「一階の出入り口部屋に《ダンジョン・ムーブ》で転送させましたけれど、どうやら《スードウ・ゴブリン》たちが中に入ってこないように、出入り口を固めて籠城戦を挑むようですね。賢明な判断かと思われます」
ヤミが配置に着いた《スケルトン》たちを眺めながら、そう現状を分析した感想を口に出した。
「あぁ……一般的に籠城戦の場合は、三倍の兵力まで耐えられるって漫画に描いてありましたからね~」
リュジュが、自分は博識だぞーというドヤ顔で聞きかじりの知識を口にする。
「ふん。そんなものは机上の空論じゃ。こういう限定された空間では、数が多い方に押し切られると相場が決まっておるわ!」
阿呆らしいとばかりフィーナが断定したところで、ダンジョンの出口が開いているのに興奮した《スードウ・ゴブリン》たちが、先を争って出入り口に殺到してきた。
「《スードウ・ゴブリン》たちにとって、ダンジョン内部の魔力に満ちた素材は御馳走です。さながら目の前にお菓子の家が建っているようなものですから、目の色を変えるのも当然ですね」
ヤミが嫌悪感もあらわに吐き捨てる。
と、先頭の《スードウ・ゴブリン》がダンジョンの入り口20mまで近づいたところで、扉の陰に隠れていた《スケルトン・アーチャー》たち三人が、姿を現すのと同時に一斉に矢を放った。
放たれた矢は、一発の無駄もなく《スードウ・ゴブリン》の急所を射抜いて即死させる。
もんどりうって倒れる《スードウ・ゴブリン》たち。後続がそれに足を取られたり、慌てて急制動をかけたところを、さらに追撃の矢を放って、五匹六匹とたちまち十匹もの《スードウ・ゴブリン》を仕留めてみせた。
「やるじゃないですか! これなら――」
この光景を前に歓声を上げるリュジュだったが、フィーナは面白くもなさそうに鼻を鳴らして、
「いや。これで警戒されたわ。それに矢とて無限にあるわけではなかろう? さりとて、《スードウ・ゴブリン》の死体から回収するわけにもいかぬ――ぬっ。あの手で来おったか!」
刮目する先では、《スードウ・ゴブリン》のボスの指示に従って、死んだ仲間の死体を盾にして、群れの残りがじりじりと出口へ向かってくる。
相手が非力な《スケルトン》と見て、多少の犠牲は覚悟の上で、乱戦に持ち込む腹なのだろう。
その狙いを察して《スケルトン・アーチャー》たちは、重点的にボスを狙うのだが、さすがはボスと言うところか、飛んできた矢を石器で叩き落とし、手足に刺さる程度は無視して、先頭に立って鼓舞する。
それによって勢いを取り戻した《スードウ・ゴブリン》たちが、ついにダンジョンの出入り口10mの地点まで押し返してきた。
このままでは突破される。
そう固唾を飲んで見守っている俺たちが、思わず腰を浮かしかけたところで、盾を構えた《スケルトン・リーダー》を先頭に、槍を構えた《スケルトン・ライダー》が両翼を守り、さらに隣に《スケルトン・ウォーリア》三人が同じく楔型の陣形を取り、後衛に《スケルトン・メイジ》を守る姿勢で《スケルトン・アーチャー》が補助に付いた。
「お、ドイツ軍が生み出した装甲戦術だ」
時代的に彼女たちが知るわけがないので、古代の戦場において自然と会得した戦法だろう。
思わず感心したところで、《スケルトン》たちが反撃に転じた。




