地下2階 7部屋(その4)
【アマゾーン】[複数形:アマゾネス]
かつてアマゾン海(黒海)沿岸に暮らしていた母系狩猟民族。
神話によれば、ヘラクレスとテーセウスがアマゾネスの国に攻め込んだ。後にテーセウスが治めるアテーナイ国へアマゾネスが総力戦を挑み、これに敗れて滅亡したと伝えられている。
ちなみにテーセウスの妻の一人は、フィーナの実姉である《水の神霊》アイグレーである。
以上、懇切丁寧に自分がアイグレーの妹の《水の神霊》であることも含めて、アマゾネス(の骨)の前で滔々と語ったフィーナ。
当事者であるアマゾネスの成れの果てである《スケルトン》たちは、特に反応することなく虚ろな眼窩で、ボーっと因縁の相手であるフィーナを眺めているが、なにしろ白骨なので表情がわからないから、単に傾聴しているだけか、内心の怒りを押し隠して睨みつけているだけか区別がつかない。
とはいえどう考えても友好的な間柄とは言い難い両者――ましてほぼ当事者同士――を間に挟んで、俺とリュジュは二人揃って、
「「オワタ\(^o^)/」」
と、事態の深刻さに揃って乾いた笑いを放つしかなかった。
とは言えいつまでも現実逃避していても仕方がないので、可能な限り愛想良く突っ立ってる《スケルトン》たちへ、契約について……なるべく穏便にお引き取り願うために話しかけた。
「えーと、俺が君たちを召喚したこのダンジョンのマスターであるアカシャだ。それで、だ。条件面での折り合いについてだけれど、まあ君らも人間関係が殺伐とした場所で働きたくはないだろうから、今回は縁がなかったということで――」
そう言いかけたところで、鑑定で《スケルトン・リーダー》と表示された、剣と円形盾を持った《スケルトン》のひとりが手を挙げた。
「はい、どうぞ」
慣れた感じでヤミが挙手した《スケルトン・リーダー》に発言を促す。
「…………」
いや、何を言っているのかわからんって。
「〝契約をしないということだが、それは我らが契約するに足りないと判断してのことか?”と言っています」
カタカタとカスタネットのように顎を上下に動かして捲し立てていた《スケルトン・チーフ》の言葉を、ヤミがその場で同時通訳してくれた。
「戦力がどうこうじゃなくて、相互連携の問題だな。敵国の総大将と親戚関係にある《水の神霊》がいては、わだかまりや禍根があるだろう? 職場の人間関係がギクシャクしては、ダンジョン全体が有機的かつ柔軟に動けない可能性がたかいから、そのリスクを減らしたくてそう言ったんだけど?」
「うわ~……はっきり言いますねぇ……」
私にはできないなー、とボヤくリュジュだが、問題がある場合には下手に曖昧にしないで、キッチリ要点を言っておかないと、余計にややこしくなるものだろう。
「妾は別に気にしておらんぞ。未開の部族の雑兵如き……それにテーセウスも大した男ではなかったゆえ、姉上もさっさと別れたしのぉ」
鷹揚といえば鷹揚なのだが、相手に対する気遣いゼロで、とことん喧嘩を売っているようにしか思えないフィーナの発言に、一触即発の事態を想定してリュジュが頭を抱えた。
とりあえず《スケルトン》たちが暴れ出したら、床に穴を開けて隔離しよう。そういつでも操作できるように準備しながら、《スケルトン・リーダー》のカタカタという返事をヤミに通訳してもらう。
「〝勝敗は世の常。我らは同族同士でも互いの名誉と誇りを賭けて戦いを繰り広げていた。負けた者は弱かったに過ぎぬ。自身の力不足を悔やむことはあっても、勝者の栄誉を穢し嫉むことはない。”と言っています」
「ほーっ、戦士らしく潔いねー」
と、口では賛嘆の言葉を発しながら、内心では『胡散くさっ。綺麗ごとばかりで信用できない。人間ドロドロした感情もあってそれを理性で折り合いをつけるもんだろう? こういう社会・情操教育で感情に蓋をされた連中って。ぜってー後から問題を起こす典型だな』と、本音を見せない《スケルトン・リーダー》の態度に、はっきりとした不信感を覚えた。
「それと〝我々がいままで契約を完了できなかったのは、我らを呼び出した召喚者が、我らの体躯や女蛮族という由来を軽視したが故である。確かに我らは屈強な男に比べて膂力こそ劣るものの、その力量は決して男たちに劣るものではない。”とのことです」
「うん、なるほど。わかった」
まあ普通に考えれば《スケルトン》という種族で華奢な骨はいらないわな。
納得した俺は《スケルトン・リーダー》に向かって、にこやかに結論を伝える。
「やっぱいらないわ。今回の召喚はなしということで――」
「〝な、なぜだ!? あなたも我らを女とみて軽んじているのか?! だが、あなたの周囲にいるのは女性ばかりではないか!”とのことです」
必死に食い下がる《スケルトン・リーダー》(の言葉を通訳するヤミ)。
「いや、女だからとか、女蛮族だからとかではなく、あんたら本音で喋ってないだろう? おためごかしじゃなくて、こーいう理由だから協力するとか、そういう部分が見えない以上、メリットよりもデメリットの方が大きいと判断したんだ」
「〝我らは戦士として戦いの場に臨む覚悟で――”」
「単なる戦闘狂? だったらグループに拘らなくて、ソロで契約すりゃいいじゃん。グループで雇われたい理由があるんじゃないのか? そこら辺を最初に話してもらえれば、俺としてももうちょっと柔軟な態度が取れたんだけどな。そちらが信用していない以上、俺も譲歩できない。以上だ」
そう言い放つと、《スケルトン・リーダー》は目に見えて気落ちして、がっくりと項垂れた。
「…………」
「――で、召喚解除ってどうするんだ?」
「わたくしのページの《スケルトン・ユニット》の項目にタッチして、〈解除〉と唱えれば破棄されます」
返す言葉を失った《スケルトン・リーダー》を尻目に、《スケルトン》たちの召喚を破棄しようと、マニュアルと相談していた俺。
そんな俺に向かって、とりわけ小柄な《スケルトン・メイジ》が一歩前に進み出てきて、何やら必死に訴えかけてきたのだった。
「――ん?」
「〝待ってください。リーダーは元はといえば、あたしたちのために肉体を取り戻そうと、そのためだけに頑張ってくれたんです”と言っています」
「肉体? 何それ?」
「〝あたしたちのような低位のアンデッドは、大量の経験値とポイントさえあれば、肉体を持ったアンデッドになれると聞いています”――ああ、『存在進化』ですね」
そう言ってヤミが付け加えた解説によれば、
「レアリティの低い魔物がLv99になった場合、必要なポイントをマスターが負担することで、魔物をよりレアリティの高い存在へバージョンアップすることが可能です。例えば☆1の魔物であれば1万ポイントで☆2へ、☆2なら10万ポイントで☆3へ、☆3なら100万ポイントで☆4へ、☆4から1000万ポイントで☆5までですね。☆5が『存在進化』の上限となります。とはいえ、どう進化するのかはランダムの要素が強いですし、それなら適性ポイントを払って最初からレアリティの高い魔物を召喚した方がコストもかからないので、あまり実行するマスターはいませんね」
とのことである。
「ふーん、つまり[雇用条件:バラ売り不可。召喚後要相談]ってことは、そのあたりの折衝がいままで上手くいっていなかったってことか」
「まあ当然でしょう。それに『存在進化』が目的となれば、おそらくは経験値の分配にも口出ししてきたでしょうし」
ヤミの指摘が図星だったのか、《スケルトン》たちはきまり悪げに、頭蓋骨を見合わせてその場でもじもじし始めた。
……これ肉と皮が付いていたら乙女が恥じらう姿で可愛いのかも知れないけれど、現在の白骨集団がカラコロと音を立てて蠢いている姿は、単なる死霊の踊りにしか見えない。見ていると呪われそうだ。
「経験値の分配?」
とりあえずヤミの方を向いて話を戻す。
「はい、ダンジョン内で味方に所属する魔物が敵を斃した場合、デフォルトの設定ですとマスターと斃した魔物とで、5:5の均等に経験値が分配されますが、マスターの操作で7:3や甚だしい場合は10:0にすることも可能です。ですが、彼女たちの場合は少しでも経験値を多く分配してもらえるよう交渉したのではないでしょうか?」
その言葉におずおずと頷く《スケルトン》たち。
「ははぁ……そりゃ、どことも契約できないわけだわ」
《スケルトン》って基本的に使い捨ての雑魚というのがダンジョン・マスターの認識らしいし、俺だってそう思っていたのだ。そんな面倒な条件を出されたら、誰だって『(゜⊿゜)イラネ』となるだろう。
「つーか、なんでそんなに肉体に拘るわけ?」
「〝それは――”」と、一瞬言い淀んだ《スケルトン・メイジ》だが、気を決して言い放った。
「〝甘いものをお腹いっぱい食べたいからです!”」
「〝鎧ばかりではなく、今風のお洒落がしたいんです!”」
「〝酒よ! 今の世の中の美味しいお酒を浴びるほど飲むぞ!”」
「〝次こそは筋肉質な腕ではなくて、細くてすらりと日焼けしていない腕に!”」
と《スケルトン・ウォーリア》たち。
「〝男欲しい、男! 彼氏が欲しい~っ!”」
「〝そうそう。女と生まれたからには、男と付き合いたい”」
「〝できれば最後の一線まで……ぐへへへへっ”」
必死にアピールする《スケルトン・アーチャー》たち。
「〝フワフワモコモコした動物を愛でるにゃー!”」
「〝遊びた~い。全然遊ばないで終わったもん”」
そう言う《スケルトン・ライダー》たち。
そうして《スケルトン・リーダー》はと言えば、
「〝くっ、私だってそろそろ結婚して、子供のひとりふたり授かっていたかも知れないのに……”」
慙愧の念に震えていた。
つーか、さっきまでの重厚さや悲壮感はどこに行った!? まるで女子校の教室じゃないか。シリアス仕事しろ! と、思わず椅子に座ったまま頭を抱える俺。
「面白い連中じゃのー。滅びたのが惜しいわ」
そんな彼女たちの主張を前に、フィーナがカラカラと笑い、
「なんか気が合いそうですね~……」
リュジュも楽しげである。
「どうしますアカシャ様。〈解除〉しますか?」
そうヤミに確認され、これで無碍にしたら俺ただの嫌な奴じゃないか……とため息をついて、
「……条件は侵入者の抹殺と周辺の警備。見返りとしてLv99になったら『存在進化』を行う。経験値分配比率は、俺3で各自7でどうだ?」
そう契約を持ち掛けた。
一瞬、呆けた様子で棒立ちした《スケルトン》たちだったが、すぐに沸き立って歓喜の踊りを踊り始める。いや、怖いって。
辟易しながら踊りを辞めさせ、速やかに契約を済ませたところで、《スケルトン・リーダー》が片膝を突いて、俺に向かって恭しく頭を下げた。
背後に部下の《スケルトン》たちが付き従う。
「〝感謝いたします。この身が粉々に砕けようとも御屋形様にこの剣を捧げます”とのことです」
「ああ、頼むよ」
そんな俺たちのやり取りを横目に、出しっ放しの《ダンジョン投影》の画面を食い入るように見つめていたヤミが、
「――どうやら、早速その実力を見せてもらう機会が来たようですね」
そう言って画面の一つを指さす。
言われて見た先では、泉もなくなり誰もいなくなったダンジョンの入り口を覗き込む、醜悪な顔立ちをした紫色の肌をした矮人の姿があった。
「「なんだ(じゃ)あれは……?」」
「きもーい……化け物だわ」
俺とフィーナが声を揃え、リュジュがおぞ気を振るって嫌悪感を露わにした。
「《スードウ・ゴブリン》。かつて他のダンジョンから逃げ出したゴブリンが、短いサイクルで共食いをして世代交代を繰り返した挙句、突然変異的にこの世界に順応した種です。この世界の住人の《魔臓》やモンスターの《核》を食べることで代謝に当てることができる他、ダンジョンの魔素――特に『Soul Crystal』を好物にしていますので、ダンジョンにとってはシロアリも同然です。似たような《スードウ・スライム》ともども優先駆除対象ですので、駆除するとポイントも高いですので、殲滅することを推奨いたします」
ヤミも珍しく不快感も露わに吐き捨てた。




