地下2階 7部屋(その1)
「雨がふるよ雨がふるよ、娘さん♪ 雨がふるよ雨がふるよ、娘さん♪」
降りしきる雨の中、リュジュがダンジョンの出口前でクルクルと楽しそうに踊りながら、素朴な歌を歌っていた。
それに合わせて気のせいか雨脚が激しくなって、足元の地面もぬかるんできたような気がする。
「ふむ、この調子であれば二月もあれば湖自体は発生するであろうな。その後は水量を調整して、当初の予定の大きさに整えようぞ」
「急に水が増えると周りの生態系への悪影響が懸念されますので、あまり急がずに、もともとの自然にご配慮をお願いいたします」
「ふん。妾を誰と心得る? 異なる世界の自然とはいえ、水と風は変わらぬ。ならば神霊たる妾に手抜かりなどあろうはずもないわ」
性急に事を運び過ぎて不自然にならないように、一言注意するヤミに向かって、傲然と自信のほどをのぞかせるフィーナ。
「それに、それほど心配であるならこの周囲100mのみならず、もっと手を広げてこの周辺の大地をダンジョンの勢力下に置けば問題ないであろうに?」
トントン、と軽く地面をつま先で叩く。
フィーナが言うように、念のためにここダンジョンの出入り口100m四方は、現在はダンジョンの勢力圏――平たく言えばダンジョンの一部という認識になっている。
そのためこの場所で狩りをしたり、モンスターを斃すなどをしてもポイントが入る仕様になっているのだ。
「それはそれで難しいのですよ。ダンジョン内部の壁や床に不純物を取り込んで浄化する機能が備わっているのと同様に、土地をダンジョン化すると同様の環境保全機能が働いて、その場所に元から存在していた動植物は異物と見なされ、自動的に排除されます。おおよそ三~五日ほどのサイクルで浄化機能は働きますので、動物やモンスターは異変を感じて逃げるでしょうけれど、植物はそうはいきません。種から微生物まで根絶やしになりますので、結果不自然な禿山か砂漠がその一角にできることになり、目立つことこの上ありませんから」
「ん? 普通に草も木も生えておるではないか?」
怪訝な表情で、ぐるりと周りの広葉樹林と様々な雑草や、シロツメクサなどの可憐な花々を見回すフィーナ。
「ここに生えているのはすべて、地球の南部ヨーロッパ圏内にある植生を再現したものです。素人目には周りの森と変わらないようですが、実態は限定的とはいえ現地人が言うところの『死の森』を生み出したわけですので、見る者が見れば一目瞭然です」
「む――」
自信満々で自然のスペシャリストを自称した《水の神霊》が、あっさりと揚げ足を取られて、きまり悪げに咳払いをしてそっぽを向いた。
「ですので、オープン前に隠蔽のしようがない地表部分をダンジョン化するのは、小なりとはいえリスクがあることをご留意ください」
続く言葉はこの場所をダンジョン化する提案をした俺に対する注意喚起だろう。
「わかっている。とはいえ、万一にも水没しないようにこの場所を堅持するには、他に確実な手はないからね。支払うべきリスクとしてある程度甘受するべきだろう」
ヤミもそのあたりの説明は何度も聞いて、最終的には折れたのだが、やはり万一の際の懸念は払拭できないようだ。
「――まぁ。とは言え俺もまさかダンジョンがそこまで徹底的に、現地の生態系を排除する機能が付いていて、ダンジョン・マスターでも解除不能とは思わなかった。少しばかり計算違いだったな」
机上の空論とはまさしくこのことだ。やはり何事も実際にテストしてみないと、土壇場で何が問題になるかわかったもんじゃない。
実際、まさか地表をダンジョン化した瞬間、その区域に生えていた木や草がズブズブと溶けるように――実際にその通りで、多少なりとは言えポイントに還元された――徐々に地面に食われていく姿は、結構傍目にも猟奇的な姿だった。
「とはいえ今回のことで問題になる仕様は分かったので、後で修正を加えておこうと思う」
「と、おっしゃいますと?」
小首を傾げるヤミに、
「地表を含めてではなく地下3m程度以下からダンジョンの勢力圏とする。上物だけは、どこからか現地の植物を持ってきて植えておけば不自然にはならないだろう?」
要するに都市部の人工緑地帯だな。
表面を取り繕ってあたかも天然自然の森のように見せかけるわけだ。
「……おぬしはようもまあ、毎回毎回そういった悪知恵が働くのぉ。参謀向き……いや、どちらかと言えば詐欺師向きじゃ。ある意味感心するわ」
感心というよりも呆れたようにフィーナが細い首を左右に振った。
一方、ヤミの方は素直に感心したようで、
「――なるほど。それなら上辺を取り繕うことも可能ですね。問題はそこで人や動物、モンスターを斃してもポイントになるかどうかですが……」
「そんなのは簡単だ。ダンジョンのある層まで穴掘って埋めればいいんだから」
「あ……!」
「……つくづく抜け目がないのぁ」
盲点という表情で口元に手を当てるヤミと、ほとほと呆れたとばかり嘆息するフィーナ。
「まあ、いちいち穴を掘るのも面倒なので、半殺しにした状態でまとめてダンジョン内に持ってきて放置する……という手もあるけど。ほら、確か結構なポイントを使って荷物とかを、亜空間に収納するスキルがあっただろう?」
そう水を向けると、ヤミは困ったような表情で、
「スキルの『インベントリ』ですか? 確かに取得すれば、常時荷物を亜空間に収納しておき、収納中は時間経過も何もありませんが、生き物を入れておくことはできません。というか、入れると死にます」
漫画とか小説ではなぜかそういう設定になっているけど、なんでそんな制限があるんだ?
「ふーん。この場合の生き物の定義は?」
「遺伝子を持っているかどうかです」
「……その理屈だと。肉とか野菜とかの食料品も収納できないってことになるんだけど?」
「いえ、その場合は内部処理を施されて遺伝子が完全に破壊された状態で再現されますので、栄養素などは大丈夫です。逆に言えば、それによって生きた生物はひとたまりもないということです。ちなみに(小)で25,000ポイントが必要ですが、体積2,000㎥、水なら2tまで収納可能です。(中)で600万ポイント、体積25,000㎥、一般的な水道施設の給水タンクかタンカーのホッパー並みですね。(大)で8,000万ポイント、1億㎥で日本国内にあるダムの有効貯水容量に匹敵します」
「ふーん、そのあたりも環境保全のための安全装置の一環ってことか……」
「そうなります」
運営としては徹底的にこの世界の生物VS異世界の生物で生き残り競争をさせたいらしい。
「じゃあ、まあなるべく外では狩りとかしないようにしよう」
「まあ、死体やモンスターの核でも、討伐ポイントはなくても換金ポイント化はできますので……」
そう付け加えるヤミに「了承した」と返して、俺は早速地表のダンジョン化を一部変更するために、ダンジョン内部へと踵を返すのだった。
「妾もこの段階では手持無沙汰ゆえ戻るぞよ」
面倒臭そうに水瓶を抱えてついてくるフィーナへ、ふと思いついて留意事項を伝える。
「ああ、ついでにいま入り口のところにある泉を潰して、新たに地下一階のボス部屋に移すので、《水の小精霊》ともども引っ越しの準備をしておいてくれ」
「ふむ。では今後は夜間の警護は必要ないというわけであるか?」
「ああ、その代わり《スライム》とかを召喚して、随時ダンジョンの勢力圏内で狩りをさせておくようにするからね。もっとも、《風の小精霊》たちには引き続き外部の偵察を頼むので、時々はプレオープン状態にしておくけど」
《スライム》の知能がどの程度かは不明だけれど、何箇所か落とし穴を兼ねた縦穴を開けておいて、そこにゴミを捨てるよう命令しておけばポイントにはなるだろう。
「ふむ。あい分かった。じゃが、次の泉は存分な大きさのものを所望するぞ」
「空間と環境は提供するので、好きなようにレイアウトに拘ればいいさ。今後はどうせダンジョン内部で水を循環させることになるんだし」
下手に穴を開けて地下水を汲み上げると、そこがウイークポイントになる可能性があるわけで、生きた水源である《水の神霊》がいる以上、これを有効活用しないのは勿体ないというものだ。
「ほう。では川を造っても良いということであろうか?」
「川でも滝でも底なし沼でも好きにしてくれ」
俺の承認を得たことで、すっかりその気になったフィーナは、早速入り口のところの泉の《水の小精霊》たちに号令をかけて、引っ越しのために自分の水瓶に入る様に命じ始めた。
8/7 誤字脱字を修正しました。
8/7 改めてタイトルを偏向しました。




