地下1階 3部屋(その6)
「――さて、以上を踏まえてこのダンジョンの在り方について、長期的、中期的、短期的な戦略及び戦術目標を決めたいと思う」
そう言っても三人ともピンとこないようだ。
「……おぬしの話は回りくどくてかなわん。何が言いたいのじゃ?」
フィーナははなから考えるのを放棄しているし、
「つまり防御体制の見直し……ということでしょうか?」
「そーですね。さっきの話を総括すると、よーするにいまのダンジョンだと入口からゴールまで近すぎて、やりたい放題、人海戦術で来られたら堪えきれないってことですものね」
ヤミとリュジュは、まあ妥当な判断をしているようだが、やはりどうも定石に拘り過ぎて対策が平凡過ぎる感が強い。
「ふむ、ところで皆は『宝島』のモデルになった『ココ島に隠された海賊の財宝』の話は知ってるかな?」
「知らん」
にべもないフィーナ。
「中米コスタリカの洋上にある孤島を舞台にした有名な伝説ですね。何人もの海賊船の船長が絶海の孤島であるココ島に、現在価値で10億ドルとも見積もられるスペイン統治時代の財宝を埋めたというもので、実際に略奪された財宝のリストや捕まった海賊の証言などもあるかなり信憑性の高い伝説で、現在までに三百人以上のトレジャーハンターと呼ばれる山師が一獲千金を夢見て挑戦していますが、数枚の金貨しか発見していないとか」
通り一遍の知識を開陳するヤミ。
「山下財宝か徳川埋蔵金みたいなものねー」
なんでフランスのドラゴンがそんなこと知っているんだ? というニッチな知識につなげてコメントするリュジュ。
「いまヤミが言ったように、三百人以上の金の亡者が周囲七キロほどの小さな島を探索しても、目当ての財宝を見つけていない。その理由はなんだかわかるか?」
「ガセなのじゃろう。胡散臭い話じゃからのぉ」
どうでもいいとばかり身も蓋もない感想を返すフィーナ。
「……ま、その可能性はある。とは言え財宝が守られている最大の理由は、場所が碌な港もない絶海の孤島であること。そして何より詳細な隠し場所が判明していないこと――この二点にあると俺は思う」
要するに特定の場所を攻略されないようにするのに一番いいのは、まずは見つからないことなんだよな。そこにあると明確にわかったが最後、人間って奴はどんな手段を使っても攻略する。それは絶対だ。
「えー……でも、隠し通すことは不可能ですよ。ダンジョンが本格オープンするのと同時に、大まかな場所とダンジョンの形態――地下型であるとか塔型であるとか広域範囲型であるとか――及び名称が、世界中のマスターの持つ『Dungeon Manual』へ同時配信されますので、当然ながら教皇庁を裏で牛耳っているダンジョン・マスターも閲覧可能ということで、大抵の場合は〈神託〉とか称して、近くの国や冒険者ギルドに潰すように伝えますので」
ヤミが浮かない表情でそう付け加える。
「ふーん。……そのダンジョン・マスターは上手い手法を使うな」
思わずそう口に出すと、
「そーですか? なんか卑怯臭いですけど……」
リュジュは小首を傾げ、
「妾もその手の輩は好かん。コソコソと隠れて人を手駒に同胞である他のダンジョン・マスターを討つなどと、なんたる卑劣漢であろうか!」
フィーナも憤然と豊満な胸の前で両手を組んで吐き捨てた。
「――いや、事の善悪はともかく『ダンジョンは誰にも見つからなければ攻略されない』という条件には見事にはまっているからね」
「教皇庁――正確にはその〈聖地〉とされている場所が、件のダンジョン・マスターの本拠地であるダンジョンなのは、他のダンジョン・マスターには周知の事実ですが?」
「けど、そこにあっても人にはダンジョンだとは認識されてないんだろう? そこにあっても〈聖地〉という肩書が人の目をくらまし、仮に敵対的なダンマスが攻撃を仕掛けても、『神敵が恐れ知らずにも我らが聖地に手を出した』で誤魔化せるわけだ。つまり他のダンマスが、自分のダンジョンを攻略されないように、命とポイントを賭けてアタフタしているのを尻目に、そのダンマスは賭けに乗るのではなく、自分が胴元になることで自分だけは安全地帯にいられるわけで、ある意味、理想の環境だね」
ヤミにそう説明したところで、「さて――」と、話を一区切りつけて変える。
「これを踏まえて考えるべきは、今後の方針だ。いや、旗幟と言ってもいい」
「とおっしゃいますと?」とヤミ。
「つまり確実な隠蔽が不可能な現在、我々が取るべき選択肢は三つある」
「三つですか?」
「大まかな方針が三つあるというこで、さらに詳細は幾らでもあるけどね」
「おぬしのことだ。どうせ禄でもない考えなのじゃろう?」
投げやりにフィーナがひどいことを言う。
「そんなことはないさ。誰が考えてもこのどれかしかない筈だ」
「じゃから、それはなんじゃと聞いておる!」
苛立たし気なフィーナに対して、指折り数えながら端的に答える俺。
「簡単だよ。『中立』『服従』『敵対』の三つだ」
「ほう……」
興味がわいたのかフィーナが僅かに上体を前のめりにする。
ヤミとリュジュは漠然とその意味を理解したようで、お互いに懐疑的な目を見合わせていた。
「えーと、服従というのは、つまり先に教皇庁の傘下に入る……という理解でよろしいのでしょうか?」
「まあそうだね。敵わないんだからいっそ膝を折れってわけだ」
「却下じゃ! おぬし、それでも男かや!? 敵わずとも戦う気概はないのか!!」
案の定、そういった惰弱な提案は一顧だにせず検討しないフィーナ。
リュジュの方は微妙に「それでもいいかな~」という、『長いものに巻かれろ』精神で消極的な賛成の表情を浮かべている(フィーナが怖いので口には出さないけれど)。
「わたくしも反対です! ダンジョン・マスターが他のマスターの傘下に収まるというのは、つまりはコア・クリスタルの権限と配下の魔物をすべて相手に譲渡するということで、用済みになったマスターはほぼ間違いなく始末されることでしょう! そのようなことは看過できません!」
珍しく強い口調で反対するヤミ。
「あの~、そうなると敵対か中立か……しかないんですけど……?」
恐る恐る手を上げて発言をするリュジュ。
「そのふたつは基本同じものじゃな。妾であれば、味方でない者はすなわち潜在的な敵と同義と見做す。中立なんぞ信用できぬわ」
傲然と吐き捨てるフィーナだけれど、まあ平和な時代ならともかく、血で血を洗うこの世界ではその考え方が普通だろう。
「いや、あの、でも教皇庁ってすごく大きな組織なんですよね?」
「国土国力としてはこの世界でナンバー2。宗教組織としては断トツで一番ですね」
リュジュの問い掛けに心温まる答えを返してくれるヤミだった。
「じゃあ、敵いっこないじゃないですか!」
絶望の表情を浮かべるリュジュに対して、俺はなるべく安心させるべく朗らかな笑みを向けた。
「……胡散臭い笑みじゃのぉ。何をたくらんでおるのやら……」
なんか失礼なフィーナの独り言を無視して言い聞かせる。
「確かに現時点では吹けば飛ぶような俺たちだけど、今後時間をかければ十分に対抗策を練ったり、教皇庁に敵対する勢力と協力関係を結ぶこともできる筈だ。まずは時間との勝負だな」
「はあ……」
「なるほど」
「同盟か。確かにそこに可能性を賭けるしかないじゃろうな」
三者三様で納得した風の三人を眺めながら、
(『時間との勝負』ってのを、時間を稼ぐこと……って理解しているみたいだけど、もう一点、突破口があるんだよねえ)
と胸中で付け加える俺。
(現在のアドバンテージは、その教皇庁を陰で操るダンジョン・マスターに俺とこのダンジョンの存在が一切知られていないってところにある。つまり無警戒のノーマーク状態のいまのうちに、速攻で教皇庁を潰せば懸案事項がなくなるってことなんだよなあ)
とは言え、いま現在の彼我の戦力差と相手の詳細もわかっていない状態では、まったくの無謀、画餅もいいところであるので口には出さない。
「――ということで、次善の策として『なるべく人が近づけられない、僻地へダンジョンを造る』ことを目標にしたいと思う」
「ですが、ダンジョンは基本的に最初にランダムで決められた位置から移動はできませんが?」
困ったようにダンジョンの原則を繰り返すヤミ。
「うん。だから地形の方を僻地に変える」
「……は?」
「ここ十日ほど、召喚した《風の小精霊》たちの協力を得て、『迷宮創作』のスキルと併用して周囲の地図を作製していたんだけれど――」
言いつつ準備しておいた大きめの紙に、大まかな地図を描いたものをテーブルへ広げて見せる。
「こういう風に、この森は二つの川に挟まれた場所に位置しているのが判明した。で、この近辺の地形を操作して――具体的には森の地盤を沈下させ――川の流れを変えれば、二つの川が合流してこの森をすっぽり覆う湖ができると予想している。計算ではだいたい700km²くらい……琵琶湖くらいの大きさかな?」
「「「はああああああああああっ!?!」」」
これまた準備していたマーカーで、ぐるりと森を囲んでなお二回りは大きな丸を付け加える。
「幸いこれから雨期になって川が氾濫してもおかしくはない。勿論、普通の雨だとたちまち干上がってしまうので、無限に水を出せる《水の神霊》様や、地形に干渉できる《ヴイーヴル》の権能をフルに使って、徐々徐々に、あくまで自然にできたように湖を造る。簡単なことだろう?」
「「「…………」」」
「理想としてはダンジョンの出入り口も水中に沈めておけば万全なんだけど、なんかレギュレーションに引っかかりそうだし、ダメなようなら島のような形にした場所に残すことにして、他にもいくつかダミーの小島も残しておいた方がいいだろうな。しばらくはこれで時間稼ぎができる筈だ。そんなわけで五ヶ月半でも結構ギリギリだと思う。――何か質問は?」
そう確認をしても、
「「「…………」」」
揃いも揃って無言でポカンと口を開けて聞いている三人。
しばし経過したところで、ようやく再起動したフィーナが、ギリギリと錆び付いたようにぎこちない態度で口を開いた。
「……ダンジョンの入り口を隠すために、丸ごと湖に沈めるとか。正気か、おぬし?」
「そこはせめて〝本気か”くらいにして欲しかったなぁ」
そしてもちろん本気である。




