地下1階 3部屋(その5)
特にダンジョン・マスターが指定しない限り、ダンジョン内の照明は外における昼夜の変動に準じて、明るくなったり暗くなったりする。
そんなわけで、朝の訪れとともに明るくなってきた私室の六畳間(石張り)の照明に促されて、俺が目を覚ますのと同時に、部屋の本棚に収まっていた黒い革張りの奥義書ヤミもまた、本棚から下りて人の姿を取って、「おはようございます」と一礼をするのが、俺たちの朝の始まりである。
「おはよう」
と、いつものように挨拶を返して、二人揃って顔を洗って部屋を出ると、すぐ目の前には現在ダンジョン内で一番大きな十五畳間相当の一見して石でできた空の倉庫である【マスター・ルーム】があって、その何もない床の上で、全長15mほどもある翼の生えたドラゴン《ヴイーヴル》のリュジュこと、メリュジーヌがとぐろを巻いて惰眠を貪っているのが目に飛び込んできた。
部屋の片隅には、ドラゴンなんとかと書かれたコミックのフランス語版全巻と、同じくドラゴンがタイトルについたゲームのソフトと筐体とモニターが据え置かれている。
どうやら昨日も寝落ちしたらしい。
初日の殊勝な態度と荒れ狂う猛威はどこへやら、次の日にはメッキが剥がれて、いまでは堂々と廃人――廃竜生活をエンジョイしている。もっとも、生活費として最初に大粒のダイヤモンドとガーネットを渡され、換金したところ2,600万ポイントという、見たこともない数字を得た俺としては文句を言う筋合いもなかったけれど。
ヤミに聞いたところ、なんでも《ヴイーヴル》というのは別名『宝石ドラゴン』とも呼ばれ、特にダイヤモンドとガーネットを収集することで有名なのだとか。
ヨーロッパでは《ヴイーヴル》は水浴びする時に宝石を水辺に置いておくので、その隙にかっぱらえ……などというとんでもない手引きもあるらしい。そこから転じて、ドラゴンを斃すと金銀財宝を得ることができる、という俗説が生まれたそうだ。
まあ、確かにここまで無防備にいぎたなく寝過ごしている様子を見ると、額に象嵌されている巨大ガーネットを外して持って行かれても気が付かないんじゃないかと、割と真剣に思える。
あと、そういえば西洋人には『ドラゴン・フ〇ック』という、獣姦モノの上位者向けのジャンルが存在するらしいが、よくよく考えると美少女ドラゴンが素っ裸で寝ている現場にいるわけだから、好き者にはたまらんのかも知れんな。
まあ、そっちの性癖は欠片もない俺にはどうでもいい話だけれど。
――あ、でも、構造的にどうなっているのか、ちょっとだけ興味はあるか。
「……何を考えていらっしゃいますか、アカシャ様?」
いつまでもじーっとリュジュの寝姿を眺めていたのを不審に思ったのか、ヤミが微妙に含みのある口調で問いかけてきた。
「いや、なんでもない。いつまでもリュジュをマスター・ルームで寝起きさせるわけにもいかないし、そろそろ個室を作った方がいいかと思ってさ」
まさかドラゴンの性器に興味がありますとも言えないので、そのあたりは適当に誤魔化して答える。
「そうですね。ですが個室を与えないのは懲罰の意味もございますので、そのあたりの判断はフィーナさんの意向も汲んだほうがよろしいかと存じます」
「まあ、今日の食後にでも、本格的なダンジョンの改築と戦略案を相談するつもりでいるので、その時にでもドサクサ紛れに話をねじ込んでみよう」
「そうですね。あの方は基本的に派手なことが好きで、細かなことはお座なりというか、下々の者がやればいいという考えですので」
割とお互いに身も蓋もない内容の打ち合わせを済ませて、今度はそのフィーナのいる地上一階へと階段を上がる。
上がるとそこには清涼な泉をたたえた小さな玄室――に偽装したダンジョンの一階フロア――が広がっていて、俺たちに気付いて《水の小精霊》たちが水面に顔を出して、一斉に挨拶をするのだった。
同時に開けっ放しのダンジョンの正面の扉から涼風が吹き込んできて、その中に隠れて溶け込んでいた《風の小精霊》たちが十人ほど、くるくると玄室の天井や地下に続く階段を下りて行き来する姿が見えた。
「おはよう。あと各自一晩中ご苦労様」
ねぎらいを込めてそう挨拶をしてから、いつものように扉を閉めてプレオープン状態にしてあるダンジョンの隠蔽機能を戻す。
戻したところで振り返って見ると、風と水の小妖精をまとわらせたフィーナが、寝起きの微妙に不機嫌な顔で水面に立っていた。
「今日の朝餉はなんであるか……?」
「ホカホカご飯」
「他は?」
「五種類のフリカケから選り取り見取り」
「却下じゃ! あのコメとかいうベタベタした味のないものは好かぬ。パンにせい。昨日食したテリヤキバーガーなるものを所望する」
西洋の妖精らしくどうも白米はお気に召さないらしいフィーナ。
いつもの調子で我儘を押し通そうとするが、なんだかんだ言って結構、貧乏舌なのはこの半月あまりの食生活の選り好みでわかってきたところであった。
「……ま、いいけどさ。俺はフリカケでご飯食うから、勝手にハンバーガーでもポテトでも食べればいいさ」
「ふん、そのつもりじゃ。それと、まかり間違っても、あの『卵かけご飯』とかいうゲテモノは、妾の目の前で口にする出ないぞ! 次に目にしたら警告なしに浄化するでな!」
前日に出した生卵を使った卵かけご飯がよほどお気に召さなかったのか、過剰なほど嫌悪感もあらわに念を押すフィーナ。
「わかったわかった」
外人はあれが生理的に無理らしいから、仕方ないな。
そう生返事をして、三人で連れ立ってキッチンのある俺の部屋へと戻る。
どうでもいいけど、仮にも美少女三人と同衾? 同棲? 同居? しているにも関わらず、いまだにラッキースケベの一つもないというのはどーいうことなんだろう。
つーか、寝ている間に夜這いしようにも、色々とハードルが高すぎて無理だし、かといってマスター権限で(そんなものはないが)無理強いするものでもないからなぁ……。
そんなことを考えながら、とりあえず寝ているリュジュを、頭っから水をかけて起こすよう、今朝もフィーナに依頼するのだった。
☆ ★ ☆ ★
朝食を終えて俺の部屋のテーブルを囲んでまったりと茶を飲みながら、懸案事項であるダンジョンの拡張について、まずは俺から口を開いた。
ちなみにテーブルと椅子は中学生の日曜大工レベルのものから、玄人の手遊び程度のものへと変貌を遂げているが、新しく購入したものではなく、安物の工具をもとに元の椅子とテーブルをリュジュが暇つぶしに改造したものである。
なんでも《メリュジーヌ》というのは、もともと大工や鍛冶、そして豊穣を司る権能があるそうで、この程度のものはゲームの傍らにできるとのこと。……なにげに有能なのだが、なぜこんなに残念なのだろうか?
「さて、ポイントもあることだし、五ヶ月と半年後に迫ったダンジョンのオープンに先立って、今後の経営方針を決めたいのだが……」
「そのような先のことをいまから決めるのかや? 気の長い話であるのぉ」
さすがは移ろいゆく水の精霊、先のことなどどーでもいいとばかりフィーナがさっさと無関心を示す。
「そうですねー。いまのところ一階にフィーナ様、そして降りてすぐのところに私がいるわけで、ぶっちゃけ最初からクライマックスというか、レベル上げ要素ゼロのムリゲーも同然ではないでしょうか?」
リュジュもゲーム脳らしい意見を口に出して、
「確かに。いきなり《水の神霊》の領域である泉。続いて、伝説のドラゴン《ヴイーヴル》が待ち構える広場とか、もはや嫌がらせレベルですね。この世界の冒険者では一階の突破も至難の業だと思いますよ」
ヤミも同意見だとばかり頷く。
「そーか?」
だが、俺はそこまで楽観的になれなかった。
「む? おぬし、まさか妾の力を侮っているのではないのかや? 時と場合によっては――」
気色ばむフィーナと、別の可能性に思い至ったらしいヤミ。
「もしかして、他のダンジョン・マスターの妨害及び攻撃の矛先になることを懸念されていらっしゃるのでしょうか? この世界にある教皇庁と呼ばれる組織は、積極的にダンジョンを攻略していますが、これを陰で操るのは古参のダンジョン・マスターであり、その配下はダンジョン攻略に特化している上、切り札として☆7から☆8の魔物を複数体保有しているという噂ですし」
えっ! なにそれ怖い!?
「……いや、まあ。当面その可能性は置いておいて、当座やってくるであろう冒険者に対する姿勢についてなんだけど」
「じゃから、妾とこ奴で十分と言うておるじゃろう!」
「いや~。やりようによっては一般人でも十分に勝機があると思うぞ」
「……ほう。どうすると言うのじゃ」
挑発的に聞いてくるフィーナに対して、俺ならば……と前置きをして端的に答えた。
「人海戦術で泉は埋める。もしくは泉に毒を流す。たまらず出てきたところを凍結系の魔術で凍らせてフルボッコする」
「「「うわ……!!」」」
途端にドン引きする三人。
「あと地下に関しては火責めだな。幸い周りには薪は豊富にあるわけだし、どんどこ火を焚いて煙でいぶして、出てきたところを一斉に毒矢で動きを鈍らせ、仕留める。もしくは出口に向かって先に石弓を向けておいて、顔を出したところをハリネズミにするな」
「「「うわぁぁぁぁ……」」」
なぜ俺から距離を置く? つーか、人間なんて基本的に卑怯千万なんだから、俺が考え付くくらいのことは、誰でも考えて実行すると思うんだけどな。
そう付け加えたところ、
「そんな悪辣な手を即座に考え付くのはおぬしくらいじゃ!」
と、憎々し気にフィーナに返され、なぜかリュジュとヤミですらノーコメントを貫いている。
どうもヤミはその性質上、マニュアルにない突発事態やアドリブに弱いところがあるなぁ……と思いながら、俺は現状の問題を打開する方法を続けて口にするのだった。




