地下1階 3部屋(その2)
新たに九畳分を増設して十五畳間相当になったマスター・ルームは、可能な限り天井を高くした吹き抜け様式の大広間であった。
「お~~っ、なんか無茶苦茶広く感じるぞい」
「家具もなにもありませんから、余計にそう感じますね」
体感的にはなんか三角野球ぐらいできそうな、ガランとした部屋の真ん中で、俺とヤミは大きく手を伸ばして、その広さに感動していた。
「……いや、ただの石倉か倉庫にしか思えんのじゃが」
自身のシンボルである水瓶に腰を下ろして(ある程度大きさは変えられるらしく、今回は小脇に抱えられるサイズになっている)、呆れたようにコメントするフィーナ。
「駆けっこもできそうだな!」
「できますね!」
関係なくお互いの両手を取って、ウェーイ! と、盛り上がる俺たち。
「ヤミ、そっちの部屋の端まで行ってみそ」
「は~い」
スキップしながら部屋の角になった端に行くヤミ。
で、俺はその対角線上になった逆側の端へ行ってヤミと向かい合った。
「ヤッホー! ヤミ~、聞こえるか~っ?!」
「聞こえますよ、ヤッホーっ!!」
「……この程度の何もない部屋で、ここまではしゃぐといっそ哀れじゃのぉ」
そう言って嘆息をするフィーナがいた。
「というか、盛り上がっているところを興をそぐようじゃが、おぬしら本来の目的を忘れておらんか? この部屋を設えたのは、万が一にも大型の魔物が召喚された際の保険じゃからな。遊び惚けるためではないぞよ」
「「あー……」」
言われてみればそうだった。
すっかり念頭から外れていたけど、そういや『レアリティ☆☆☆☆☆以上魔物ガチャ』を引くのが目的だったわ。
頭を掻きながら俺はこれだけは移動できないダンジョンマスター専用の椅子へと向かった。
すぐにヤミもやってきて俺の後に続く。
フィーナの方は一階と地下一階とを結ぶ階段の出入り口付近から動くつもりはないらしい。そのままの姿勢で水瓶に座ったまま腕組みをして、こちらの首尾を見定めようと高みの見物を決め込むようだ。
ま、フィーナの本領は接近戦ではなくて精霊術らしいので、ある程度距離を置いた方が効果的という意味合いもあるのだろう。
問題は、咄嗟に俺が適切な反応ができるかどうかだ……けど、ふと背後に付き従うヤミを振り返って見た。
「なんでしょうか、アカシャ様?」
「なあ、もしも……もしもだけど、ヤミの本体である奥義書が燃えたりした場合、ダンジョンの魔物と同じくコア・クリスタルさえ無事ならリポップできるのか?」
「いえ、残念ながら奥義書は対象外です。ですが、万一の際には『Dungeon Manual』の新版が運営より配布されますので――!?」
その台詞が終わる前に、俺は右ポケットに入っていた『身代わりの人形』をヤミの手に、半ば強引に握らせた。
「あの……?」
「持っていてくれ。新しい『Dungeon Manual』が来ても、それはヤミとは別な個性の相手なんだろう? だったら二個あるうちの一個はヤミが持っていて欲しい」
「で、ですが私たち奥義書はあくまで道具であり、消耗品です。それに新しい版の方がより効率的にアップデートがされていますので」
「『でも』はなしだ。それに道具だって使い慣れて愛用している道具にこだわりや愛着が出るのは当然だろう? なら破損しないように保険を掛けても問題ないじゃないか」
自分でもかなり苦しい論理だと思うけれど、とにかく強引でも詭弁でもいいので、ヤミに『身代わりの人形』を持たせるべく捲し立てる。
「……勿体ないです。これがあれば二回は生命の危機を回避できるのですから」
「いや。こういうものは二回、三回と当てにすると生存本能が鈍って、命の価値に無頓着になる可能性があるからね。常に一発勝負くらいの気構えでいないと堕落しそうだから一個で十分だ」
それでもなおわだかまりがあるらしいヤミに、こればかりは本心から思うところをかき口説いた。
だったら万一に備えて『身代わりの人形』なんて持つなって言われそうだけれど、やっぱ命は惜しい。使えるものは使わないと損だろう。
そんな俺の必死の弁明に納得したのか諦めたのか、軽く嘆息したヤミは「わかりました」と下を向いて頷き、いそいそと『身代わりの人形』をポケットにしまった。
――一瞬だけ見えた彼女の頬が赤くなっていたのは多分気のせいだろう。
これで後顧の憂いがなくなった俺。
気合を込めて椅子に座ってステータスをオープンさせ、『レアリティ☆☆☆☆☆以上魔物ガチャ(1/1)[初日enemy撃退・駆除特典]』をタップした。
刹那、これまでと比較にならない複雑かつ巨大な魔法陣が、増設したマスター・ルームの床からはみ出さんばかりの勢いで広がり、
「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?」」」
と、フィーナも含めて三人が三人とも、零れ落ちんほどに目と口をあんぐり開いて見守る中、巨大な虹色の光が床から天井までを貫通するように立ち上り、そうして魔法陣が消えるのと引き換えに、白銀に輝く巨大な生物がその姿をあらわにする。
全長は十五メートルほどだろうか。ダイヤモンド色の瞳をして額にハンドボール大のガーネットを第三の目のように象嵌した、鱗の生えた蛇のように長い胴体に鷲の手足を持ち、蝙蝠のような巨大な翼で、窮屈そうにマスター・ルームの上部で身をくねらせホバリングしているソレは、
「ド、ドラゴン!?!」
見るからに西洋風のドラゴンそのものである。つーか、さんざんフラグ立てまくったし、やっぱり出現しやがったか!! というのが、俺の諦観めいた感想であった。
だが、素早くヤミがその言葉を訂正する。
「正確には、《ヴイーヴル》――レアリティ☆☆☆☆☆☆☆のフランス国王の祖先とも言われる、ヨーロッパでは超有名なドラゴンですね」
なんか無茶苦茶有名なドラゴン――日本で言えば八岐大蛇級を引き当ててしまったらしい。
「と、とにかく、一度話し合おう。あ、そうだ! おい、フィーナ。お前、ご自慢のツラで誑し込むんじゃなかったのか?」
そう部屋の隅で呆けているフィーナに水を向けると、なぜか居心地悪そうにポリポリと頬の辺りを掻いて一言。
「……あー、それなんじゃがな。《ヴイーヴル》というのは雌しかいない種類の竜種じゃからして」
「色仕掛けは通用しないというわけですね」
口ごもるフィーナの言い訳をヤミが受けて締め括ったのと同時に、大きく口を開けた《ヴイーヴル》の口蓋から青白い炎がほとばしり、咄嗟にヤミを引っ掴んで椅子に座ったまま身を伏せた俺たち目掛けて放たれた。




