地下1階 2部屋(その5)
ダンジョンマスター生活三日目。
早くも日課になったプレオープン状態のダンジョンの正面玄関の扉を閉めるために、俺は朝一でヤミと一緒に一階へと階段を上るのだった。
いちいち面倒臭いが、プレオープン状態の有無はダンジョンマスターが直接扉の開閉をしなければならないそうで、まあこれぐらいは朝飯前の軽い運動と思って諦めるしかないだろう。
「今朝のポイントを見たら1,000とか増えてたんだけど、Lvの方は3しか上がってなかったな」
「おそらくは夜間に水を飲みに来た動物なども、泉の餌食になったのでしょうね。レベルに関しては必要経験値がだんだんと上がるので、5から先は高等生物やモンスターを積極的に斃さないと横ばい状態が続くと思います」
短い階段なので軽い雑談をしているうちにもう着いた。
一階の部屋に入ると途端に清涼な微風が胸の内に染み込んでくる。
昨日までと一変して、そこにあったのは部屋の三分の二を占める清らかな泉と、青々と茂る水辺の草と花々であった。
俺たちに気付いたのだろう。泉の表面が霞んで、半透明の少女のような掌に乗るサイズの《小精霊》が五人現れて一斉に頭を下げる。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
どれも同じ鋳型から打ち出したように区別がつかないので、とりあえずまとめて朝の挨拶をする俺とヤミ。
「フィーナはまだ寝てるのかい?」
そう念のため聞くと、《小精霊》たちは困ったように顔を見合わせ、うちひとりが気を利かせたのか泉の奥へと、止める間もなく引っ込んだ。
別に呼ばなくてもいいんだけどなぁ……。
そう胸中でぼやきながら、泉の外を回り込んでダンジョンの扉を閉める俺。
鍵を掛けたところで、泉の底から浮かび上がる様にして、フィーナが現れて水面上に床があるかのように、傲然と腕を組んで俺たちの顔を睥睨する。
「――朝餉であるか」
水から上がったはずなのに髪にも衣装にも水滴一つ付いていないまま、それが当然という顔で朝食をねだってくるフィーナ。
「昨夜の『栗屋の焼肉のもと』を使うた焼肉は美味であった。今朝もあれを所望するぞえ」
言いながら水面上をすべるようにして、俺たちの方へ来る。
「いや、朝から焼肉にはしないぞ。普通にパンとバターと紅茶だ」
ジト目で釘をさす俺。
「吝嗇であるのぉ。一晩中泉の番をして、下賤な禽獣を狩っていたこの妾をないがしろにするとは……」
「――いや、お前寝てたじゃん。一晩中働いてたのは《小精霊》たちの方だろう?」
ちなみに《小精霊》は、レアリティ☆☆☆の魔物である。通常は気ままな気分屋らしいのだが、水の上位精霊である《水の神霊》には絶対服従というわけで、フィーナの希望で下僕として、ポイントを払って俺が召喚した。
で、実際一晩中水場に来た動物や鳥を泉に引き込んで、せっせとポイントに貢献してくれていたらしい。
なおこの泉は、
「妾には清涼な水場が必須であるぞ。準備せい!」
と言うフィーナを半ば厄介払いで隔離できると思って、もともとは井戸であったここに案内した。
その際に不用意に水に入ったフィーナが、流しっ放しの電気に感電して、土左衛門のようにプッカリと水に浮かぶ――水の精霊が溺れるという前代未聞の――姿を晒したのは見ものであった。
そんなわけで、現在は電気を流さないようにして、照明は三個とも同じ高さにして、その代わりにフィーナの希望を取り入れて、水草や花を植えたわけである。
ちなみに泉の大きさはフィーナが調節しているらしい。
「働いていた《小精霊》に御馳走するならともかく、寝てただけのお前にその権限はないと思うんだが」
「下僕の成果は命じた妾の成果じゃ! だいたい下級精霊のこ奴らは人のものは食さん。ゆえに四の五の言わずに妾をもてなす饗宴の支度をせいっ」
ジャイアニズム満載のフィーナの論理に辟易する俺を見かねてか、《小精霊》のひとりが俺の方へ近づいてきて、何やら黒いビー玉みたいなものを差し出してきた。
「?」
「〝魔石”ですね。モンスターの核になっている結晶化した魔素です」
即座にその正体を見抜いたヤミが補足してくれる。
「――ふむ。夜中に獣を追って角の生えた兎が一羽飛び込んできたので、五人がかりで斃したところ、その石を残して綺麗さっぱり遺骸は消えたそうじゃ」
残りの《小精霊》の説明を聞いたらしいフィーナが付け加える。
そーか、あの《ツノウサギ》お陀仏になったのか……。
感慨深いものを覚えながら、俺は差し出された魔石を受け取った。
「魔石は現地では魔術の触媒や、魔道具の念料に使われるものです。我々には必要のないものですが、売却することで……この大きさでしたら500ポイント程度にはなると思います」
そんなもんか、とも思うが《ツノウサギ》はモンスターとして下級なのでこの程度の価値しかないらしい。
とはいえ食費としては十分である。
「要するにこれをフィーネの食い扶持にあてるので、ケンカしないでご飯を食べてね……ってところか」
そう確認すると、《小精霊》たちが一斉に頷いて同意を示す。
「ふふふん! これで文句はあるまい」
なんでお前が偉そうに胸を張るんだよ。少しは申し訳ないと感謝しろ! と、怒鳴りたいけどなんか小さい子が頑張ってお小遣いをやり繰りして、親孝行をしている姿を目の当たりにしているようで、ここで大人げなく、醜い争いをする真似をすることはさすがにできなかった。
「じゃ、じゃあ、これを換金したポイントで肉を食べるかー(棒)」
「朝からお肉とは贅沢ですねー(棒)」
「最初からそうすれば良かったのじゃ! これだから愚鈍な者どもは……」
ひとり意気揚々と鼻歌を歌いながらマスター・ルームへ先頭に立って向かうフィーナの背中を、階段から突き落としたくなる殺意の衝動を必死に押さえながら、俺たちは部屋に戻った。




