第四話 -街並み-
窓の外を行く風景に、段々と高い建築物が増えていく。そんな流れを、裕樹は淡々と見つめていた。なにせ兄さんが寝てしまったのだから、することがない。常連客は持ってきた新聞やタブレットで暇を潰しているが、滅多に電車に乗らないので、裕樹は持ってきていない。漫画は昨日宅配便で送ってしまったし、売店で雑誌でも買ってくればよかった。それでも、どうせ何時間か我慢すれま終わることと、割り切ることにした。着くまでは、適当に暇を潰しておこう。
腕枕を組み、外に目をやると沢山の家が通り過ぎていく。この一軒一軒が誰かの人生を物語っているのだから、何だか不思議だ。それにしても、こんなにまじまじと景色を見たのはいつぶりだろう。
小学生の頃に行った遠足か、中学で行った修学旅行か。小学れあればまだみんなが子供だったから、少しは場に馴染めた。中学になれば、少ない友達だけだったがまあある。高校になれば、もう尚更だ。
もうして思い出してみれば、こんなふうに景色を堪能したことなんてほとんどない。我ながら、寂しい青春だ。それでも兄さんは相手をしてくれたから、寂しいとは思わないが。話し相手にはなってくれるし、小学の頃から遊び相手にもなってくれる。五歳も離れているから遊びの傾向がだいぶ違って、ゲームセンターに頼りがちだということもあったが。それを今でも続けてくれて、遡れば――
「あれ?」
そういえば、兄さんはいつから一緒にいてくれたんだろう。小学の高学年の頃、その頃の記憶には兄さんは登場する。だが、それより下が全く覚えていない。楽しい事はすぐ忘れる、そんなものか。
そう、答えを見つけた頃だった。
『次の駅明日ヶ丘、明日ヶ丘です。お降りの方は、お荷物の取残しの内容にご注意ください』
明日ヶ丘、というのはこれから引っ越す場所。どうやら、考え事をしている間に随分と時間が経っていたようだ。
「兄さん、起きて。もうすぐ着くよ」
緩り起こすと、兄さんは大きく伸びをする。
「もう着いたのか……早いな」
「いや、もう何時間か経ってるよ」
「そうか。――さて、降りる準備するか」
兄さんは立ち上がり、網柵にあるカバンを取る。裕樹も網柵から荷物を降ろすと、ドアまで行く。電車が駅に入ると、ドアが開いた。ホームに降りると、後ろから来る乗客の密集地帯から逃げるようにして改札に向かう。改札を抜けると、早足で駅を抜けた。
”明日ヶ丘”丘、とあるだけあって緑を連想させるが、緑は見えない。それもそのはずだ、この辺りは明日ヶ丘という丘を切り開いて作った場所らしい。その経由から昔は田舎だったが、今では発展し結構な都会。少し足を踏み出すと、「お願いします」と言うビラ配りに捕まった。面倒だが受け取ると、少し離れてしまった兄さんの元に向かった。見もせずにポケットに押し込むと、さっさと進んだ。ビラ配りなんて、今まで見たことがない。これも、都会に来たということなんだろう。
駅先にあるバス停で時刻表を見ると、どうやらマンションまで行くバスが来るのは、二十分くらい後のようだ。
「まだしばらくあるな。どうする、タクシーでも乗るか?」
「俺はどっちてもいいけど、タクシーって高いでしょ?」
「まあ、そうだな」
兄さんが椅子に座ったので、裕樹も座る。バスが来るまでは結構な時間があるが、あれだけ電車に乗ったあとなのでそう長くは感じなかった。バスが来ると、後ろの方に座る。バスが発進すると、景色が流れるのを見ていった。
「次で降りるからな」
「うん、わかった」
そう返事を返すと、車掌がバス停への到着を知らせた。ボタンを押すと、間もなくしてバスは止まった。この辺りは、商店街や学校などが整った場所の真ん中にある住宅街といった感じ。これから行くのは、そんな住宅街の中にある”クレーヴ明日ヶ丘”という地名と適当な単語を組み合わせた名前のマンション。セキュリティが整っているようなマンションではないが、周りのインフラ関係が整っている。鍵を受け取りに管理人の部屋に行き、呼び鈴を押す。
「はい、何でしょうか?」
聞こえたのは、年配の男性の声。ドアが小さく開くと、中から白髪で、五十代後半から六十代前半辺りの男性が顔を覗かせていた。こちらの顔を確認すると「ちょっと待ってくださいね」とドアを開ける。
「何でしょうか?」
「今日引越しに来ると連絡した高島です。鍵を取りに来ました」
「ああ、そうでしたか、少し待ってください」
管理んんは一度部屋に戻り、小さな鍵を持ってきた。鍵には24号室の番号がある。それを兄さんが受け取ると、部屋まで案内してくれるとのことだ。エレベーターに乗って三回まで行くと、24号室に向かう。だが、その途中の23号室から、ちょうど誰か出てきたようだ。その人を一目見ると、目を逸らす。
その人は女性で、簡潔に表すなら美人と言えるだろう。だが非常に化粧が濃く、胸元が開いた奇抜な服を来ている。俗に言う股の緩そうな女、ビッチ。そんな感じだ。そんな女性を、まじまじと見たくなかった。
「さて、この部屋ですね」
24号室に着くと、管理人がドアを開ける。そこには、想像していたのより少し広い玄関が見えた。
「では、これからもよろしくお願いしますね」
管理人は頭を下げると、自分の部屋に戻っていった。部屋に入ると、宅配に出した荷物の山が出来ている。荷物を置いて少し休むと、荷物を広げる作業に入った。中には日用品の他に裕樹のパソコンなども入っていて、これから大学が始まるまでの暇つぶしにはなる。兄さんとパソコンやテレビを取り付けて整えていく。疲れると、持ってきた弁当を食べた。やっと全ての荷物が揃った頃には、空は夕日に暮れてた。
「さて、今のところはこんなものか。――これでやっとか。隣りの挨拶は明日でいいだろうし、明日は適当に買い物に行かないとな」
「やっとこれで終わりか……」
今日は午前流ずっと電車に揺られていたから、本当に疲れた。明日に向けて、今日はきちんと休まないと。兄さんは、夕飯を買ってくると言って部屋を出ていった。『俺も行く』そう言いたかったが、一段落着いたからか、どっと疲れが出て言えなかった。あくびを噛み殺すと、さっき出したソファーに寝転ぶ。これから始まる生活は、どんなものなんだろうか。半分の期待に、半分の不安。それでも、充実して楽しい生活を送れるように、努力しよう。そう裕樹は思い、笑みを浮かべた。横になっていると、最初は微々だった眠気が段々と強くなり、とうとう裕樹は目を閉じた。
9.17 大規模な訂正。
9.29 久々の更新。
10.5 更に訂正……