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硝子細工の天使   作者: 今までのインスタントとは違う!
第一章 -新しい生活-
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第二話 -宝石箱-

 兄さんの一件からおおよそ一ヶ月経った四月。もうすっかり、冬の残寒は過ぎ去っていた。青葉が付き始めた木々は、新しい生命の季節である春を象徴するようだ。窓からは、まるで写真を切り抜いたような満面の桜が見える。

 しかし、裕樹はそんな桜を見ることなく、必死に部屋の片付けをしていた。


 もう何ヶ月も前から決まっていた引越し。兄さんにも何度も言われていたはずなにの、つい明日までにやればいいと延長を続けて引越し前日。そうしてとうとう後がない状況になって、今に至る。

 もう悠長に取捨選択をする時間もないので、どうしてもという物以外は次々と捨てていった。それでも、朝から何時間もやっているんだが、終わりが見えない。このままではまずい。ペースを上げて一気に終わらせにかかろうとすると、そんな時にノックの音がした。


「はいはい、ちょっと待ってね」


 他人とは全然話せないのに、兄さんとはこんなに自然と話せるなんて、不思議だ。こういうこを家族愛、とか言うんだろうか。

 ドアの前に置かれた荷物の山を除けると、ドアを開く。すると、食事の乗ったトレイを持った兄さんが居た。


「降りてこないから朝飯は片付けたけど、昼はたべろよ?」


「あ、ごめん。もうそんな時間だったんだ」


 まだ九時から十時の間くらいかと思っていたけど、もうこんな時間だったか。


「ありがと兄さん。夕飯はちゃんと降りるから」


 兄さんからトレイを受け取り、机に置くと箸を取る。朝食は、ピザーストに卵スープ。付け合せに小ぶりなハンバーグと、野菜サラダ。自然と匂いが鼻の中に入ってきて、香ばしい匂いが食欲をそそった。それにしても、昼間なのにこんな手の込んだ物を作ってくれるなんて、こんなに気を使ってくれなくてもいいのに。


「――そうするか」


 すぐに部屋から出ていくと思っていた兄さんだが、そのまま立ち止まった。


「片付け、まだしばらくかかりそうか?」


「まあ、結構ね」


 そうは言ったが、かなりの惨事なので何時間かは掛かりそうだ。いや、それ以上――今日中に終わるかどうか。

 顔からそれがみじみ出てしまったのかは分からないが、兄さんは半ば察したようだ。


「じゃあ、俺も手伝うとするよ。終わるか分かんないだろ?」


 そこまで感づくとは。


「じゃあ、よろしくお願いするよ」


「ああ、そればあ俺はお前が食べ終わるまで、しばらく横になってるよ」


 兄さんは、そう言うとベッドの上に寝転んだ。待たせるのも、悪いだろう。できるだけ早く食べようと思いながらパンを齧ると、ソースの味が口に広がる。後から続いてチーズの味が入ってくる。この味が、とてもマッチしている。裕樹は、この味が好きだった。

このトーストを毎回作ってもらおうと言いたかったが、作ってもらう立場が言うのはなんとなくおこがましい何時がして言えなかった。それをまた感じとってくれたのか、今では兄さんはよくこのトーストを作ってくれる。一方でトーストが濃い味に比べ、卵スープはあっさりとした薄味だ。

 トーストの濃い味に対照するかのようにあっさりとした味は、量が多めでも飽きないようにしてくれる。そしてハンバーグは肉汁がこぼれ落ち、高級感さえ感じさせる出来栄えだ。兄さんの漁師は、下手は店よりは美味しい。そんな感じさえした。


「食べ終わったよ」


 そう伝えようと思ったのだが、何だか一瞬戸惑っでしまった。

 兄さんがベッドに寝転んだところまでは見ていたのだが、今見ると仰向けになっていた。仕事漬けで、更には手の込んだ昼食まで兄さんが作ってくれるんだから、疲れは相当なはずだ。だからだろう、兄さんの目はとても眠そうで、今にも寝てしまいそうだった。なのでそのままにして寝させてあげようと思ったのだが、視線を感じてしまったのか、兄さんは起き上がった。


「食べ終わったか……じゃあ始めるぞ」


 ふらつきながらも兄さんは立ち上がり、ゴミ袋を取る。散らかっている場所のゴミの選別を始めると、手招きをする。


「ほら、お前のなんだから、お前に聞かないと捨てられないだろう?」


「うん、そうだね」


 兄さんの隣に座って、簡単な取捨選択とゴミの分別を始める。部屋の物の殆どはまずゴミなので、取捨選択をする事は少なかった。それを続けて十分が経つと、次第に兄さんは自分で取捨選択が出来るようになり、黙々と作業を進めていく。


「さて、こんなところだね」


 三時が過ぎた頃、やっと見える範囲が綺麗になった。満タンになったゴミ袋の口を結び、疲れた体を折り曲げる。兄さんも疲れているはずなのに、そのまま立っている。なんで休まないんだろう、そう思いながら見ていると、少しだけ笑われた。

 なんで? そう思っていると――


「まだ、押入れの中が残ってるだろう」


 そう言って、兄さんはすぐ前にある押入れを指差した。

「あ、そうだった……」


 すっかり忘れていた。そういえば、この部屋には押入れがあった。ただ、前から使っていないし、あんまり意識はしていなかった。


 麩を開けて中身を見ると、そこにあるのは適当に押し込まれた物が多数。存在さえ覚えていない物、中学の頃の美術の作品。そんな捨て所に困った物ばかり。これを捨てるのは、骨が折れそうだ。なにせ、殆どがいらないと分かっているのに、それを捨てなくてないけないんだから。

 すぐに、確認せずに物を捨てていく、が、分解しなければいけない物もあるので、それでもかなり面倒だ。

 そんな障害を乗り越えて、やっと押し入れ掃除も最終盤に差し掛かる。隅にあるダンボールを語っづければ、やっと終わり。そう思って引っこ抜こうとうしたのだが、そのダンボールがかなり重い。なので重心を後ろにして思い切り引っ張ると、やっと引き出せた。


 こんなに重いんだから、中に何が入っているのかと思って見ると、中身は大量のノート。もっと面白い物が入っていると思ったのに、つまらない。手に取ってみると、かなり古い日記帳だ。紙が茶色っぽく変色していて、だいぶ時間が経っているように見える。中を見てみるが、ノートの殆どは白紙。書いてあるのは、一冊だけだ。

 その一冊も、夏休みの日記のようだった。書いてある時期は、小学二年生の頃らしく、当時遊んでいた女の子と兄さんの話らしい。その日記も夏休みが終わる前に白紙になっているので、飽きっぽかったんだろう。多方、書き始めた頃に沢山買って、その後は放置。そんなところか。


 ――それにしても、女の子か。全然覚えてないけど、当時は結構遊んでいだようだ。

 なんで、こんなに思えていないんだろう。それどころか、その子の名前”アヤ”というの自体が頭にない。


「何だ、日記か?」


「あ、うん」


 どれどれ、と兄さんは日記を取る、別にたいしたことのない内容なのに、兄さんはしみじみと懐かしむように読んでいた。育児日記とは、そんなのを読む親の目にも見えたが。取り敢えず、恥ずかしい。


「じゃあ、それいらないからさっさと捨てようよ」


 そう催促したのだが……


「いや、まだメモには使えそうだから他のと一緒に貰っとくよ


 兄さんはダンボールの中と一緒に、近くにおいた。


「じゃあ、せねて書いてあるページだけは捨ててよ」


「いや、ノートは一枚破ると他のページがグラグラになるんだ。それに別に読んだりしないから、安心しとけ」


「ま、まあ、そういうことなら……」


 少し、納得はいかないけど、仕方ない。兄さんは日記を運びやすくするために、掃除に使ったビニールテープを取る。その間に、ダンボールを潰してしまおうとしたのだが、その中には箱のような物があった。


「なんだこれ?」


 手に取ると、箱の不思議は吸い付くような質感がした。角のないエナメル質のような曲線で出来ている箱は、手の中にちょうどよく馴染んだ。その上からは銀色の金属で細工されていて、美しい光を放っている。頭頂部には赤、錠らしい部分には青色の宝石が貼り付けられている。一言で言い表すのなら、宝石箱という単語が一番合うだろう。それにしてもこんな物を、どこで手に入れたんだろう。少なくとも、裕樹に心当たりはなかった。



「あ、それもあったか。どこにあったんだ」


 兄さんは箱を見ると、珍しく驚いた。もしかすると、昔兄さんが無くした物だったりするんだろうか。


「ダンボールの中だけど、もしかしてこれ、兄さんの?」


「いや、そういう事じゃないんだが……覚えてないのか、無理もないけどな」


「欲しいなら、あげよっか?」


「いや、そういうわけでもないんだよな……」


 兄さんは額に手を当てて、少し考える。自分のならすぐに返してくれ、兄さんははっきり言うから、兄さんのではないんだろう。かと言って、関係がないわけでもない。一体、兄さんにとってこの宝石箱は何なんだ。単なる思い出の品、と考えているふうには見えなかったが。


「じゃあ、お前が持っていてくらないか?その方が、多分いいから」


「え、うん。いいよ」


 よくわからないけど、取り敢えず了承した。


「よし、じゃあさっさと終わらせるぞ」


 それで何か靄が晴れたように、兄さんは片付けに入る。ノートの入っていたダンボールを潰すと、部屋の片付けで出た他のダンボールをまとめる。ビニールテープで縛ると、一緒に廊下まで出した。この後は兄さんがしてくれるらしく、裕樹にとっては一段落だ。何気なく窓を見てみると、もう外は日が暮れかけていた。だけど、今にも沈もうとする夕日はとても美しい。


「それじゃあ俺は行くから、夕食の時はちゃんと降りてこいよ」


 兄さんは時計をみてから、そう言って出ていく。夕飯の仕込みに、時間がいるんだろう。こんなにしてもらっているんだから、少しくらい手伝っても罰はあたらないだろうが、料理は苦手だ。それに、下に行けば親と顔を合わせる時間が増える。出来上がるまでは、ここで待たせてもらおう。裕樹はベッドに飛び込むと、これからの生活に物思いをはせた。

 きっと――それはそれは、楽しい生活になるだろうと。

9.14 全体的な文章の訂正。

9.17 大規模な改訂。

10.5 更に改訂……

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