序章 -必然と奇跡-
神様なんて居ない。そう、裕樹は考えていた。
中学を卒業して高校に入ってから。今までも親密な関係と言える友達は居なかったが、顔見知りの殆どと離れてからだ。周りに居る人間がどうも自分より進んでいたり、優れているように感じた。だから人と話す事が出来なくなり、孤独が胸に突き刺さる。今まで接せられていた数少ない顔見知りも、段々と疎遠になり、それが普通になる。最後にはとうとう他人となり、顔見知りでも無くなった。
今まで空白を埋めてくれていた顔見知りが居なくなれば、もう学校に話べる相手は居なくなっていた。
それからは誰と喋ることもなく、ただ空気に徹していた。そうすれば下手に弄られる事はないし、面倒事にはならないと思っていた。そうして二年生になれば、新しい面子だから今度こそはどうにかできるだろうとさえ思っていた。だけど、そうはならなかった。
それどころか二年生になると、それを利用する輩が居る。逆らうことをせず、味方がいない。だから誰かに、助けを求めることはできない。それだからできること。すなわち虐めだ。
奴らは司令塔の女子を中心にして、クラス一弾で嫌がらせをしてきた。男子の場合は実害的で、一瞬で終わる嫌な嫌がらせが多かった。女子の場合は非常に粘着的で、陰口を聞こえるように言ったりと陰湿な虐めが多い。非難の色を見せる真面目な奴も居たが、そんな奴は大抵保身的。自分は巻き込まれたくないと、助けようとはしてくれない。大真面目で有名な女子も、最後まで助けてはくれなかった。
だからそんな時には連絡しろ、と自分から公言する担任の場所に向かった。だけど、「それは本当に虐めなのか。ちょっとした悪ふざけだろ」と言って真面目に聞いてはくれなかった。きっと本当は気づいているだろうが、自分のキャリアを怪我したくない一心にもみ消そうというんだろう。だから「いじるもの程ほどにな」とホームルームで軽く接するだけで大したことはしてくれない。
こんな事をされるくらいなら、何もしない方が良かった。
それで告げ口をしたのが知られると、虐めは火が付いたように勢いを増して行った。
美術の作品への落書き、文房具の盗難、そんな大事にならないような事から、机の中にゴミを詰めたり、”死ね””帰れ””ゴミ”そんな言葉が書かれている。それは担任の目にも触れたが、それでも何もしてくれなかった。
こんな時、どうするべきかと図書室の本に頼ろうとしてみたが、すぐに止めた。
その時読んだのは、人生論の本。本の選択が間違っていたのかもしれないが、あまりにも共感できなさすぎた。
『人生とは、すなわち奇跡の連続である』
誰もが一度は思うだろう、綺麗事の並べられた惨めな詩。こんな誰も納得しない詩なんて、この世に二つとあるだろうか。人生が本当に奇跡の連続ならば、どうしてこんな事になっている。
ページを捲れば、それに続けて例え体感さえしていなくても、人は奇跡の中に居ると書かれている。タンパク質でてきた人間が動いていることが奇跡。数え切れない程の精子の中から選ばれ、産まれたことさえも奇跡。飢餓に苦しみ、ハゲタカに突つくかれていない事さえも奇跡。だから私たちはとても恵まれている。だから感謝しなければいけない。もう、ため息も出なかった。
つまらない内容、つまらない御託。そして全く共感できない内容。そんな必然を奇跡に断定して、何になるんだ。
あなたはそんなに恵まれているのだから、神に感謝し祈りを捧げましょう。そんな宗教勧誘をするか、無信仰を宗教を呼ぶ程くだらない。そんな輩が居るから、宗教は邪悪と見られる。
それに信仰をしたところで、この世の誰が救われるだろう。
『信じるものは救われる』
よく聞く宗教の良い文句だが、本当に救われた人間なんて何人居るのだろう。どうせその信じてる人間なんて、居るわけがない、居たとしても、どうせその神はとっくの昔に死んでいることだろう。
もし居るのなら、どうしてこんな風になっている?
どうして神は助けない?
今この瞬間も助けを求めている人間は居るだろうに。だから神は居ない。
それでも、あいつらよりはまともだろう。それは教師でも、幼なじみでもない。一番身近で、親しくなければならない肉親。
そう、それは父さんと母さんだった。
二人は、先に産まれた秋陽だけにしか愛情を注いでくれなかった。それだけならまだ我慢できるが、いつからか分からないが、ストレスの捌け口にされるようになった。父さんは何でも事ある事に、兄さんに知られないように暴力を振るう。母さんは、暴力さえは振るわないが、愚痴を垂れ流すように放ってくる。そんな家庭に居たのだから、家に帰っても学校と同じ苦痛でしかない。
ある時は、自殺さえも考えた。
それでも、兄さんだけは違った。どんな時も一緒に居てくれて、話を聞いてくれた。暴力を振るわれた日には慰めてくれ、何をするときも助けてくれようとした。兄さんが止めてくれなければ、とっくの昔に家を出るか自殺していただろう。
そうしてとうとう高校を卒業すれば、兄さんと一緒にこれからの道を探した。独立するのは、少なくとも大学を出てからじゃないと難しい。親の支援があれば出来るんだろうが、今の状態では無理だった。探して見つかったのは、明日ヶ丘経済という大学。比較して普通の大学の八分の一というあまりにも破格の学費。なら偏差値は高いのかと思いきや、平均からはだいぶした。ただし学生は少ないようで、全校生徒合わせて百人以下だった。
変わりに中学と高校を付属としているみたいだが、それでも四百には届かない。そんな不思議な体制がとても気になったが、まずこれくらいの大学にしか行けない。フッしに勉強すれば学力はどうにかなっても、親が了承はしないだろうから、裕樹にはこの選択ししかなかった。そして裕樹はその大学を受験し、見事受かった。
中学受験者と高校受験者も一緒の校舎で受験を受けたのは神妙な光景だったが、それはそれで面白い。
そうしてやっと手に入れた、自分の未来。大学はここから遠いので、マンションでの生活になる。親から離れて顔見知りの居ない生活。こんな嫌な思い出のある場所から、やっと離れられる。これはきっと、自分で掴んだ奇跡。いや、自分で掴んだ必然だ。
これでやっと、新しい生活が始まると、この時は思っていた。
9.14 誤字脱字のチェック。全面的な文章の訂正。
9.17 大規模な改訂。
10.2 更に改訂……