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侍かうひぃ  作者: 夢雲まり
第一章 蝦夷地、箱館
6/8

お久しぶりです。久しぶりの更新のため多少文体が違うかもしれませんが、ご了承ください。

慶応三年二月十三日。


彦は周りの目も気にならないほど、目の前に広がる光景に目を奪われ港のど真ん中で立ち尽くしていた。


何日かぶりに晴れ渡った箱館には、それは美しい港街が広がっていた。

冬の寒さで空気は澄み渡り、聳え立つ雪景色の臥牛山は船の上から見ていた時よりも遥かに迫りくるものがあるだろう。

麓にある港には江戸では見られない異国船が所狭しと並び、その周りでは箱館の住人や役人に混じって明らかに姿の違う異人達が違和感なくそこにいる。

この土地ではすでに当たり前となっているこの光景のなか、杉浦と共にやってきた彦は口をぽかんと開けて呆然とそれらを見入っていた。

そのなんとも言えない間抜な面構えに、杉浦は思わず笑いが洩れた。

異人達がいると、普段なら人より頭一つ以上が出ている彦でもあまり目立たない。だが、流石に道のど真ん中で立ち止まっていれば一目を引く。あながち顔がいいため、余計に悪目立ちしていた。


 

杉浦は陸二に文を出すと同時に、彦にも文を出していた。

恐らく、彦は自身の職について書かれていると思っていただろう。が、杉浦は役職とは全く関係の無い事を認めていた。それは、七日に一度ある運上所での外国の領事達との会合に同席して欲しいという旨だ。

彦からは直ぐに同行するとの返事が返ってきた。そして今朝、亀田にある五稜郭から出発し、昼少し前にはが牛算の麓にある運上所へと到着した。

運上所は、外国との輸出や輸入そして関税の徴収などを行う役所であり箱館にとっても、杉浦にとっても軽く無視できぬ場所である。そんな所のため、ここには日本人に混じり、異人達の姿も多く見られここが本当に日本であるのかと一時忘れるくらいである。

杉浦が中に入ると皆が挨拶をしてきた。日本人は頭を下げてお辞儀をし、異人達は頭に載せているハットを軽く上げて会釈をしてくる。そんな彼等に平等に返しながら、杉浦はある事に気がついた。

皆が皆、挨拶を返してすぐに杉浦の後ろにいる彦の存在に注意を向けている。彼らの前を通り過ぎるたびに、杉浦の後ろに視線が突き刺さっているのが分かった。

彦の背は高く人目を引く容姿をしているためか、つねに人の目は引いているのだろう。奉行所内でも周りからいろんな視線を受けているはずだが本人はいたって普通にしていた。だが、ちらりと杉浦が様子を伺えば、彦はいつもは気付かない目線が今日に限っては気になるようだった。ひょろ長い背を目立たないようにと縮こませて歩こうとしている。その様子がかえって人の目をより引いている事に本人は気付いていないようだ。

そんな彦の様子を内心で微笑ましく思っているうちに、いつの間にか目的に部屋に着いたようだった。


「彦。付いたからその屈めている腰をピシッと伸ばせ。彼等も待ちわびていたようだぞ」

「へ? あ、はいっ」


と、背をかがめていた彦が慌てて背を伸ばし顔を上げた。そして、目の前の光景にぽかんと口を開けた。

そんな、彼の様子に満足して内心で笑いながらも、杉浦は目の前の男達の元へと急いだ。



彦は初めて目の前で見る異人達をずっと呆けた顔で見ていた。

杉浦は領事達と初め軽く挨拶のような事を交わしてから、今は通弁士を通して話していた。だが、そこで繰り広げられ飛び交っている聞いた事もない言葉に流石の彦も呆然と見入るしかなかったようだ。

杉浦の目の前にいる彼等はあきらかに日本人とは見た目が違う。陶器のような白い肌。瞳の色も黒や鳶色とは違い海のような青色や茶葉のような緑色まで様々だ。髪の色も黒は殆ど無く目にもまぶしい茶色や金色に輝いていた。顔立ちも堀が深いが、国によってそれぞれまた違った容姿をしている。

杉浦は十九の時に始めてオランダ商館長の一行を大阪で見たのが初めて異人との出会いであったが、ちょうどあの時の自分も、今の彦と同じような反応だったのだろうと話しながらも思い起こしていた。彼等は友好的に話しているのもいれば、尊大な態度を見せている者もいる。

それは、そのまま今の日本と外国との関係縮図のようだと杉浦はまざまざと感じていた。


暫くして、杉浦が彼等を彦に紹介をした。

ロシア領事ビューツォフ。イギリス兼オランダ領事のガワー、プロイセン領事ガルトネル、ポルトガル領事ハウル、フランス領事ウェーウ。

初め、国を代表する領事だと知った時は流石の彦も恐縮するばかりであった。高い背を丸め緊張した顔で日本語で一生懸命に自らの名を彼等に伝えようとしていた。

初め、そんな彦の姿に各々の領事たちは様々な反応を見せた。それこそ、微笑ましそうに笑う者や明らかな嘲笑を浮かべる者もいた、だが、そんな彼等は暫くして何故か彦に対して皆が友好的に話しかけていた。

彼等が去った後、杉浦は通弁士に彼等が何と言っていたのかを聞いた。


「葛葉さんの事を皆さん、面白がっていましたよ。言葉が通じないのに一生懸命な変な侍だと思ったようです。ですが、それがとてもよかったようですね。それに、背も高いから視線も同じだとか。顔も綺麗だから我等の血が流れているんじゃないのかとか、あと今度招待して一緒に夕食を食べたいとも仰っていました」

「そりゃまた、えらく気に入られたもんだな」

「ええ、本当に。この分だとライスも葛葉さんの事を気に入りそうですね」


その言葉に深く頷きつつ、杉浦は顔を幾分か真っ赤にしている彦に声をかけた。


「彦、あとはアメリカ領事のライスと会う。別の部屋で待たせているから行こうか。きっと驚くぞ。ライスは箱館の名物男だからな」

「は、はぁ。名物男ですか」


ライスが見せる反応を想像して杉浦の口角は自然と上がる。その様子をみてか、彦は少し不安を覚えたようだった。

そんな二人は、すぐに別の部屋へと向かった。


「おお、ライス待たせたな」

「マコトォ!マチくたびれたゾ」


そう言って入った部屋にいた男を見て、彦は驚きを隠せなかったようだった。

大きい。ただそれに尽きるのだ。

手に持っていた見た事もない西洋茶碗を置いて椅子から立ち上がったライスは彦の身長を遥かに超えていた。

5尺7寸位ある彦の背よりも高い。今までの領事達も背が高かったが、それでも彦と同じか少し高い位だった。だが、このライスは7寸位はあろうかという巨体である。

杉浦と彦が近くに行くとライスは愛嬌のある顔で笑いかけてきた。


「なぁにをしていたんだ。どうせ、ロシアあたりに長々とハナシされていたのダロ」

「いやいや、今日はいつもより多く会っていただけだ。それよりも彼がこの前話した『ヒコ』だ」


杉浦はそう言ってから後ろにいる彦を振り返った。

彦は余りにも流暢に日本語を話す事に驚いていたようだ。急にライスの視線を受け、ビクリと肩を揺らした。

ライスは巨体に似合わない小さめの瞳で彦を見た。


「オオ。キミがヒコか。はじめまして。ワシはアメリカンのコマーシャル・エージャントのライスとモウす」


そう言って、片手を差し出した。


「お、お初にお目にかかります。葛葉彦左衛門と申します」


若干脅えながらそう言い、彦はたどたどしく覚えたばかりの西洋式挨拶をするため、反対の片手を差し出した。

ライスが握ると力強く手を握り返されたようだ。少し驚いたように一瞬顔を顰めるのが杉浦の目に映った。

と、その時だった。彦が急にはっとするように顔を上げた。彦はライスの手を握ったまま目をつぶって思いっきり鼻から息を吸いこんでいた。そして、何故か満足げに息を吐いた。

突然の彦の行動に杉浦もライスもその場にいた全員がただ瞬きを繰り返して唖然とした。


「彦? どうした?」

「えっ、あぁ!申し訳ありませぬ」


杉浦が声をかけると彦は我に返って慌てて目の前のライスと杉浦に目を走らせ、握りっぱなしだった手を解いた。

ライスは目を点にして心配げに見ていた。


「どうシマシタ。ヒコ。具合がわるいのカ?」

「い、いえ。申し訳ありません。思わず良い香りがしましたので、つい……」

「よいカオリ?」


 そう言って、ライスも杉浦も鼻を動かした。周りにいた者達も一様に同じような行動をしたが皆一同に眉を顰めた。すると、彦はもどかしそうに言った。


「はい、なんと言いますかなんとも香ばしい。茶葉とは違う、鼻腔を刺激する香りで、鼻の奥を突きぬけて思わず唾がでるような。何度も何度も吸い込みたいと思わせるような、そんな香りです」


彦にしては珍しいくらいに興奮した声に、杉浦が少し驚いた。だが、そう言われて改めて回りの匂いを嗅いでみてから杉浦は合点がいったように頷いた。


「ああ、カウヒーの臭いじゃないか?ライスお前さっきまで飲んでいたのだろう」


杉浦がライスが置いた空の変わった茶碗を見やると、ライスも周りの者達も納得したように頷いた。


「オオ!なるほどぉお、カフェのかおりカ」

「かうひぃ?かうふぇ?」


聞きなれない言葉を口にしながら彦は首をかしげた。その、言葉に杉浦は頷いた。


「ああ、南蛮の茶だ。わしらは嗅ぎ慣れてしもうたからな気がつかなかったのだろう」

「南蛮の茶、ですか」


茶という言葉を聴いて、彦の顔に明らかな興味が現れた。


「寒気や湿邪を払うのに効く薬茶でな、奉行所でも毎年冬の時期になると飲ませている。だが、臭いはいいが味は大層不味いぞ。まさに良薬口に苦しだ」


そう言いながら杉浦が顔を顰めると、ライスは顔に不満を表し声を上げた。


「マコト!カフェはマズクはない!これは侮辱ダ!」

「ライス。そう怒るな。何も侮辱している訳ではない。むしろ褒めているんだぞ? ただ、わしらの口に合わないといっているだけだ」

「これだからジャパニーズは!だが、ヒコ。ソチはよいカオリと言った。マメもうないが、今度、カフェを飲ませてやろお」

「え?」

「ワシがビミなカフェをノませてやる。ジョーゲンジまでごショータイしよう」

「え? は、はい!楽しみしております!」


彦は何が何だが分からない様子だったが、ライスが飲ませてくれる事だけは分かったらしく嬉しそうに頷いていた。

結局、この時点では『かうひぃ』なる茶の詳細について、彦は知らなかった。


が、これが彦と『かうひぃ』との運命の出逢いであった。


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