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8、錯乱

8、錯乱



 そろそろ早朝勤務の時間が終わって誰かが出勤する時間。しばらく休憩させてもらって温かい飲み物でも飲んでこの頭痛を和らげたい。

 高田と名乗るあの男のせいで気分はどん底。思い出さなくてもいい前世の記憶が暴れ出しそうで。

「くそう」

 思わず口から飛び出た汚い言葉をいけないとは思いながらも少しすっとする。


「そんな言葉使ったらダメだよ」


 ああ、その言葉はもちろん。

「平良さん。なにか聞こえました?」

「うん」

 振りかえると朝一番からニコニコの笑顔が見られた。


「すいません、少し嫌なことを思い出して」

「休憩してくる?」

 本当に助かる!

「じゃあ、少しだけお願いします」

「じゃ」


 控室に戻ると一番奥の着替えのスペースに入ってカーテンを引く。この狭い空間がなんとも言えず落ち着いてほっとする。壁際に寄りかかって座り込むと、ほんの少しだけ目を閉じた。


 さっきと同じように誰かがソファ席に座っている。背が高くて硬そうな髪が黒々と光って、肩幅の広い力強い腕。丸まった背中がすっと伸びると上半身がこちらを向く。伸びた前髪が目を覆い唾液でてらてらと光った赤く分厚い下唇と消えそうなほど薄い上唇が妙にミスマッチで落ち着かない雰囲気にさせられる。


「なんで逃げる?」


 日本人と言うよりはむしろ外国人と言ったほうがよさそうな堀の深い目と高く筋の通った鼻。高い頬骨と太い眉。残忍に笑うその顔はまぎれもなく元夫その人で、立ち尽くす私の方をねめつける。そして優雅な動作で立ち上がる。彼の細くて長いきれいな手が私の髪をつかみ激しく揺さぶる。壁にぶつけられる後頭部と揺さぶられた脳が目をかすませた。

 恐怖は腹の底から身内を駆け上がり後頭部で破裂する。脳漿をぶちまけてもおかしくないほどの衝撃が走る。


「ああああああ!」


 大きな声に目を開けると前に蒼白な顔をして悲鳴を上げる女がいた。


 私だ。

 わかっているけど止められない。


 座り込み悲鳴を上げる鏡の中の私のさらに向こうからやってくる。

 あれが。

 虎視眈々と機会を狙っているあれが。もうあきらめて呑みこまれてしまいそうだけどここで踏みとどまれるのは……



 その時ふわりと何かが私にかぶされた。


「大丈夫」


 その低い声はしっかりと私の耳に届く。とてもほっとする声の主は平良さん。

あがる悲鳴はか細くなっていき息の漏れる音になる。私の両目を覆う優しい手のひらが優しく揺れる。

 

 

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