3、平良さん
3、平良さん
店長とともに現れた平良さんはにこにことわらって私を見降ろしていた。長身痩躯でよく日に焼けてごく短い髪の毛はスポーツマンのようだった。ただその顔には笑いじわが刻まれ、人柄の良さを感じさせた。
店長に紹介されて『よろしく』と行った時の深い声はとても安心感があって初めて会ったような感じがしなかった。
店長が業務内容なんかを説明している間、私の横で同じようにメモをとる平良さんの姿に少々の疑問を持ちつつ休憩時間に入る。
私はぽつんと取り残されて、ガラス越しに喫煙室で談笑する二人の姿を見ないように視線を下に逸らした。
ひとりでいるのは平気だから。
無視されるのも平気だから。
叩かれるのも平気だから。
それならこんな状況も大丈夫。
前世はいつもひとりでやってきたのですよ。家族連れでにぎわう日曜の買出しはつらかったし、近所の新婚さんが手を取り合って歩いていたかと思ったら、お腹の大きな奥さんを守るように旦那さんが付き添い、そのうちスリングをつけた旦那さんの横で奥さんが笑って歩いていても、私は笑顔でいられたじゃない。
だから、今も大丈夫。
ここは働く場所で遊ぶ場所じゃない。
これからはひとりでやっていくんだから、こんなことではへこたれないんだ。
「どうしたんですか?」
上から低い声がした。見上げると平良さんがほほ笑んで私を見降ろしていた。
「なにがですか?」
「怖い顔してるから」
「すいません、なんでもないです」
あわてて得意の笑顔を作り否定する。
どうも油断すると怖い顔になるみたい気をつけなくちゃ。
「重い物とか大丈夫ですか?」
「ああ、気にしないでください。女ですけど結構力もちですから」
こんなところで前世の経験が役に立つとは思わなかった。重いものって力ももちろんいるけどほとんどはコツでもつんだよね。腰に乗せるとか重心を低くするとか。むしろ力でもっちゃったほうが体に負担がかかって痛くしたりするから。
「キッチンだと、もっと重労働なんですけど、ホールはバンジュウを下げるのと、ドリンクのタンクを変えなきゃいけないんです。あとステーキみたいな鉄板の料理はディナーでは片手でもちますから最初のうちはかなりきついと思いますよ」
「はい」
「でも慣れですから」
くしゃくしゃの笑顔と声が安心する人だなあと考えていた。世の中にこんな不思議な人がいるんだな。元夫はやっぱり低い声だったけどとても聞きとりづらかった。低すぎたのか?いやいやそんなわけない。