16、カッパ
16、カッパ
病院で手当てをして家に帰ると、眠気が襲ってきた。しかし頭部のやけどは微妙に寝にくい位置に出来ていて、横になるのが難しかった。うとうとすると痛みで目が覚める。
それでもようやく気ならない場所を見つけて目を閉じる。
昨夜の睡眠不足が逆にありがたかった。
「禿げてるぞ」
「そうなの円形脱毛症で」
「そんなのこっち向けるなよ」
「ごめんなさい」
慌てて寝返りを打つと頭頂部に痛みが走った。
「ああ……」
夢か。
あれは確か4年ぶりの里帰りの時。
一足先に実家に戻る私に、早朝電話がかかってきた。前夜飲みに出た夫が朝8時になっても帰っていない。
「金がないから帰れない。迎えに来い」
電話口では相当酔っ払った夫ががなり声を上げていた。もうとっくに記憶はないだろうが、人様に迷惑をかけたらいけない。それに近所の目もあるから。
間もなく飛行場に向かうバスが来る。ラッシュの時間でもある。急がなければ、チケットも無駄になる。
私は急いで車のカギを握りしめ渋滞中の車の列に軽自動車を乗り入れた。
夫はたびたび電話をかけてきては遅いだの役立たずだのと罵る。
そのたびに私はのちに待ち構える里帰りと友人たちと会えることに思いをはせ、にこやかに笑って見せる。夫がいるといった場所にはやはりいなくて、少々迷いながらゆっくり車を走らせた。
少し先の信号のところに彼はいた。私を認めると睨みつけ大きく手まねきをする。信号に捕まった列は進むわけもなく、来てくれればいいのにと思っても酔っ払い相手にそんなこと言える度胸はない。
後ろを気にしつつ夫の前に車をつけると、ゆっくりと乗り込んできた。
私の運転にあれやこれやと注文をつけつつ、遅いと文句を言う。私はと言えば諦観の笑みを浮かべはい、はいと聞き流すのみ。
心の中では、どうして今日なの?なぜこの時間なの?とわざとやったのではないかとの疑念が付きまとう。
私を実家にやらないために。故郷の友人に会わせないために。
それは、愛ではなく所有物への嫉妬だろうか?
私が里帰りして3日後夫もやってきた。ホテルをとって実家には泊らない。実家の近くで食事会をして酔っ払って暴れた。
東京駅で追いかけられて肩にかけたカバンを引っ張られて擦り傷が出来た。
もう二度と私の実家にはいかないと言い置いて先に家に帰って行った。
二人で観光する予定もキャンセル。
先に帰る夫を見送ってほっとした時、駅でしゃがみこんで大泣きをした。通る人々が物珍しそうに私を遠巻きに見ていた。
どれが私にとって痛手だったのか、これらの出来事から約半年後、髪の毛がぞろりと抜け落ちて私の頭には大きな禿が出来た。
つるりとした頭皮は妙にさわり心地がよかった。